Neetel Inside 文芸新都
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ガシャンッ

 案の定、打席の少年はバットを振るどころか、ピクリとも動かずに、ただただボールを
見つめていた。見開いた目で健太郎と矢のように過ぎ去ったボールの軌跡に交互に目をや
って

「ハハ……戦闘モード解除って感じだな」

 溜息と一緒に大きくすくめた肩をストンと落とした。

「なぁモッさん」

 指先で軟式球を転がしながら、マウンドの健太郎が唐突に

「これが高校野球のレベルだぜ。楽しいだろ?」

 そんな事を言った。
 天才君が自信無くすんじゃねーか、その一言は。

「………」

 モッさんはジッと健太郎を見つめて、沈黙を守った。不敵な笑みでガンの飛ばし合いに
応戦した健太郎は、ややあってから

「さて……次の人」

 レベルの高い勝負に呆けていた、順番待ちの少年達に目を移して、交代を促した。
 モッさんも、ようやく我に返った仲間達を「ほら」と言葉少なに顎で促し、打席を外れ
た。そして、おもむろにメットを脱いで

「あーしたっ!!」

 深々と頭を下げた。

「おうっ!」

 健太郎の満足気な返事。
 行為そのものは野球の練習じゃ当たり前の風景だけど、なんだかとても珍しいモノを見
たのではないか、そんな気になった。

 大人気なく、ここの少年達と一緒に興奮していたけど……改めてモッさんはともかく、
健太郎の投手としての能力の高さには驚かされた。如何に投球技術が高くても、あれ程に
まで対峙している相手の分析を精密に行える選手なんて、高校野球レベルでは今までいた
だろうか。モッさんの一球一球への対応から、その場にいる誰が見ても明らかなのは、健
太郎が常にモッさんのバッティングのパフォーマンス上限ギリギリの球威を投げ続けてい
た事だ。徐々にモッさんの投球への対応可能範囲が広がっていくのを、常に感じ取って健
太郎はわずかにそれを上回るよう投げていた(無論、それは傍から見ていて、この位置に
いた俺だけが経験上気付ける事だろうが)。

「ナーイバッチ!!」

 そして、モッさんの集中力が“ゾーン”に入ったのを感じ取って、それ相応の速球を投
じた。

「………」

 結果、高まった集中力が少年の打撃センスを開眼させた。彼程の才能だ、あの感覚をみ
すみす忘れる事などないだろう。この一打席、努々身体に言い聞かせるはずだ。


       

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