Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      




 当初より七イニングという取り決めで開催されたこの試合も遂にあとニイニング。依然
ノーヒッターの健太郎のツーランもあり、試合開始直後に見せていた俺達の青い顔も影を
潜めている。
 当然のように凡退した俺がベンチに帰ると、すまなさそうな顔のミッキーと健太郎が話
しこんでいた。

「審判、タイム!おーいうちのチーム集合!」

 俺達と対照的に未だ蒼白なツラを見せる主審に呼びかけると、三番打者が打席に向かう
のを制止させ

「ミッキーがどうやら六時からバイトらしいので……」健太郎が右手首の腕時計を俺達に
示し「あと十分くらいで終わらせます」

 高らかに宣言した。

「あの、今でさえノーヒットノーランで球数も少ないハイペースなんですけど……」

 先程のゲッツーを除けば決め球を掠らせもしない三振で試合を運んできた。これ以上あ
の打線相手にどうやって?打たせて取れる守備ではないのは先刻承知だ。

「簡単。ピッチを上げて行くだけだよ、リードも何もなしにね」

 事も無げに説明する健太郎。

「あの……つまりは」
「一球ごとの時間を短縮。コースを要求している暇も潰す。全部同じところ」
「えっと……それは……お前はもっと速い球投げられるって事?」
「それはともかく、全部インハイで行くよ」

 幼稚園生と対話するのに適した柔和な表情の健太郎。

「じょ、冗談じゃねぇ!ただでさえ左手が瀕死なのにあれ以上の剛球放られたら……」

 反論と言うよりは、俺の態度は懇願に近い。今現在、俺の左手は物を掴むのに非常に不
自由してしまう程に腫れていて、指先の感覚はほとんどない。

「お前なぁー……」呆れるように健太郎が言った。「ミッキーの仕事と左手どっちが大事な
んだよ?」
「はァ?」
「仲間を犠牲にして自分の事しか考えてないのかッ!?」

 もはや言葉の通じる相手ではない健太郎の背後にいる七人の顔には一様に『お前が言う
んじゃねぇーよ……』という力の篭らないメッセージが記されていた。

「っつーワケでこれからの打線も全打席ボールを無理に追わずにフルスイングしてください」

 退屈凌ぎにしてはえらく大掛かりな企画の締めがこれである。もう皆さんがげんなり、
といった感じである。
 俺はと言うと、素の状態でキャッチャーミットを付けているのではないかと勘違いして
しまう程に赤黒く腫れ上がった左手がぷるぷると震え、その振動が脳天を貫くような激痛
をプロデュースしてくれていて戦局を見ている余裕がなかった。未だ球威の落ちないジャイ
ロボールをなんとかだましだまし捕っていく為の方法を模索しなければならないというのに……。

「なぁ豊……手痛いか?」

 打席が遠いのでプロテクターを既に着け終わっていた俺に、健太郎が訊ねてきた。

「ノーコメント、どうせ手加減しないくせに」

 よく見ると、俺のジャージの膝が派手に破れていた。後ろに逸らさないように必死にな
っていてやってしまったようだった。

「それがな、そうでもないっていうか……」

「何言ってんだ健太郎、奴等前の回からグリップひとつ分だけ短く握ってボックスに入って
るじゃねぇか。それに俺はこれ以上お前が球種増やしても対応出来ねぇ」

 なんとなく勿体ぶっていた健太郎を一蹴、はっきりいってアナル拡張を喰らうくらいな
ら手の一つや二つ。

「ふふん……そうか」

 意味深な含み笑いをすると健太郎は俺の隣にどっかと腰を下ろした。

「……なぁ、健ちゃん」

 この際だから聞いてみる事にした。何故野球を辞めたのか、未だに現役バリバリの球を
放れるのか、つーかお前は何者だ、とか。

「それはな……」

 そう健太郎が言いかけたが、ワンアウトから四球に続いたバッターが見事にダブられて
しまったのを見ると

「……中断されました。続きを聞きたければ『わっふるわっふる』で」

 立ち上がってマウンドへと駆けて行った。





       

表紙
Tweet

Neetsha