Neetel Inside 文芸新都
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「あ……と、いけね」

 桜井の家を後にして五分くらいか、ハッとなってバッグの中を確認して気付く。

「佐々木のあんちゃんどうしたの?」

 井上さんの俺の呼称がまるで定まる気がしない。ただ、今はそれどころじゃなく

「課題が入ったメディア……置いてきた、あいつん家に」
「バカ……なんの為に気遣ってお暇したのかな」

 明日提出の必要があるレポートを保存したUSBメモリだった。これが未提出になると今
期の試験が万が一芳しくなかった時に、単位を落としかねない。

「あー今日学校で仕上げたデータだったのに……家にあるのじゃ、あーくそ!」

 多少面倒だが、桜井の家に戻った方が良さそうだ。

「あー先に行っててくれろ、バスが来たらそれに乗ってね」
『無論!』
「オムロン!」

 走るのにも微妙に面倒な距離だった。このセレブ街では、住人はきっと走る必要のない
生活をしているのだろう。不備などパワーでなんとやらだ。





 程無くして、桜井家に到着した。
 俺達がうるさかったのだろうか、俺達が野球部について話し合っていた先程とは打って
変わって、屋敷全体を静寂が包んでいた。

「おじゃま…しまー」

 呼び鈴を鳴らす事数回、中からの返事が得られずに、仕方なく扉を開けてお邪魔する事
にした。西洋風のお屋敷っぽい廊下を小走りに、まっすぐ桜井の部屋へと向かった。ドア
は半開きで、かすかに灯りが漏れていた。中からはティーカップを鳴らす音が聞こえ、誰
かしらの気配が感じられた。

「ん……?」

 一応のノックをしようと、扉に手を掛けたその時だった。

「兄さん……また、野球を?」

 さっきの妹さんの声だ。

「あぁ……言うのが遅れた」

 二人でお茶会ってヤツか。中の良い兄貴と妹だ。

「だからなんだね、近頃は私につれないのは。ちょっと前はあんなに遊んでくれたのに」
「……すまない、あの時はお前しかいなかったから」
「お……じゃあ今は」

 含むような笑みが感じ取れる口調の妹、琉璃の声だった。

「……琉璃、俺は」
「言わなくて良いよ」

 カチャリ、とジノリのティーカップがテーブルに置かれる音か。桜井の張り詰めた沈黙
が伝わってきた。もはや「やぁやぁ……課題のレポート忘れて」なんて言って凸出来る雰
囲気じゃない。盗み聞きももっとタチが悪いが。

「兄さんが……同情でこうしてくれているのは、私も納得ずくだよ。優しさは……」
「………」
「例え兄さんのでも……背中にナイフ突き付けられてるみたいに、危ういの」

 途中からまったく話が飲み込めなくなってきた。野球をまたやり始めたから、一体なん
なんだ。
 そう考えていたら、中からわずかに衣擦れの音が聞こえてきて、そして

「……んッ!ふぅ」
「あっ……」

 最初はかすかに、すぐにだが徐々に大きく……息遣いが耳に届き

「……おいおい」

 じゅるじゅると、吐息に混じって何かを啜る音がした。

「あんッ……。ねっ、ねぇ兄さん……!」
「うん……」
「ぎゅっ…って」

 これって、ディープキス?近親相姦?なんてエロゲ?

 二人の息遣いは更に荒くなり、一際激しく啜る音がすると

「あああああああッあぁん、……兄さん!」

 琉璃ちゃんの艶っぽい嬌声が廊下にまで響いてきた。

「………」

 なんだか居た堪れなくなってきた。それに万が一こんなトコロ他の家の人にでも見られ
たら……。
 課題レポートは帰宅したら記憶を頼りに仕上げよう。徹夜作業になるだろうが、明日桜
井の顔を見た時に普通でいられるよう、練習もしなければ……。
 そう考えながら踵を返して、忍び足で俺は立ち去った。


       

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