眠りから目を覚ました賢一は、すぐに異常に気づいた。
ここは自分の部屋ではない。
自分が寝ていたのも見知らぬベッドだった。
ベッドから降りる。自分はブレザーの学生服を着たまま寝ていたようだ。
普段の自分ならそんなことはしない。
「どこなんだよ、ここ」
独り言をいう。
部屋の四隅は丸太が柱になっていて、壁はくすんだ白色。
部屋にあるものはベッド、ストーブ、冷蔵庫、テーブルと椅子、流し。
3つドアがあり、二つの小さなドアはそれぞれトイレとシャワー室につながっていた。
残った大きなドアが室外につながるドアだとすると、これで室内の調査終了。
結局何も分からない。
なんで自分はこんなところに居るのか。
と言うか、眠る前自分はどうしていたところだったか。
「思い出せない、だと?」
驚きを感じつつ自分にそう言った。
「……思い出せない。俺は寝起きで頭がぼーっとしてるのか、それとも……記憶喪失と言うやつなのか?」
しばし何かためらうように、室内を見回していたが、そうしていても記憶は戻ってこない。
「よし」
軽い決意をして賢一は室外につながっているであろうドアを開けた。
ドアを空けて見えたものは、少し長い真っ直ぐな廊下。
さっきの部屋もそうだったが、窓などは見当たらない。この建物がどんな所に建っているのかも分からない。
ただ、空気が冷たい感じはした。
賢一は廊下を渡りきり、突き当りのドアを開けた。
「あっ……」
声を出したのは、ドアの向こうにいた女の子だった。
セーラー服を着ている。見た感じ賢一と同じく高校生だろう。ただその制服は賢一が見たことがないもので、近くの学校ではないのだろうと思った。
「……こんにちは」
とりあえず賢一は挨拶をした。
「は、はい、でも、こんばんはかも」
女の子はおどおどした様子でそう答えた。
「『こんばんは』? ……ああ、今時間は夜なのか」
「多分、そうです」
「そうか、いや、俺ちょっと今混乱してて……」
賢一はバツが悪くてちょっと視線をそらした。
「ここがどこだか教えてもらえませんか? 俺、なんでここにいるのか思い出せないんです」
「え……」
女の子は困ったような表情になる。
その表情を見て、賢一の脳裏に一つの仮説が思い浮かんだ。
「もしかして、あなたも目が覚めたらここにいた、とか?」
「は、はい、そうです」
「ここがどこだかわからない?」
「はい」
自分とこの女の子が同じ状態にあるという仮説は正しかったみたいだ。
「今が夜だというのはどうして分かりましたか?」
「それは、あのドアを開けようとして……」
女の子は今いる部屋のドアの一つを指差した。
改めて見回してみると奇妙な部屋だった。
自分がこの部屋に入ってきたドアを含めると十個のドアがある。
女の子が指差したのはひときわ大きい、頑丈そうなドアだった。
賢一はそちらに向かって歩いていった。
威圧感を感じさせる厳しいドア。
賢一はドアノブを掴み、押して見た。
重苦しい音を立て、ドアが徐々に開く。
ドアの隙間から、冷たい空気がひゅっと入ってくる。
「冷たっ」
思わず声が出る。
そして、ドアは5センチほど隙間があいたところで、動かなくなった。
「あれ?」
怪訝に思い、その両開きのドアの反対側を開けようとするが、そちらは殆ど動かない。
「わたしが開けようとした時も、それぐらいしか開かなかったんです」
女の子の言葉が聞こえた。
賢一は力を込めたり、押す角度を変えたりしてみたが、ドアの隙間は5センチより広がることはなかった。
まるで、最初からそれだけしか開かないように設計されているかのように。
それ以上ドアを開けることを諦めて、隙間から外の様子を伺う。
外はどうやら吹雪のようだった。
たとえドアが空いたとしても、あまり好んで外に出たいとは思えない天候。
そして確かに外は夜だった。
とりあえず賢一はドアを締めた。
「なるほどね……」
「わたし、どうしたらいいか分からなくなって……」
うつむく女の子。
女の子は丸っこいショートボブの髪型で、髪の色はきれいな黒。
目は黒目がちで、どこか小動物的な印象。
よく見ると結構かわいいな、と賢一は思った。
「分かった。俺に任せて」
賢一は女の子が自分に惚れたらいいと思いながらできるだけ格好つけて言った。
「え……」
「俺が謎を解いて、ここから脱出する方法を見つけるから」
「本当ですか」
「うん、俺結構頭いいんだ」
学校の成績もまあまあいいし、推理小説とか推理ゲームとか好きだし。
「よろしく……お願いします」
「うん、俺は木場先賢一っていうんだけど、君は?」
「二階堂、みくにです」
「みくにさんっていうのか」
親しくしたいという意思をにじませて下の名前を確認する。
「どんな字を書くの?」
「ひらがなで」
「へえ。柔らかい感じでいいね……ところで、なにかあのドア以外に、奇妙なもの、気にかかるものは見なかった?」
「あります、あのテーブルの上に」
みくには部屋の中央にあるテーブルを指差した。
「よし、見てみようか」
賢一はできるだけ颯爽としたふるまいになるように意識しながら、テーブルの方に向かって歩を進めた。
「奇妙なものってこれ?」
「はい、なんだか不気味で……」
テーブルの上にあったそれは、一枚のカードだった。
カードには意味不明な文章が書かれている。
雪山の山荘に集められた 8人の人間
8人の中には 人狼が紛れ込んでいる
夜に人狼は人を食い 昼に人は人狼の疑いがあるものを吊るす
この戦いは最終的に 人狼が勝利を収める
「……」
賢一は無言で考えた。
何だこれは?
何か意味があるものなのか、それとも無意味な落書き同然のものか?
「何かわかりますか」
みくにの口調に何か期待しているような感じを受けて、賢一は何か喋ろうと思った。
「もちろん、これが何の意味もない落書きって可能性もある。あるけど、これが何か大事な意味があるとすると……」
「はい」
「……人狼って何か知ってる? 人狼ゲームとか」
「人狼は狼男ですよね? ゲームは、だれが人狼のカードを持ってるかを当てるゲーム……ですよね?」
賢一はうなずいた。
厳密に言うと人狼ゲームは誰が人狼なのかを当てるだけのゲームではないのだが、今はそこはよしとすることにした。
「一箇所に人間が集まっていて、そこに人狼が紛れ込んでいて、人狼は夜に人間を食う、人間は昼に人狼と思われるものを吊るす、これは人狼ゲームのルールだ。三行目まではそれが書いてあると思うこともできる。けど」
『この戦いは最終的に 人狼が勝利を収める』
「……この四行目だけが異質だ。これはまるで予言か、それとも……」
犯行予告?
何やら不吉な言葉が脳裏に浮かんだ。
この建物に殺人鬼が潜んでいて、夜に一人ずつ誰かを殺していって、最終的に殺人鬼1人が残るまで殺し続ける?
このメッセージはその犯行予告?
賢一は無言でゆっくり頭を左右に振って、
「……今はまだ何も断言できない。まだ調べてないところを調べよう。もっと何かが分かるかもしれない。」
そう言った。
「はい!」
みくにが尊敬の目で賢一を見ているような気がして、賢一は少しいい気分になった。
なんとか頑張って謎を解かなくちゃ。
そう思った。