Neetel Inside 文芸新都
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 フルスイングの空振りだった。普通なら腰が退けてしまっても不思議じゃない球威を前
にして、このチームのエースで四番を任されている少年は、少しも臆せずにテイクバック
から摺り足で踏み込んできたのだった。そのタイミングはまさにドンピシャと言える程に
正確で、バッターがジャストミートして打球が空気を切り裂いて、俺の足元を襲う光景を
強くイメージしてしまった。

 もしかしたら、たった一球観察しただけでこうまでも野手に強いイメージを抱かせるこ
の少年の直球への対応力は天賦の才と言って差し支えないかもしれない。
 そして、また健太郎が振りかぶった。再び力強く踏み込むと、モッさんのバットの回転
も火が出そうな程に鋭かった。

「おぉッ……当たった」

 爆ぜるような軽い金属音を響かせて、健太郎の投じたボールはホームベース後方のネッ
トを飛び越えて、更に後ろにロープで掛けられたカーテンネットに突き刺さるように当た
った。三球目でモッさんのバットが健太郎の投球を捉えた。仲間はにわかに活気付いてい
たが、当のモッさんの表情には、決して満足の色は見受けられなかった。さっきと同じよ
うに打席で軽く伸びをして、構えなおした。

 四球目、抜いたスローボール、同じコース。

「わっ、バカ」

 思わず呟いてしまった。が、モッさんは難なくこれをセカンドの頭上を鋭く破り、右中
間へと弾き返した。完全にボールそのものに集中しきっていた。大人でも並の打者であれ
ば、たとえこれを当てられても腰が泳いで、格好悪く打ち取られるだろう。モッさんはテ
イクバックの時点で完全に上体が安定している。

「だけどこの次の球は……」

 遅い球の後の速球、それは捕手のリードの基本中の基本だ。また初球のような球威で放
られたら、たとえモッさんでも

ギンッ

 その心配は杞憂だったようだ。モッさんのバットは健太郎の投球を捉え、その後二球を
バックネットに突き刺した。
 もはや誰が見ても少年野球……否、早い時期での競技野球のレベルに於いては、この少
年が非常に高次元な領域の集中力の持ち主である事が明らかだった。この前の白亜の校舎
に快音を跳ね返した試合でのバッティングと言い、それは観る者を少なからず魅了して、
必ず何かを期待させる。

「いっけぇぇぇええ!!モッさん!!」
「バッチこーい!!」

 守備に付いていたり、次の打席を待っているチームメイト達から応援が寄せられた。
 ここまでの集中力を発揮させる狙いがあって、健太郎はあんな球を初球から放ったとい
うのか。モッさんへの期待が大きいのは何より健太郎なのかもしれない。

 そして、これは単なる俺の思い込みだが……それでも心の中で何処か核心めいたモノを
感じてならない。健太郎は対戦する打者達の潜在能力を高めて、周囲の心臓を捻り潰して
しまう程の緊張感のある投球を繰り広げる、稀有な才能を持っている投手かもしれない。


       

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