夜の端っこで、朝の先端で

5.夜の端っこで、朝の先端で

夜の端っこが頭の上を通り過ぎていく。そして少しずつ、朝の先端が自分を目がけ向かってくる。曖昧な空の境目に次第に光が広がり、帯のように、時にはまだらの模様のように、街を包んでいく。ビルやバラックの隙間から届く光が眩しすぎるくらいに顔を照らし、自分が今日も生きていることを自覚させてくれる。ただ、今までぐっすりと寝ていた目には眩しすぎる。
ところで、自分は今どこで寝てるんだろう?

まるめていた体を伸ばし、欠伸をして目を開けると生垣の中だった。体を起こすと、背中や首が痛い。あたりを見渡すと、見覚えがある場所ではある。ちょうど行きつけの飲み屋の帰り道にある、花屋の店先だ。へべれけになって途中で力尽きたんだろう。持ち物はポケットの中の小銭以外何も持っていない。昨日の記憶を辿ってみても何を持っていたか思い出せないけど、思い出せないということは、きっと何か持ってても、大したものじゃなかったんだろう。結っていた髪の毛をほどいて土や葉っぱを払う。頭痛がひどい。目の奥を小人に肘打ちされているようにジンジン痛む。今日は向かい酒もできなさそうだ。

とりあえずは家に帰るべく小路を歩いていると、なにかの仕事に向かう途中であろう、身なりのきちんとした人々とすれ違う。よく、こんな時間にこんな窮屈な格好をして、シャキシャキ歩けるものだ。なぜこんな風に生きられるんだろう。自分はなんとなくいつも憂鬱だけど、世間一般の人はそうじゃないらしい。あるいは、世間の人たちはそういった思いを隠すのがとびっきり上手なだけなのかもしれない。少なくとも自分よりは。社会性だとか、協調性だとか、色んなものがごっそり欠けてるから、自分は人と相容れないんだろう。とにかく、世間一般の人たちはすごい努力をしていると思う。

思うに、自分のような人には何かが足りないんだろう。どこかにポッカリ穴が空いていて、それを埋めるためにお酒をたっぷりと注ぐ。他の人には、家族だったり友人だったり何かの趣味だったり色々なものがあるはずで、自分にはそれがお酒なんだ。そんな事を考えながら空を眺める。今日は帰らないで、このままどこかで、朝が少し遠いところで一眠りしようか。
sage