Neetel Inside 文芸新都
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 かくして、我が武異布高校硬式野球部はリスタートを切った。
 かに見えた。


 昼休みの終わり、俺達は揃って野球部の顧問を訪ねた。電球が切れかけの数学課職員室
でざるそばを啜っていた顧問教諭、村田先生が桜井、健吾の二人分の入部届を受け取ると
渋々ながら、今日の放課後に部員を集めて紹介すると言った。
 と、ここまでは話も早くて健太郎と桜井の機嫌もすこぶる良かった。
 問題が起きたのは、その放課後だった。


 俺達新入部員の目の前に二年四人、三年二人の先輩部員が座っている。村田先生の教室
の席の思い思いの場所で、ある者は机に脚を投げ出し、またある者は部活の会計録を開い
て、そちらとこちらに交代で目を配っていた。

「前田健太郎、一年五組。ポジションはピッチャー、ファーストです。セールスポイント
は両投げ出来る事です!」

 セールスポイントで、軽いどよめきと少し要領の掴めていないリアクションが窺えた。

「佐々木豊、一年五組。右投げ左打ち、ポジションはファーストです。少年野球で四年、
シニアで二年プレーしてました」

「桜井ヒトシ、一年三組。右投げ両打ち、ポジションはキャッチャーです」
「健吾・ガルシア、一年三組です。野球は素人です。日本に来るまではバスケットとフッ
トボールをやってました」

 乾いた拍手の音が数秒、それが鳴り止むと、一人の先輩がおもむろに立ち上がり

「俺がキャプテンのジョシュ・長岡です。他のメンバーは追々個別に自己紹介してくれる
だろうからよろしく」

 そう言って

「じゃ、解散!」

 と、ミーティングを終了させてしまった。
 この早業に唖然としたのは俺だけでなく、新入部員が余る事無く呆気にとられていた。

「え、と……部長、練習はいつ、とかは?」

 桜井が身を乗り出して訊ねると

「ジョシュで良いよ」にこりと白い歯を出して「あー……野球部ね、今まで部員いなかっ
たからグラウンドの使用申請とか出してないんだよね。だから五月上半期は活動休止なん
だ」部長がそう答えた。

 健吾もそうだが、帰国子女受験枠という制度があるので、この学校のスクールカラーそ
のものがかなり多国籍だ。その為、日本の学校のような縦割り社会的身分の差が、この学
校ではあまり感じられない。

「え、でも……裏庭の広場とかで練習とか」

 面長で坊主髪に鋭い切れ長の目、傍から見るとちょっとおっかない感じの桜井が似合わ
ず狼狽していた。そりゃ、これまで経緯もあって、今はかなり意気揚々と野球に挑もうと
いう彼にとっちゃ、これは由々しき事態だろう。

「……ふむ」ツンツンと立てた短い赤毛の部長が黒縁のメガネの位置を直し「おーい、誰
かこの後一年生と練習する人いる?」

 辛うじて残っていた先輩方からは、バイトっすから、今日はちょっと、といった言葉が
聞かれ、結局誰一人練習への参加を申し出なかった。ジョシュ部長も、それじゃ!と言っ
て爽やかに去っていった。

 俺は桜井の肩に手を置いて

「これが……進学校の現状だよ、桜井」

 そう言った。
 不安は的中。進学校では体裁上運動部に入っているような人も多い。


       

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