Neetel Inside 文芸新都
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「………」

 圧巻のラスト三イニングだった。これまで一球たりとも変化球を投げずにいた健太郎が、
遂にその投球の幅を披露しだした。

「スライダーはちょっと……な」

 帰りのバスの車中、金属バット相手じゃどうにもならないスライダーと健太郎が言った。
しかし、はっきり言えば欠点の欠点たる所以がまるで見えない内容に、彼の告白は信憑性
に乏しいものだった。

 スローカーブ、チェンジアップ、スクリュー、シュートの四つの変化球を織り交ぜた五
回以降の健太郎の投球は、これまで幾度と無く驚かされてきた俺や、健太郎の凄さを当初
を除き、これまで驚愕ではなく歓喜で容認してきた井上さんですら、言葉を失っていた。

「……先輩達のテンション低いな」

 健吾が俺に耳打ちしてきた。固まって乗車している俺達から距離を置いて、先輩達がバ
スの後方座席に静かに陣取っていた。


 驚くべきは、健太郎の恐ろしいコントロールだった。ストレートで百四十キロ台前半、
変化球もシュートがストレートに迫るスピードとはいえ、緩急を織り交ぜた変幻自在の投
球を桜井の要求したコースにほぼ正確に投げ込んでいた。高校レベルの技じゃない。

「そりゃぁ……ねぇ」

 先日、健吾がたどたどしく“恒例行事”と評したように、適当にわいわい野球やって、
試合の結果とかも気にせずに、さっさと終わらす暗黙の了解があったのだろうが、その空
気を新入部員が完全にぶっ壊したのだ。現に試合後のグラウンドに満ちた空気はある種異
常だった。






「それじゃ、お疲れ様です」

 居た堪れなくなり、一足早く降車する健太郎の後をコマネズミのように、俺達一年生軍
団が続いた。

「………」

 なんとなく、右折したバスの姿が曲がり角に消えるまで、言葉も無く見送っていた。
「……お腹、空いちゃったね」

 ややあって、口を開いたのは井上さんだった。

「あ、いや俺は……」

 今日は何も仕事してねぇから別に、と危うく続けるところだった。相手が相手だっただ
けに、実戦の緊張感というモノが途中から消えていたのもあり、腹が減る事なんてなかった。

「ラーメン……ラーメンなら美味くて安い店、知ってる」パタンと携帯を開いて「座敷で
食える、ミーティングしよう」健太郎が提案した。


       

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