Neetel Inside 文芸新都
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 昨日の繰り返しのような、グラウンド挨拶と桜井始め諸コーチ陣による解散の口上を終
えると、疲れ顔ながらもワイワイとお喋りしながら野球少年達がエナメルバッグを抱えて
グラウンドを後にしだした。

「さて、明日は四限が体育か」

 軽く伸びをしてそう言うと、背後から

「前田、佐々木」

 耳に届いたのは、振り返るべくもなく分かるトーンの高い桜井の声だった。

「なんだい、のび太君?」
「硬球……持ってるか?」

 そう訊ねてきた桜井の左手には、キャッチャーミットが付けられていて

「受けさせてくれ、お前の球」
 彼は拳を力強くそのポケットに叩きつけた。
 健太郎は、バッグに納めたグラブを再び取り出し、ついでにグラブの先で中に入ってい
たボールを取り出した。

「………!!」

 そんな彼の背中を、「やっとここまで来たか」といった一種の達成感を感じながら眺めて
いた。すると、一瞬だけその背中から何かが迸ってるいるような錯覚に陥って、戦慄を覚
えた。

「……手加減、しねぇぞ」

 それは錯覚ではなかったんじゃねえのかと思えるような、健太郎の返答はひどくドスの
効いたモノで、今俺の感じている達成感はコイツと共有出来ているのを感じ取れた。

「良いから来いよ、ブルペンに十八メートル半で作ってある。さっさとしろ」

 さっさとブルペンに行ってしまった二人を、俺はややあってから追いかけた。並んで歩
く二人の背中に圧倒されて呆けていた、と言えば妥当だろうか。
 俺が腰を下ろす桜井の背後に到着した頃には、健太郎はマウンド上で屈伸をしていた。
足元にグラブが一つ、右手に先程から使っていたもう一つ。

「それじゃ」

 大きく振りかぶって、健太郎の右足が静かに上がった。桜井の構えはど真ん中だ。

バァッン!!

 薄暮の空に突き抜けるような捕球音に、帰宅の途に就こうとしていた野球少年の皆が振
り返った。

「………」

 三人が揃いも揃って、黙っていた。
 桜井は言葉も無く、健太郎に返球したが、その背中にこれまでになく力が篭っていた。


       

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