―――――チャンスというものは、何の前触れもなく突如として訪れる。
「またお越しくださいませー」
コンビニの自動ドアが開いた。中の客が一人出る所だった。
来た。今だ!
トコは身を翻し駆け出した。
「おおい、急にどうしたんだぁクロ助?」
常連の声なんて耳に入れてやる余裕はない。走れ、走れ!
ドアと客の足の間をすり抜け、店内へ入った。
(っ!眩し!)
まるで朝の様な強い光の空間に急に来たので、一瞬目がくらむが直ぐに頭をはっきりさせて、まずは弁当コーナーの近くのスウィーツの棚の下へ潜りこむ。自動ドアが閉まる音が聞こえた。狭い棚の下で這うようにゆっくり方向を変え、レジの店員の様子を見る。トコが店内に入ったのは、まだ気づいていないようだ。
(よし、ここまでは順調だ。弁当は・・・・ある!まだ買われてないぞ)
できれば客がにぎわっている時にどさくさに紛れて奪いに行きたいのだが、生憎今は深夜時刻だ。せめてまだ残っている2、3人の客の誰かがレジで会計をして店員の気を紛らわしてくれないだろうか。
(ここで一旦、足止め・・・・だね)
身動きせずに息をひそめて、次のチャンスを待つ。
かつての自分は、こんな生活が来るとは微塵も思っていなかった―――。
暖かい木造の家で、両親と祖母と穏やかに暮らしていた。友達も多かった。学校が終ると、よく幼なじみと遊びながら帰った。家に入ると、大抵は大好きなかぼちゃのポタージュを母が作ってくれていて、家の中いっぱいに匂いが広がっていた。窓の花瓶は毎日新鮮で明るい色の花が替えられていた。父の帰りはいつも遅くなくて、夕食は家族全員が揃っていた。笑顔の絶えない、何も不安のない楽しい家庭で――――
なのに、どうして。・・・どうして?
ガー・・・
「らっしゃーせー」
「!」
現実に戻された。音がした方向を見る。待っているうちに、ついうとうとしてしまっていた。客が新たに入ってきたようだ。若い青年に見えた。
青年の客は商品を眺めることなく、真っ直ぐレジに向かっていった。
「すいません、ここの通りをどっちへ進むと駅に・・・・」
どうやら、買い物ではなく道を尋ねに来ただけらしい。店員が言葉を選びつつ説明していた。店員が会話に集中していて、注意を商品から逸らしている。弁当はまだ誰にも買われていない。
だがトコの顔は、弁当の方にもレジのほうにも向いていなかった。
出入り口の自動ドアに。
そこへ向かって、長い間雑誌コーナーに居た客が、立ち読みを終えて店を出ようと歩き出しているのが見えたからだ。
まもなく自動ドアが開く。店員は道案内に集中している。
(・・・・今だ!!)
棚の下から素早く這い出て、焼き魚弁当に飛びつき角を咥える。牙をフタの部分に差し込みしっかり固定して持ち上げる。
「え・・・?あ!アイツ!」
物音で店員がトコに気付いた。目が合う。トコは店員を睨み付けた。道を聞いていた青年もこちらへ顔を向け少し驚いた顔をする。元立ち読み客がドアの前まで来る。自動ドアが開く。床に飛び降りダッシュするトコ。
「またかクソ猫!待てぇ!!」
怒鳴りながらレジから走り出てくる店員。店員の声でトコに気付き、振り向いて下を見ようと顔を動かす立ち読み客。足はもうドアの向こうに踏み出していた。追いつこうと弁当を咥えながら出口に向かって無我夢中で走るトコ。
「待てっつってんだろ!!」
バキャン!
「ぎゃっ?!」
何かがトコの背中にぶつけられた。衝撃で少しよろめいたが、弁当を離すわけにはいかない。後ろも振り向かずとにかく走った。閉まりはじめる自動ドア。丁度、弁当の幅まで迫ってきているところで、トコは更にスピードを上げ、ギリギリをすり抜けた。
「ああ!またやられたああ・・・!また俺店長に怒らr・・・」
店員の嘆く声がするが、コンビニから離れるにつれて聞こえなくなった。
トコは、出てきた向かいのレンガビルとは違う方向へ走り続け、足音も無く夜の闇へ消えていった。
「ははぁ、今日もやらかしたなあクロ助。またな~!」