Neetel Inside ニートノベル
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どうやらこれは人狼ゲーム
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 眠りから目を覚ました賢一は、すぐに異常に気づいた。
 ここは自分の部屋ではない。
 自分が寝ていたのも見知らぬベッドだった。
 ベッドから降りる。自分はブレザーの学生服を着たまま寝ていたようだ。
 普段の自分ならそんなことはしない。
「どこなんだよ、ここ」
 独り言をいう。
 部屋の四隅は丸太が柱になっていて、壁はくすんだ白色。
 部屋にあるものはベッド、ストーブ、冷蔵庫、テーブルと椅子、流し。
 3つドアがあり、二つの小さなドアはそれぞれトイレとシャワー室につながっていた。
 残った大きなドアが室外につながるドアだとすると、これで室内の調査終了。
 結局何も分からない。
 なんで自分はこんなところに居るのか。
 と言うか、眠る前自分はどうしていたところだったか。
「思い出せない、だと?」
 驚きを感じつつ自分にそう言った。
「……思い出せない。俺は寝起きで頭がぼーっとしてるのか、それとも……記憶喪失と言うやつなのか?」
 しばし何かためらうように、室内を見回していたが、そうしていても記憶は戻ってこない。
「よし」
 軽い決意をして賢一は室外につながっているであろうドアを開けた。
 ドアを空けて見えたものは、少し長い真っ直ぐな廊下。
 さっきの部屋もそうだったが、窓などは見当たらない。この建物がどんな所に建っているのかも分からない。
 ただ、空気が冷たい感じはした。
 賢一は廊下を渡りきり、突き当りのドアを開けた。

「あっ……」

 声を出したのは、ドアの向こうにいた女の子だった。
 セーラー服を着ている。見た感じ賢一と同じく高校生だろう。ただその制服は賢一が見たことがないもので、近くの学校ではないのだろうと思った。

「……こんにちは」
 とりあえず賢一は挨拶をした。
「は、はい、でも、こんばんはかも」
 女の子はおどおどした様子でそう答えた。
「『こんばんは』? ……ああ、今時間は夜なのか」
「多分、そうです」
「そうか、いや、俺ちょっと今混乱してて……」
 賢一はバツが悪くてちょっと視線をそらした。
「ここがどこだか教えてもらえませんか? 俺、なんでここにいるのか思い出せないんです」
「え……」
 女の子は困ったような表情になる。
 その表情を見て、賢一の脳裏に一つの仮説が思い浮かんだ。
「もしかして、あなたも目が覚めたらここにいた、とか?」
「は、はい、そうです」
「ここがどこだかわからない?」
「はい」
 自分とこの女の子が同じ状態にあるという仮説は正しかったみたいだ。
「今が夜だというのはどうして分かりましたか?」
「それは、あのドアを開けようとして……」
 女の子は今いる部屋のドアの一つを指差した。
 改めて見回してみると奇妙な部屋だった。
 自分がこの部屋に入ってきたドアを含めると十個のドアがある。
 女の子が指差したのはひときわ大きい、頑丈そうなドアだった。
 賢一はそちらに向かって歩いていった。
 威圧感を感じさせる厳しいドア。
 賢一はドアノブを掴み、押して見た。
 重苦しい音を立て、ドアが徐々に開く。
 ドアの隙間から、冷たい空気がひゅっと入ってくる。
「冷たっ」
 思わず声が出る。
 そして、ドアは5センチほど隙間があいたところで、動かなくなった。
「あれ?」
 怪訝に思い、その両開きのドアの反対側を開けようとするが、そちらは殆ど動かない。
「わたしが開けようとした時も、それぐらいしか開かなかったんです」
 女の子の言葉が聞こえた。
 賢一は力を込めたり、押す角度を変えたりしてみたが、ドアの隙間は5センチより広がることはなかった。
 まるで、最初からそれだけしか開かないように設計されているかのように。
 それ以上ドアを開けることを諦めて、隙間から外の様子を伺う。
 外はどうやら吹雪のようだった。
 たとえドアが空いたとしても、あまり好んで外に出たいとは思えない天候。
 そして確かに外は夜だった。
 とりあえず賢一はドアを締めた。
「なるほどね……」
「わたし、どうしたらいいか分からなくなって……」
 うつむく女の子。
 女の子は丸っこいショートボブの髪型で、髪の色はきれいな黒。
 目は黒目がちで、どこか小動物的な印象。
 よく見ると結構かわいいな、と賢一は思った。
「分かった。俺に任せて」
 賢一は女の子が自分に惚れたらいいと思いながらできるだけ格好つけて言った。
「え……」
「俺が謎を解いて、ここから脱出する方法を見つけるから」
「本当ですか」
「うん、俺結構頭いいんだ」
 学校の成績もまあまあいいし、推理小説とか推理ゲームとか好きだし。
「よろしく……お願いします」
「うん、俺は木場先賢一っていうんだけど、君は?」
「二階堂、みくにです」
「みくにさんっていうのか」
 親しくしたいという意思をにじませて下の名前を確認する。
「どんな字を書くの?」
「ひらがなで」
「へえ。柔らかい感じでいいね……ところで、なにかあのドア以外に、奇妙なもの、気にかかるものは見なかった?」
「あります、あのテーブルの上に」
 みくには部屋の中央にあるテーブルを指差した。
「よし、見てみようか」
 賢一はできるだけ颯爽としたふるまいになるように意識しながら、テーブルの方に向かって歩を進めた。

「奇妙なものってこれ?」
「はい、なんだか不気味で……」
 テーブルの上にあったそれは、一枚のカードだった。
 カードには意味不明な文章が書かれている。

雪山の山荘に集められた 8人の人間
8人の中には 人狼が紛れ込んでいる
夜に人狼は人を食い 昼に人は人狼の疑いがあるものを吊るす
この戦いは最終的に 人狼が勝利を収める

「……」
 賢一は無言で考えた。
 何だこれは?
 何か意味があるものなのか、それとも無意味な落書き同然のものか?

「何かわかりますか」
 みくにの口調に何か期待しているような感じを受けて、賢一は何か喋ろうと思った。
「もちろん、これが何の意味もない落書きって可能性もある。あるけど、これが何か大事な意味があるとすると……」
「はい」
「……人狼って何か知ってる? 人狼ゲームとか」
「人狼は狼男ですよね? ゲームは、だれが人狼のカードを持ってるかを当てるゲーム……ですよね?」
 賢一はうなずいた。
 厳密に言うと人狼ゲームは誰が人狼なのかを当てるだけのゲームではないのだが、今はそこはよしとすることにした。
「一箇所に人間が集まっていて、そこに人狼が紛れ込んでいて、人狼は夜に人間を食う、人間は昼に人狼と思われるものを吊るす、これは人狼ゲームのルールだ。三行目まではそれが書いてあると思うこともできる。けど」

『この戦いは最終的に 人狼が勝利を収める』

「……この四行目だけが異質だ。これはまるで予言か、それとも……」

 犯行予告?

 何やら不吉な言葉が脳裏に浮かんだ。
 この建物に殺人鬼が潜んでいて、夜に一人ずつ誰かを殺していって、最終的に殺人鬼1人が残るまで殺し続ける?
 このメッセージはその犯行予告?
 賢一は無言でゆっくり頭を左右に振って、
「……今はまだ何も断言できない。まだ調べてないところを調べよう。もっと何かが分かるかもしれない。」
 そう言った。
「はい!」
 みくにが尊敬の目で賢一を見ているような気がして、賢一は少しいい気分になった。
 なんとか頑張って謎を解かなくちゃ。
 そう思った。

     

 今二人がいる部屋はほぼ円形の形をしているらしかった。
 部屋の中央には謎のカードがあった大きなテーブルがある。
 壁面には10の扉。
 扉の一つは外につながっているが5センチしか開かない謎の扉。
 その隣の扉は賢一が目覚めた部屋につながる廊下。
 その隣の扉の先にも同じような廊下があり、その先の部屋でみくには目を覚ましたのだと言う。
 確認のために賢一もその部屋に入ってみたが、たしかにその通りで、その部屋は賢一が目を覚ました部屋にそっくりだった。
 それを確認して二人が10の扉の部屋に戻った時、賢一とみくには部屋の中に自分たち以外に二人の人物がいるのを発見した。

「どうもこんにちは! 私は大田桐悠と言います! よろしく!」
 黒い詰め襟の学生服を来た大柄な高校生がそう名乗った。
「木場先賢一です。こちらは二階堂みくにさん」
「二階堂です」
「どうも! どうも!」
 悠は賢一、みくにの二人と握手した。
「そちらは?」
 賢一は悠の近くにいた小柄な女の子を見た。
「いや、私もたった今出会ったばかりです! 分かりません!」
 悠はやたらハキハキとした言葉遣いでそう言った。
 なんだか選挙演説をしてる政治家みたいな印象があった。
「ええと、こんにちは」
 賢一はなんとなく握手を求めて小柄な女の子の方に手を伸ばした。
「遠慮しとくぜ」
 予想外にぶっきらぼうな答えが帰ってきた。
 小柄な女の子は髪型がベリーショートで髪の色は明るい茶色。
 もしかして不良っぽい子なのかなと賢一は思った。
「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
 みくにが小柄な少女に言った。
「新葉岳」
「にいばだけさん? よろしくお願いします」
「おう」
「下の名前は?」
 賢一が聞いた。
「……」
 新葉岳と名乗った女の子はぷいっと向こうを向いた。
「言えないわけでもあるのか」
 賢一が聞いた。
「ねえよ。すいか」
「は? すいかって何だ」
「だーかーら! 俺様の名前! テメーが聞いたんだろうが! 新葉岳すいか様だ! 文句あるか!」
 すいかはつばを飛ばしてそう怒鳴ると、またぷいっと向こうを向いた。
「いや……文句はない。可愛い名前じゃないか」
「可愛くなんかねーよ」
 向こうを向いてしまったすいかが気分を害してるのかと少し心配した賢一だったが、
「ひひひ」
 なんかすいかが後ろを向いたまま笑っていたのでそれほど気を悪くしてないらしいと思って、少し安心した。

「なるほど、お二人も記憶が曖昧で、どうしてここにいるかわからないと。いやあ、私もです!」
 悠が大げさな身振りで頷く。
「新葉岳君はどうですか?」
「俺様? あー、よくわかんねーな」
 すいかはこちらを見ずに答えた。

そんな会話をしていると、ドアが開く音がした。
「あの……」
 ブレザーの学生服を来た男子高校生だった。
 元気がなさそうな顔で、おどおどした態度を取っている。
「ここは……どこなんでしょうか……」
「知らねーよ馬鹿」
 すいかが即答(?)した。
「ひっ……やっぱりそうですか……」
(やっぱりって何だ)
 賢一はその言葉に引っかかりを覚えたが、特に質問はしなかった。
 彼は小島道幸宏と名乗った。

 その時、ドアを開ける音がいくつか重なった。
 女二人、男一人の計三人が別々のドアから出てきたのだ。
 三人とも学生服で、高校生らしく思えた。
 
「こんにちはみなさん! 私は大田桐悠といいます! よろしく!」
 相変わらず演説をするような感じで、悠が三人に挨拶をした。
「ウチは、若山田ユイ言います。ユイって呼んでな!」
 ユイと名乗った女の子は人懐っこそうな笑顔でそう言った。
 元気そうで好感は持てるけど美少女って感じじゃないなあ、と賢一は内心失礼なことを考えていた。
「僕は、岡田山豪」
 背はそれほど高くないががっしりした体格の豪は、それだけを言った。
 顔もいかつい感じなので、賢一は豪の一人称が『僕』だったことを意外に思った。

「私は、新見崎梨里ですわ。あなたたち、私のことを梨里と呼んでもよろしくてよ」
 アニメの登場人物が着ていそうな赤いブレザーの学生服を着た梨里は、そう言い放った。

 8人。
 賢一は心のなかで思う。
 これで8人になった。
 あのカードに書かれていた文章には、『雪山の山荘に集められた 8人の人間』そう書かれていた。
 ならば、これですべての登場人物が揃った、と言うことなのだろうか?
 ふと思いついて賢一は制服の胸ポケットに入っていた学生手帳を取り出し、余白のページにメモを取りはじめた。

○登場人物○
賢一:俺
みくに:かわいい
悠:演説みたいに喋る
すいか:ちび不良少女
幸宏:根暗男。多分オタク
ユイ:関西弁の元気っ娘
豪:ごつい。強そう
梨里:お嬢様。多分性格悪い

「何ですか?」
 みくにが首を伸ばして手帳に書いていることを覗き込もうとしてきたので、慌てて手帳を閉じた。
『みくに:かわいい』と書いた一行を見られるのは照れくさかった。
「極秘メモだ」
 賢一はもっともらしく言った。
「そうなんですね」
「まだ大したことは書いてないけどな」
 大切そうに胸ポケットにしまう。
 うん、本当に大したことは書いてないんだけどな。

「で、私たちはここがどこだか分からず、どうしてここにいるか分からない状態みたいなんだが……」
 悠が手振りを交えながら今やって来た3人に言った。
「君たちもそうか? つまり、ここがどこなのか知ってるとか……」
「いや、それがさっぱりや。分からん」
「僕も分かりません」
「あらまあ。みなさんも? 当てになりませんのね。私も何が何だか、分からないですけどね」
 ユイ、豪、梨里がそれぞれ答えた。
「な、なんかヒントはないのかな」
 幸宏が落ち着かない様子でそう言った。
「ああ、みんなに聞きたいことがある。みんなはカードみたいな物は見たか?」
 悠が手振りを交えながらそう言った。
 手で名刺より少し大きいぐらいの四角を作っている。
「あ、見ました、あれですよね?」
 みくにがテーブルの上にあるあのカードを指差し、テーブルの方に歩いていった。
「ん? うむ」
 悠がその後をついていって、結局8人全員がテーブルの方に移動した。
 みくにがテーブルの上の、あの四行の文章が書いてあるカードを指差している。
「……うん。ああ。俺にはこれが何なのか分からんのだが……誰か分かるか?」
 悠は何気なくそう言ったが、賢一はその悠の様子に何か違和感を覚えた。
 その表情はまるで、たった今初めてこのカードを見たかのように思えて。
 もしかして、悠はこのカードじゃない何かを考えて、『カードみたいなものは見たか?』と言ったのだろうか?
 そんな考えが浮かんだが、それが重要な事かどうか判断できず、賢一は今はそのことを口にしないことにした。

     

 気がついたら雪山の山荘にいた8人。
 だれもが記憶を失っているらしい。
 そこまでの情報交換はすぐに行われた。
 逆に言うと、ここがどこなのか、どうしてみんながここにいるのかなど、有効な情報はどこからも得られなかった、と言うことだ。

「なあ、あのドアの向こうは何なんやろ?」
 どんよりした空気を破るように、カラッとした声でユイがそう言った。
 ユイが指差したのは外が見えるドアの反対側にある、両開きの扉。
「うむ、あの扉の向こうに何があるかは、だれも知らないのだな?」
 悠が少し偉そうな態度でそうみんなに確認した。
「興味深いですわね」
 あくまでお嬢様っぽい態度で、梨里がそう言った。
「よ、よし、みんなで確認してみようぜ」
 みくにに対して格好いい態度を見せたい賢一が、話に乗り遅れまいとそう発言した。

 そのドアの向こうは、埃っぽい部屋だった。部屋の両側が棚になっていて、雑然といろいろな物が放り込まれている。
 そして部屋の中央にテーブルが有り、その上に小型のトランクが乗っていた。
「なんや? 札束とか入っとるんかな?」
 ユイが無邪気な感想を言った。
 ちっ、とすいかが舌打ちした。
 それとなくすいかの方をうかがうと、彼女は茶色の短い髪をワシャワシャと片手で掻いていた。ユイの態度にイライラしているのだろうか。
「ふむ、ではこのトランクから開けて見るとするか」
 悠が率先してトランクの前に立つ。
「危険はないのか」
 ふと、今まで発言の少なかった豪が、低い声でそう言った。
 トランクに手を伸ばした悠の手が止まる。
「なにか危険があるというのか?」
 悠が振り向かずに、手を止めたままそう聞いた。
「……知らん」
 豪はぶっきらぼうにそう答えた。

 危険は、あるかも知れない。
 賢一はそう思った。
 なにしろ未だに状況はよく分からない。
 なぜ自分たちはここにいるのかさえ。
 これを仕組んだのが犯罪者だったら、自分たちに向けられた罠があることもあり得ると思った。
 トランクに開けたれた瞬間爆発するような罠が仕掛けてある可能性も?
 賢一はさりげなく、みくにのほうをみて、それから彼女の前に立った。
 トランクが爆発した場合、みくにを爆風から守れる場所だ。
「あの」
 みくにが不安そうな声を出した。
「大丈夫だと思うけど」
 賢一はみくにに背を向けたままそう言った。
 みくにが自分のことを頼もしいと思ってくれないかな、とかそんなことを考えていた。
「危険の可能性を指摘してくれたこと、感謝する」
 悠が一呼吸後にそう口にした。
「しかし、これを開けないで放っておいても仕方ない気がする。私はこれを開けるぞ」
「大丈夫……かな……」
 不安そうな声を出したのは幸宏だった。
 ちらっとそちらを見ると、彼は不安そうに爪を噛んでいた。
「開ける!」
 悠はその言葉と同時にトランクを開ける金具を動かした。
 カチッと言う音。
 もしもこの部屋ごと吹っ飛ぶような大規模な爆発が起きたら、自分がみくにちゃんの前に立ってることなんて意味が無いな、と賢一が思い至ったのはこの瞬間になってからだったが、とにかく爆発は起きなかった。
「これは!」
 悠がそれだけを口にして息を呑む。
「何だったんだ?」
 賢一は乗り遅れまいと横からトランクの中を覗き込む。
 そしてやはり息を呑んだ。
「なになに? 何やったん?」
 ユイが待ちきれないといった感じでそう言った。
「……見てくれ」
 悠がトランクを開いている状態で抱えて、皆に見せた。
 そこには8丁の拳銃が入っていた。

「なにこれ! ピストル? ピストルなん?」
「そうみたいだけど」
 賢一が答えた。
 ただ、妙に小さい。
 映画などで見る拳銃の半分程度の大きさしかなさそうだ。
「拳銃型の……何かということはないでしょうか?」
 みくにがおどおどとそう言った。
「誰か、こいつを調べてみるか?」
 悠がそう言ったが、すぐには誰も反応しない。
 数秒の間、重い空気が流れる。
「俺様が見てやらあ」
 すいかがそう声を上げた。
「む、君か! う、うむ、頼もう」
 悠は少し戸惑ったようだったが、すぐにトランクを彼女に向けて差し出した。
 すいかは怯えたようすも見せずにその拳銃の一つを手に取った。
「弾入ってるのかな」
 すいかは銃口を覗き込もうとする。
「あ、あぶないよ、銃ってのは暴発することがあるんだから……」
 弱々しい声で警告したのは幸宏だった。
 心配そうに彼女に向かって中途半端に手を伸ばしている。
「あっそう。でも弾が入ってるかどうか知りたいんだけど。これパカっと割れるんじゃないの?」
 すいかは右手で銃のグリップを握り、左手で銃身を下にさげるような感じで力を加えている。
「ど、どこかの金具を押してから、逆方向に動かすんだと思う」
「そうなのか?」
 幸宏の言葉を聞いて、しばらく悩んでいたすいかは、銃身が上に持ち上がることを発見することが出来た。
「こうか! で、これはどこに弾が入るんだ?」
「銃身に入ってなければ、ないと思う」
 相変わらずおどおどとしている幸宏。
「よく分かんねえな。お前詳しそうだな、代わりに見てくれよ」
「え」
「ほいよ」
 すいかは幸宏に銃を押し付けた。
「あ……うん、弾は入ってないよ」
 手にとってちらっと見ただけで、幸宏は答えた。
「その幸宏君だったか、君は銃に詳しいのか?」
 悠が感心したように言った。
「そ、そんなに詳しいわけでも……」
 幸宏は言葉を濁した。
 喋るのが苦手なのかな、と賢一は思った。

 調べてみた結果、どの拳銃にも弾は入っていない事がわかった。

「あの、とりあえずこの部屋を出ません?」
 そう言ったのは梨里だった。
 まだ調べるところがたくさんあるのに、と賢一は思い、梨里の方を見た。
「埃っぽいんですもの」
 梨里は嫌そうに眉をひそめていた。
「うむ、しかし、この拳銃はどうしよう」
 悠は意見を求めるように皆の方を見た。
「とりあえず持ってここを出よう」
 賢一が提案すると、反対するものはいなくて、そうすることになった。

 中央の、十の扉がある部屋での話し合いで、全員が一丁の拳銃を持つことになった。
 強い理由があってそうなったわけではなかったが、
「これはもしかして、俺たちがここに閉じ込められてる謎を解く鍵なのかもしれない」
 賢一が何気なく言ったその言葉がなんとなくみんなに受け入れられて、それならば全員が一つずつ持つのが良いのかもしれないという結論になった。

 しかしとにかく。
 あの倉庫のような部屋はまだ詳しく調べていないが、一つ言えることは、あの部屋にはドアのようなものは一つもなかった。
 つまり、情報を総合すると、この山荘には外に出るためのドアは一つもないのだ。
 あの、5センチしか開かないドアを除けば。
 そのドアを5センチ以上開く方法は、まだ見つかっていない。

 賢一が色々なことを考えていると、ふいに梨里が口を開いた。

「この8人で殺し合いをしろというのかしらね?」

 みんなが一斉に梨里の方を見た。

     

「いきなり何を言い出すんだ、君は?」
 悠が咎めるような調子で言った。
「あら、そんなに突飛な発言でしたかしら?」
 梨里が微笑みながら言った。
「私たちは何者かによってここに集められた。しかも皆記憶がはっきりしない……異常ですわ。私達を集めた何者かの意図が、平和的なものという証拠もありません。さらにどうやら本物と思しき拳銃まで出てきました。不吉な想像をしてしまうのも無理なからぬところですわ」
「いや、しかし言うに事欠いてだな……」
 悠はそう言ったが、その続きを思いつかなかったのか、口を閉ざした。

「俺達以外の何者か、なんているのかな」
 賢一はつい、思っていたことを口に出してしまった。
「あら、どういうことかしら?」
 梨里が賢一の方を見て、言った。
 ここに来て賢一は、さっきの発言はまだ言わないほうが良かったかと思ったが、もう言わないわけにはいかなかった。
「犯人は、この中にいる……って言うパターンもあるかな、と思った」
 正直に考えていたことを言った。
 よこで、みくにがショックを受けたように両手で口を覆っていた。
「え……この……中に?」
 幸宏はかすれた声で言った。
「あの人狼ゲームをほのめかすようなメッセージ、あれは、この中に犯人がいるって事を言ってるんじゃないのか?」
 毒食わば皿までという気分で、賢一は喋り続けた。
 本当は今考えてることをべらべら喋るのは得策ではない、という可能性はあったが、今は発言したかった。
「あの」
 賢一のそばにいたみくにが、おずおずと手を上げた。
 皆の視線がみくにの方に集まる。
「人狼ゲームって、どういうのなんですか? わたし、詳しく知らなくって」
「ああ、ウチもよく知らんわ」
 みくにの言葉に、ユイがうなずいた。
「ええと……元はパーティーゲームなんだけど、推理ゲームとして楽しむ人も多いかな……参加者に最初に役職カードを配って……」
 賢一はみんなに人狼ゲームの大まかな説明をした。
「うーん、人狼ってのがオオカミ男で、夜になると人間を食ってしまうんやな?」
 ユイが確認の質問をした。
「そう」
「そんなら人間はどうやってオオカミ男に勝つのん?」
「『昼時間』の間に全員で話し合うんだ。誰が人狼なのかを。そして一番怪しいということになった一人を……」
 賢一は一瞬言いよどんだ。
 女の子に(みくにちゃんに)聞かせるにはショッキングな言葉かと思ったからだ。
 しかし言った。
「吊るす……つまり、処刑するんだ」
 空気が重くなった……気がした。

「へっ」
 すいかが彼女らしい不敵な笑みを浮かべた。
「そうやって人間と人狼が殺し合うってわけだ、それが……」
「ちょっと待ってや」
 すいかの言葉をユイがさえぎった。
「どうやって誰が人狼か、怪しいか分かるの?」
「人狼ゲームには、必ず『占い師』って言う役職が入るんだ」
「それは?」
「夜の間に誰か一人を『占う』事ができる。『占う』と、その人物が人狼なのかそうでないのかを知ることができるんだ」
「ふーん」
 ユイはそれを聞いて考えるような仕草をした。
「ふむ、で、その、なんだ。我々をここに集めた人物を仮に『犯人』と呼ぶとしてだな」
 口を開いたのは悠だった。
「その、『犯人』は、何を考えてるんだろうな? 何が狙いなんだろうな?」
 みんなが口を閉じて、しばし沈黙が場を支配した。
「僕達が……」
 豪が唐突に喋りだした。
「疑心暗鬼になって、お互いを殺し合うのを見物しようとしている……のかもな」
 いかつい顔で無口な豪が「殺し合う」って言葉を発すると、はっきりと場の空気が重くなった。不気味だった。
 みくにが、賢一の服の袖をキュッとつかんだ。
 やった、俺、頼りになると思われてる。
 表情に出さずに心のなかでほくそ笑む賢一だった。
「うむ、それがもっともらしいな」
 悠が、場をまとめるように大声で言った。
「であれば、我々としては、みなを信頼して、ここから脱出する事だけを考えるべきだな」
 誰もその言葉に返事をしなかったが、特に反対意見を持つものもいないような雰囲気だった。
「なあ、この部屋寒くない?」
 ユイが不意にそう言った。
「少し寒いわね」
 梨里が同意する。
「ふむ、では今日はみな休むことにするか?みなそれぞれの部屋があって、ベッドがあるって話だったよな?」
 悠が確認する。
「ストーブもあったで!」
 ユイの言葉に、みくにがうなずいた。
「では今日は解散して、各自の部屋に戻ることにするか。明日朝になれば多少は気温も上がるだろう、それから調査でもするか」
 悠がまとめにかかった。
「あ」
 みくにが何かに気づいたように声を出した。
「何?」
 賢一が聞くと、みくには少し嬉しそうに、
「人狼ゲームでは夜になる前に、その、容疑者を一人決めるんですよね? それでその人にいなくなってもらう……。だとすれば、わたしたちが今、容疑者を決めずに解散すれば、それは人狼ゲームじゃないってことになりますよね?」
 少し意味の分かりにくいことを言った。
 ようするに、自分たちが人狼ゲームの状況にいるかもしれないのが怖いのだが、今ここでだれも吊るさなければ、これが人狼ゲームであるという呪縛から逃れられる、そういう考えのようだった。
「いや、まあ、人狼ゲームでも、だれも……吊らないこともある、一日目とかには。それを許さないルールでやる場合もあるけど」
 賢一はつい自分の知識を披露したくなって、正直にそう言った。
「そうなん?」
 ユイがその話題に興味を持ったようだった。
「うん、一日目にはだれが人狼なのかの情報がないから、だれかを吊って、それが『占い師』だったりすると困るから、誰も吊らないって選択が許されるルールもあるんだ」
「なるほどー。それはいい手やな」
「あまりいい手じゃないと考える人もいるね」
「何でなん?」
「人狼を……その、殺すには、話し合いと投票で『吊る』しか手段はない。その貴重な権利を一回失うことになるから、かな」
「もういいだろう?」
 ユイと賢一の話を、豪がさえぎるように口を出した。
 彼も寒くて早く自分の部屋に帰りたいのかなと賢一は思った。
「ふむ、今日はもう解散にしよう」
 悠がそう言って、話し合いの時間は終わった。

 賢一は自分が目覚めた部屋に戻り、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちそうになった。
 眠りに落ちる前に、少しだけ、これが命を賭けたデスゲームなら、だれが最初に殺されるのかな、と妄想をした。
 幸宏の顔が思い浮かんだ。彼のことを詳しく知ってるわけじゃないが、気弱そうで大声でしゃべらない彼は第一の被害者にふさわしそうに思えた。
 やがて賢一は完全に眠りに落ちた。

 賢一の部屋ではない、ある個室。
 その部屋の主である人物は、手に持ったプラスチック製のカードを操作していた。
 そのカードはダイヤルのようなものが仕込まれていて、ダイヤルを回すと、カードの表の小窓に名前が見えるようになっていた。
「賢一」「すいか」「幸宏」「ユイ」「豪」「梨里」……。
 やがてその人物は、ダイヤルを「賢一」に合わせて、それをテーブルの上に置いた。
「ふむ、これでいいか」
 そう独り言を言った。

 十の扉がある、中央の部屋。照明は消えていて室内は暗い。
 その部屋に一人の人影があった。
「にしし」
 その人物は妙に陽気な笑い声をこぼした。
 右手を軽く降ると、ジャキンという金属音が鳴った。
「こっちかな」
 そう言って、その人物は一つのドアを開け、個室につながる廊下に足を踏み入れた。

 朝になり、中央の部屋に集まった七人は、賢一がなかなか姿を表さないことを不審に思った。

       

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狩巣栄斗 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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