Neetel Inside 文芸新都
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 小平アスレチックスの臨時コーチも二日目。御手洗さんの話によると、日によって少し
ずつ、数種類ある全体的な練習メニューをローテーションさせているという。とは言え、
やる事に劇的な変化が生まれているワケではないので、指導する側がスタンスを変えなけ
ればならないという事も無く、このチームのやり方に俺達は上手く対応出来ていた。

「うおっしゃぁ!」

 そんな練習の中、昨日を超えたテンションの高さでマウンドに立つ男がひとり、言わず
もがな健太郎だ。
 先程からシート打撃の投手を務めている健太郎だが、モッさんの打席を向かえた途端に
それまでは完全に守備陣に任せた丁寧な投球を、昨日のモッさんに投げた押せ押せのスタ
イルに変えてきた。

「そんーでもって……」

 その健太郎の球を受けているキャッチャーが

「おら!守備声出てないぞ、呼び込め!!」

 名コーチのOB、桜井だというのだから俺にとっては驚きだ。
 健太郎の速球を、なんとかバットに当てて粘るモッさん。よっぽど昨日のイメージを大
切にして、帰宅してからも反芻してきたのだろう。初めての健太郎との対戦では空を切っ
ていたバットが、今は良いタイミングでボールに当たっている。

「……浪花節だなぁ」

 昨日の帰り際のモッさんを知っている俺だから分かるのは、これが健太郎なりのモッさ
んへの昨日の行動に対する“感謝”の表現だという事だ。高校生の投げる生きた球を打つ
機会なんて小学生じゃ滅多に無いのだから。

キンッ

 わずかにバットの下側を掠めたボールは、桜井の手前で鋭くバウンドした。

「前田さん……いいっすよ、もっとアゲて」

 グリップを握り直して、身体の前で垂らした状態でモッさんがそう言った。健太郎はそ
んな彼の言葉に多少ニコッとして、すぐに

「キャッチ、ボールくれ」

 桜井を促した。
 モッさんは大きく伸びをしてから構え直して

「誰も、いつまでも子供の靴を履いていられるワケないから」

 誰に言うでもなく、それでも内野にいる皆に聞こえるくらいの声で主張した。

「一連の事を知らないと……分からないっつの」

 苦笑しながら俺は、足元の土を均して、来るだろうモッさんの鋭い一塁線への打球に備えた。


       

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