Neetel Inside 文芸新都
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「イテテテ……」

 まったく、昨日は桜井の事でえらい目にあった。白い練習着が鼻血塗れになって、この
上なく不細工な格好で練習するハメになったのだ。

「まったく不注意だぞ危ないなぁ」
「あぁ……まったくだ」

 健太郎も昨日の事態は意外であったようで、珍しく結構本気で心配してくれていた。

「ところで……井上さんは?」
「あぁそれがさっき職員室に呼ばれて……」

 ガラリと部室のドアを開けると、そこには既に桜井、健吾、そして井上さんが準備万端
で、椅子に腰を下ろしていた。

「よっ、みんな早いな」

 エナメルバッグを床に下ろし、俺が上着に手を掛けようとすると

「ん、さっき先生が試合決まったって」

 ムッスーとした井上さんが一枚のA4サイズの紙を手渡してきた。

「こっちから出向くのか。意外と近いんだなー……って、これ日程が明後日じゃん」

 よくよく見ると井上さんだけじゃない、桜井も健吾も表情に不満の色が出ていた。

「試合が数日後なのに、先輩は練習もせずに置きっ放しの自分の道具だけ持って帰っちま
ったってワケか……」

 健太郎が無表情で用紙に目を通しながらそう言った。
 先輩達は、活動休止が解かれたとは言え、真面目に野球をやるつもりなんかないって事
だろう。とは言え、部活は進学においての重要な評価ファクターでもあるから、所属はし
ておきたい。だからの申し訳程度の活動実態として、適当に試合を組んでいるというわけ
だろう。

「この高校……俺こっち受けようかどうか迷ってたぞ確か」

 健太郎が呟く。
 相手の聖スレスト高校と言えば、我が校と並ぶこの地域の進学校だ。

「利害関係の一致ね、これ」

 溜息混じりに井上さんが吐き捨てた。おそらく相手チームもうちと同じような状態なの
だろう。俺は野球部があった事すら知らなかった。

「恒例行事?」

 そう言って健吾が『日本語あってる?』みたいな目で周りを見ていた。
 井上さんや桜井が、もうあからさまに『大丈夫なのかなぁ~』みたいな不安に駆られた
顔でいるのに対して、この男は違った。

「ま、最低限の活動報告ってんなら……サボって人数不足って事はないだろ」バッグから
グラブを取り出し「やっと俺達野球が出来るんだ、これからさ」

 健太郎が不適な笑みを浮かべ、満足げにそう言った。


       

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