「予想外だ……」
「うん、見事に」
井上さん出現に伴い先輩部員のモチベーションアップ、練習がまともに出来る……そう
いう算段だったのだが
「一日で挫折か」
(動機は不純だが)部活に来てくれた先輩達に一番テンションを上げたのは健太郎でも
桜井でもなく
「ま、まぁ……井上さんは一生懸命やってくれただけで」
さっきからずっと足下に視線を落としている彼女なワケで……。
「いや、まぁ先輩達の根性云々よりもハードルの高さもあったような」
健太郎の正直でいて傷口に塩を塗る一言、健吾が後ろから彼の脳天にトニー・ジャー
顔負けの肘打ちを喰らわせた。
部員が揃い、野球部の記念すべき本格的再始動かと思われた昨日、やる気満々の井上さ
んが先輩相手にも日頃の俺達に対する鬼コーチの姿を見せてしまった。当然と言えば当然
の彼女の行動だったが、翌日の俺達を避けるような先輩達の行動も至極必然と解釈出来る
だけに、この帰り道に落ち込む井上さんをフォローする言葉がまったく見付からない。
「とりあえず……俺の家で話そうかみんな」
雰囲気の暗い俺達を、一番後ろで歩いていた桜井が誘った。みんなで振り返る。
「茶ぐらいは出るよ……や、別に話すのは明日でも良いけどさ」
真新しいエナメルバッグを揺らして、健吾が
「おーおー行く行く!!だってお前の家……」
健吾がこうも食い付きの良いのは、何を隠そう桜井家が我が校の初代理事長と旧知の仲
でいて、現在の最大のパトロンだからだろう。これは過去のPTA会報を何気なく読んでい
た健太郎が桜井の名前を発見し、その本人に聞いた所判明した事だ。高校生活を野球に集
中したい彼の強い要望で仲間内だけの秘密にしているが。
バスで十五分くらいだ、と言った桜井の案内で京王バスに揺られて、降車後に歩いて程
無くすると、俺達は『そんな感じ』の家々の並ぶ住宅街に足を踏み入れていた。
「死ぬ程おっかねぇ番犬のいる家とかもあるから……あまりジロジロ見るなよ」
前日にニコニコ動画で、秋山森乃進が実況プレイするクロックタワーにおいて主人公が
犬に噛み殺される場面を見ているだけに、身震いがする桜井の忠告だった。
「それではようこそ、我が家です」
我が家は犬小屋ですね、分かります。