01:雨宮篝の巻

 空から何かが降ってきた。
 餅のように白く母親のように冷たく埃のように降り積もり舌に含めば身体を壊し肌に融ければ激しく震え空を仰げば凍えてしまう。
 数十年ぶりに観測されたその現象を、人は「雪」と呼ぶべきらしい。

 十二月。
 あたし――雨宮篝はすっかりフーテンの寅と化していた。
 日本各地を旅して回り、恋を知っては恋に破れて、金持ち相手に小銭をばらまき、腹が減っては戦が出来ずと魚を釣ってはお腹を下して見知らぬ町で行き倒れる。
 仕方がないので橋の下にもぐってみればその日暮らしの先輩かつ今夜の寝床の先客たる薄汚いご老人がカーリングの経験者を思わせる鋭いグーパンチを見舞ってきたので正当防衛という名の暴力によってそれを解決、湿気にやられてぐずぐずとなった段ボールと暖かな(温かくはない)寝床を見事に勝ち取り、敗者となった老人は河に流され老衰した。
 朝になると気温は氷点下まで落ち込んで先日の雨に濡れた町はかちんこちんに凍り付いていた。車はエンジン音もなく路面を滑っていくし、町民たちはあっちこっちで凍死してるし、空ではひらひら真っ赤なオーロラが夜でもないのに揺れている。
 これが噂のインスタ映えかもと思って写真を一枚ぱしゃりと撮ると、フォロワー数長年一桁のえすえぬえすアカウントに素早く投稿。一分十分二時間待ってようやくもらった一件のいいねにくるくる小躍り。
 そろそろお金が尽きちゃってパンもお菓子も買えなくなるけど、そんなことはどうでもいいや。そもそもここがどことか、なんであたしが旅してるかとか、些末な些事は些細なことだと風に流してスケート靴で町を滑る。
 チラシを貼られた街宣車は頑ななまでに口を閉ざして本を読み、満面の笑みで凍った犬がそれでも尻尾を振り続けている。
 あたしはふと、生まれ故郷のことを思い出した。家はかぼちゃで潰れてなくなっちゃってパパとママは数年前から行方が知れず、そこで生まれてそこで育ったということ以外に、何もなくなってしまった町。退屈だけど剣呑で何もせずとも日が暮れて眠らなくても朝が来る。
 そんな当たり前を、置き去りにしてきた、あたしにとってはただひとつしかない帰るべき場所。
 だけども今は帰れない。現代に甦ったフーテンの寅としては、新たなマドンナが生まれ故郷に訪れるフラグを立てるまでは旅を続けないわけにはいかないのである。
 とはいえ、このままでは飢え死にするしかないし、年越しをコインランドリーで迎える羽目になってしまう。
「でも、年末のガキ使だけはリアルタイムで観たいなぁ」
 となると、どこかしらのホテルに泊まれるくらいのお金だけは確保しなくちゃいけないんだけど。
 久しぶりにアルバイトでも始めようとは思ってるんだけど、ぶっちゃけ住所不定無職だし、最終学歴は中卒ってことになるし、あんまり人と関わりたくないし、履歴書に書けるようなことなんてほとんど何もない頭は真っ新、お先は真っ暗の美少女ニートなんですけど、雇ってくれるところありますかね。
 これでも今年の頭までは先行きの不安なんてまるでない花の女子高生だったんです。秋頃まではスーパーの鮮魚コーナーでバイトリーダー的なこともしてましたし、出来なかったのは炎天下でのティッシュ配りくらいのもので。
 体力はないけど身体は健康そのもの。やる気はないけど、やるっきゃない以上はマジメにやる。あたしの人間性の深いところを理解さえしてもらえれば、きっとどの職場でも上手くやったいけるとは思うんだけど。
 こちとら旅人だしね。いつまでも同じ町にはいらんないし、ある程度お金が貯まったら軽い気持ちでバックレるとかはまあしちゃうかも。
 それでもいいからってところはないのかな~と考えながら、道端に落ちていた求人情報誌をべりべりと凍った地面から引きはがし、「誰でもいいから来て下さい(泣)」とか書いてある居酒屋に思い切って電話をかけてみる。
 ところが、聞こえてくるのはぷーぷーぷー。どこにかけても繋がらず、十五件目にしてようやく繋がったお好み焼き屋さんには「この町はもう終わりだ!」と怒鳴られ、二十四件目に繋がった釣具屋さんには「冗談言ってないであんたも早く逃げろ!」と涙声で諭され、一方的に電話をきられた。
「……はあ、なんじゃそりゃ」
 面接どころか話も聞いてもらえないなんて、なんだか辟易しちゃうよね。
 確かに凍った町はほとんど無人。見かける人影って言ったら、どれも凍ってるかぐちゃぐちゃに潰れてるかで話しかけても返事なんかありゃしないけど。
 正直、隣町まで出掛けるくらいの交通費すら持ち合わせないし、三日前からぐーぐー鳴ってるお腹はいつあたしの意識を失わせてもおかしくないくらいに身体の不調を訴えている。
「このままじゃまた銀行強盗せざるを得なくなっちゃうよ」
 そしてまた失敗しちゃう。一銭も財布に入らなかったんだから警察だって即時解散すればいいのに、「今度やったら逮捕しちゃうよ」とか何とか言って二時間半も正座させられた。
 もう二度とあんな思いはしたくないし、犯罪という行為に手を染めさせたこの世界が憎くてたまらん。
 どうせ姑息に金稼ぎをするなら、もっと愛とか平和とか、そんな浮ついた言葉が付随するようなことでこの手を汚したい。
「はーあ。はぁどもぉだなぁ、あたしの人生」
 誰もいない公園でブランコをこぎこぎ。
 そろそろ夜になる時間なのに空はいつまでも明るいし、お金を恵んでもらおうにも土下座する相手すらその辺にいないから全然駄目。
「飢え死にするしかないのかなー」
 とか呟きながら、凍った砂場の近くに、雪も積もってないのにどてんと居座る、なんか子供たちが丹精込めて作っちゃったっぽい雪だるまを、助走をつけた上で蹴り飛ばして破壊する。
 すると、ぴょぴょん、と。
 砕け散った雪だるまから真っ白な雪玉たちが「何をしやがる」とか居丈高に飛び出してきた。
「ふええ、痛いよぉ」「ゆるすまじ。だれかあいつ殺せ」「いひひ、痛い、……痛い、うひひひ」「ぼ、ぼくらがなにしたってゆーんですかぁ」
「……や。もう、そぉいうのいいって」
 雪だるまの構成要素である雪玉が? なんかひとりでふわふわ浮いて喋って怒って笑って泣いて?
 そういうのもう飽きたから。もっと普通でいいんだから。雪だるまは雪だるまだし、雪玉は雪玉。意思とかそんなん別にないから。
 そう結論づけて雪玉たちを蹴散らすと、二度と声を上げることがないように念入りに踏み拉いて唾を吐く。
 すると、割れた雪玉のなかから、ころんと小さな塊が転がり出てきた。
「なにこれ」
 指先につまんで拾い上げる。
 ちっちゃい黒光りする歯車。それが無数に集合したアンティーク風の自動拳銃にも見えるし、これひとつじゃ成立しない――何か大きな機械の部品みたいにも見えた。
 どっかのガキが忘れていった玩具かもとも思ったけど、それにしてはずっしりと重たくて繊細な造りに見えてその実頑丈。
 グリップと銃口があるし、撃ったらどうにかなるものなのは間違いないとは思うけど。
「これ、やばいやつかな」
 撃ったら暴発したりして。それで手首から先がめっちゃめちゃになって使い物にならなくなったりして。
 それか銃に見えて実は何かのスイッチで、引き金を引いたら地球がばーんってなっちゃうやつとか。
 もしくはさっきの雪玉を生成しちゃう、くそったれなスポーンガン的な?
 だったらすぐにも放り投げよう。そんなゴミなら誰も求めてないし、売ったところでお金にもならない。
 何にせよ、まずは試しに撃ってみる。ただ銃弾が飛び出すだけならその辺のサラリーマンにでも売ってあげよう。あの人たちは、すぐに銃口をしゃぶりたがるし。
 まずは、一発。
 自分の足許に向けて、引き金を絞って絞って絞って絞り。
 かちり、と。
 音を鳴らすと、着弾点?から現れる。
 にゅいーんと渦巻く黒い霧。
「あはは、やっぱ……やばいやつだった」
 あたしは笑いながら霧にぱくりと飲み込まれる。
 視界は黒く染まって、上も下もわからなくなって。
 そのまま死んじゃうとしても、別に後悔なんてないと思った。
sage