Neetel Inside 文芸新都
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 少なくとも数年は放置されていたんだろう、この部室のロッカーには埃に覆われていて
惨憺たる状況だ。陽も当たらぬ部屋の隅に置かれたボールバックの封印を解いて(ひどく
錆び付いていて、桜井のフルパワーでやっと開いた)、取り出せた硬球の数は

「さぁっん個!!」

 部室に転がってたボールと足しても、両手と両足の指で数え切れた。
 馬鹿みたいにテンションを上げないと泣きたくなる。これでどうやって部費が確保出来
ていたのか、非常に興味深い。我が校は、結果はともかく活動実態をきちんと報告すれば
ある程度の必要経費は部費として生徒会会計部より支給されるそうだ。しかし、ボールを
使っている気配がまるでない状態で一体……。

 目の前に立ちはだかった想定外の障害に、一番肩を落としていたのは井上さんだった。
先日の部員集合の惨憺たる光景を目の当たりにしている俺達にとっては、あってはならな
い免疫が出来ていた。

「まぁまぁ、ボールの数がイコール部の強さってワケじゃ……」

 桜井が必死にフォローする。その無駄な明るさは、どうやら井上さんの癇に障ったようで

「ボールを縫うのが楽で良いけどね……」

 非常にトゲのある暗い返事で、桜井を逆に絶句させた。

「………」
「………」

 中庭への道すがら通る、陽の当たる駐車場にしょぼーんと下を向く五人の足音と、とり
あえずの練習道具を積んだ台車を押す音だけが響いていた。

「でもさ、今の井上さんの発言ってさ……井上さん嫌々じゃないって事だよね。なんか安心した」

 健吾がなんだかピントのずれた発言をした。俺達は呆気に取られて、顔を見合わせながら

「ふっ……」

 含み笑いをした。井上さんは多少呆れながらも、『しょーがない』みたいな顔で肩を揺ら
していた。
 その時だった。

「だからさ、ここで定義した数値がこの時にシステムに干渉しちゃってるんだから」

 C言語の教書を広げながら、仲間と並んでこちらへと歩いてくる、我が野球部のキャプ
テン……ジョシュだったな、彼の姿だった。眉間にしわを寄せ、難しい話をしている。

「チャーッス!!」

 それは殆ど不意打ちのような、鼓膜をつんざくような大声で俺達は挨拶をし、会話に夢
中になっていたキャプテンは吹き飛ぶように驚いていた。

「お、おぉ……これから練習?……そりゃおつか」

 狼狽しながらも俺達の姿を見渡して、キャプテンらしい労いの言葉が口を吐いた……そ
の途中で彼の動きが止まった。その視線の先は……言うまでも無く井上さんだった。

「……れ?」

 ジャージ姿の彼女を見て、頭にちょっとした混乱が訪れているようだった。

「先日から野球部のマネージャーになりました、井上麦です!よろしくお願いします!」

 元気の良いはつらつとした声と、太陽みたいに眩しい笑顔だ。自分の役割を理解した上
の笑顔とは言え、俺にも練習中それを見せて欲しいものだ。

「あ、え……えーと、野球部のキャプテンのジョシュ・長岡ね。よろしく」

 キャプテンの動揺が手に取るように分かる。

「はい!がんばります!……でもキャプテンは練習に参加はしないんですか?」

 うーん、白々しいというか……策士だ。

「あ、えっとね……うん。今日は予定がね」

 練習なんてしてたまるか、みたいなスタンスの足下にテコが挿し込まれたのだろう、そ
んな表情のキャプテン。振り返れば、彼女の後ろを固める健太郎や桜井の顔には『あと一
歩!』の文字が読めた。

「そうですか……残念です。でも明日もありますよ!キャプテン待ってます!」

 おー、キャプテン……見事に顔が引きつっている。これは面白い事になった。
 桜井、見えない所でガッツポーズをしてくれ。


       

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