誰そ彼時の神社

3.誰そ彼時の神社
自分の将来や人生について考えるなんて、本当なら一番どうでもいいことのはずだ。何もしなくても年月は経つし嫌がって駄々をこねても時間は過ぎる。抗うことのできない流れには、そのまま流されるだけでいい。ハイデガーみたいな、死についての不安なんて考えてられない。だから日がな一日お酒を飲んで、憂鬱な気分を紛らわせてやる。だけど時折、たまらなく不安になる時がある。ぼんやりとした、言いようのない不安が。レヴィナスが言うところの存在者の存在に対する不安ってやつだろう。意味はよくわからないけれども、きっとそうだ。 なんだか、このまえヒイラギさんと話して彼の哲学趣味が染ったらしい。

そんな風なことを考えて朝からずっと、窓の外を眺めて電気ブランを飲んでいたらあっという間に夕方だ。朱色に染まる街を見ていたら、ふらふら歩きたくなってきたので散歩をする。自分の住んでいる街はビルとバラックと、屋台をごちゃまぜにして、木々が丹念に撹拌したような作りになってる。もともと山だった場所に飲屋街ができて、次第にこんな風な街並みになったらしい。そして、街の雰囲気に惹かれる人が自然に集まりどんどん大きくなっていったそうだ。だから統一感がなさそうで、微妙に統一感のある奇妙な感じが漂っている。今も日々大きくなっているし、超個体みたいなものだろう

夕暮れの時間帯を黄昏時と言うけれど、江戸時代までは誰そ彼時と呼んでいたらしい。実際、歩いていると顔形もわからないような人とすれ違う。変な人が多いこの街だけど、彼らは間違いなく異質だ。彼らはどこから来てどこへ行くのだろうか? 相手にも、自分の顔がそんな風によくわからないものとして映ってるのだと思う。たぶん黄昏時は、普段の世界と理が違う、妙な世界に繋がるんだろう。

裏通りや小道を歩いていると神社に出た。まだ20分も歩いてないはずだけど、全然知らない場所に出るっていうのはこの街ではよくある事だ。折角だからお参りでもしてみようと境内に入ると、随分昔に見知った顔がいた。学生の頃の友人の、ショーゴだ。10年くらい前からたびたび失踪していて、ここ数年はずっと行方知れずだったけれども、彼もこの街に流れ着いていたらしい。あるいは、神隠しか何かでここにいるのかもしれない。夕暮れ時にはいろんなことが起こる。「やあ、久しぶり」と話しかけると、彼は「ハロー」と返す。後は何も言わず、挨拶だけして立ち去った。さて、自分も家に帰ろう。夜になると別の世界に繋がって、帰れなくなる。