ゆっくりと辺りが暗くなっていくグラウンドの脇。
長さ18.44メートルのカップルシートの端同士で、二人は会話をしていた。言葉はなく、
ただただ石のような硬球を介して。
健太郎は唸るような風切り音を上げて主張し、桜井はその勢いを真っ向から受け止めて、
星の現れた暗い空を突き破りそうな捕球音で応えた。
「………!」
もはや舌戦のような二人の対話を眺める少年達は、口を挟む余地はおろか感嘆の声を上
げる事もはばかれるような緊張感に置かれている。辺りが暗くなっていくのも意識の外に
追いやってしまっているのか、両手の指で数えるのが適切な人数が、口をポケーっと開け
たまま見入っていた。
「……ハハッ」
とにかく笑うしかない、そんな感想が適当だった。
とにかく健太郎の球が速過ぎる。桜井はそんな健太郎の球を苦も無く捕球している。健
太郎の(わざとだろう確実に)ホームベースの直後でワンバウンドするワイルドピッチも
さして慌てる様子もなく、軽く左肘を脇に引いて難なく捕球している。
そして、球数にして四十球を数えた頃だった。
「お?」
予告なく意地悪で投げた、外に逃げながら落ちていくチェンジアップを動揺もせずに捕
ると、桜井がおもむろに立ち上がった。右手にはボールを握り締めている。
「……前田、俺は」
意を決したような、重たそうな口調で桜井は口を開いたが
「………!!」
すぐに言葉に詰まって、下を向いてしまった。
「チームの事なら心配すんな」
重たい沈黙が数秒、それを破るような声は、いつの間にかブルペンのバックネット裏に
立っていた御手洗さんのモノだった。
「御手洗ヘッドコーチ、それは」
「今まで君は十分過ぎるくらいにこのチームに色々と与えてきた。まだ子供達は面だって
言葉にしていないだろうけど、その感謝は上達って形で示しているだろう?」
薄闇の中ぼんやりと見える御手洗さん、その表情が隠れている。
「それが君のいない所でなくなったりはしないさ、だから」
「………」
「誰に後ろめたい事もありゃしない。桜井君、もう一度やるんだ」