Neetel Inside 文芸新都
表紙

熱いトタン屋根の上
アッー!!青春の日々よ、その三

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「だが断る……!」

 あ、コイツはジョジョ大好きだったなそう言えば……。興奮して忘れていた掌の痛みが
蘇ってきたぜ。


                   *


「あとワンナウト、緊張するか?」

 しないと言ったら嘘になる。単なる草野球とは言えアナルバージンが係っているとあれ
ば、ある意味純粋な野球の試合よりもナーバスになる。そうでもない、健太郎の問いに俺
はそう答えた。

「そんなモンか、俺は結構緊張してるんだけどな。まともにキャッチャーに向かって投げ
たのは約二年ぶりだったし、昨日なんて眠れなかったよ」

 この作品以上に先も何も見えない健太郎の発言は、見事に説得力がない。約二年ぶりと
いうのはコイツが野球から身を引いてから、という事だろう。とは言えブランクなんか存
在し得ないのはボールを受けてみて明らかだった。この試合の為にかどうかは分からない
が、相当走り込んで、投げ込みでもしなければとてもじゃないが……。

「キャッチャーに向かって……待てよ、健太郎お前」

 ここ数ヶ月、ここらの野球少年の間で話題になっていたある事がある。

「お前、立川のオスローでのストラックアウト荒らしって……」

 バッティングセンターのストラックアウトで最多パーフェクト回数を誇る男がいると。
その姿を目撃した者は少なく、マウンド入り口に張り出されたパーフェクト賞獲得者のラ
ンキングが掲載してある看板だけが唯一の情報である。多くても三回の有象無象が並ぶ中
で、一位に君臨するソイツはというと十回を超えるパーフェクト達成、おまけに通常は記
されない最高球速は時速百四十六キロを記録していた。

「名前欄の“いつも新発売!”ってお前か……!」

「美味しかったな……あのラーメン。ステッカーはまだ洋服タンスに貼ってあるよ」

 ボールを頭上に放り投げて健太郎はそう言った。ボールはシュルシュルと音を立てた。

「でも……やっぱりマウンドがあってキャッチャーに向かうと、良いね。初回くらいはド
キドキしたけど……」

 パスッと音を立ててボールは健太郎のグラブの網目に納まった。

「今はとにかく野球が出来て嬉しいよ」

「…………」

 振り返り、健太郎は二度右腕をぐるぐる回した。

「さ、楽しい野球……やろうぜ」




     



「アッー!!」










 両軍が騒然とした。
 別に誰かのアナルが破られたわけではない。
 最終回2アウト、健太郎の放ったボールが打者の顎を直撃した。百二十キロ程度の球だ
し、大丈夫だろうと思った矢先、一塁へと歩き出したバッターの膝が笑っていたのだ。

「脳……揺れたのね」

 こっちが勝っているのに喧嘩を売ってどうする。
 インハイのボール球だったのだが、気持ちが前に行き過ぎて避け切れなかったんだろう。
イチローじゃないのだから(「バットを振らないで終わる打席は嫌い」とイチローが発言し
ていたはずだ)素直に見逃して欲しかった。今回限りボール球は俺のリードだったのだ。
 相手ベンチから代走が出た。こっちはアンダースロー、走ってくる可能性が出てきた。
 一応クイックモーション、胸元に外させたが、案の定ファーストランナーが走ってきた。
あと一人って状況だというのに大胆過ぎるが

「狙いがバレバレユカイ!!」

 セカンドへの偽投、しかも幾分バランスを崩しながらのそれは、サードランナーをホー
ムに呼び込むには こうかはばつぐんだ。

「!?」

 突っ込んできたサードランナーと目が合う。一気に踵を返したランナー。三塁線を追っ
て追って追いまくって……全力でサードへと送球した。ランナーが再び踵を返した。返球
がサード中村から来た。そしてランナーも来た。





 その時、俺の背筋に悪寒が走った。
 抱き付かれねぇか……これ?本来の野球なら杞憂だ。しかし、本能が……ゴーストが囁
くんだよ、身の危険を。





「豊ぁぁぁぁあああああ!!ソイツに抱き付けぇぇぇぇえええええ!!」

 健太郎の怒号が聞こえた。いや、少佐……うん、諦めた。
 がぶり四つで抱きついて、ランナーから漏れて耳に掛かった気のする吐息の音が若干「ウ
ホッ」って聞こえた気がするけど、無事に三塁塁審の手が挙がった。試合、終了。

 アナルは守られたかもしれないが……逃走手段を駐車していたコインパーキングになに
やら目付きの危ない男性方が集まり始めた。健太郎は何も見ないで、勝利の余韻を噛み締
める様子も無く、相手チームの人達と手早く握手を済ませ、荷物を纏めていた。

「俺がチャクる時に目撃者いたから……みんな、そろそろ逃げるぞ!」

「ちょ、おま」

 やっと強烈なランナーのハグから解放された俺の後ろでは笠原さんを筆頭にみんながガ
チムチ阿部さんな方々とシェイクハンドを交わし(無理矢理ではあるのだが)ていて

「マタ、ヤリマショウ」

「タノシミマショウ」

「チョットザンネン」

 というやたらリアルな片言のセリフに顔を青くしていた。
 そして、夕焼け色に染まったグラウンドに長く伸びた影の先にいる健太郎の姿は、全力
疾走だった。




       

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Neetsha