Neetel Inside ニートノベル
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「鮭のホイル焼きです」
 
 湖南は店員が運んできたホイルの塊をじっとみつめる。
 彼女は家庭教師のバイト中のスタイルのままやってきたのだろう。豊富な長髪は後ろで結ばれており、普段は剥き出しでしつこいほど大きく迫力ある瞳も縁なし眼鏡のおかげか、柔らかい印象を受ける。
  
 結局、飲み会には30分以上の遅刻しての参加となったのだが、湖南は予見していたらしい。
 日ごろの行いから遅刻の常習犯だとレッテルを貼られているとか、そういう訳ではなく。湖南は特殊な眼力を持っているのだ。

 その眼力をもってして遅刻を予見したというのだ。

 最初に言っておく。眼力なんてもの俺は1ミリも信じてはいない
 眼と力と書いて、「がんりき」と読む。そんな経験20年近く生きてきて、ほぼ初めてに近い。
 そして20年間、生きてきた分の常識が邪魔をして信用できないのだ。

 湖南の紹介に戻ろう。
 彼女は幼少のころから視界に入った人間の過去や記憶、思考を読み取ることができたという。
 その能力は成長と共に能力も成熟していき、現在は対象の未来予知まで行えるという。

 つまり、彼女は全てスリッとまるっとお見通しなのだ。

「なるほど」湖南はそう呟いて眼鏡を整える。
 すると大家はポンと手を叩き、「何か見えたか」と期待を寄せる。
「大家、さけだ。ホイルの中身は鮭だよ。つまり、いま運ばれてきたのは鮭のホイル焼きといったところか」
「おお!古畑。早速開けてみろ」
 店員が鮭のホイル焼きと言っていただろう。それに注文したのは大家じゃないか。
 俺は深く溜息をつく。
 
 やはり俺は、1ミリも信じることはできない。

 解答を見て二人がひとしきり感動し合ったあと、俺は冷や水をかけるようなことを言う。
「正直、うさんくさいんだよな」
 言い終えた後、俺はひたすら険悪感を示す視線を浴びせられる。

「もう少し、確信に近い。なんというか、桁違いの力を見せてもらわないとな」
 これまで俺の個人情報など他人では知り得ないことを当てられたりしたが、その程度は下調べすれば簡単に分かる事で、詐欺師の常套手段だと思う。
 だから尚更騙されている気分になる。
「例えば?」湖南はあからさまに不愉快な様子で言う。
「俺がいま考えていることを的中するとかさ」
「興味ない」一蹴された。なんだそれは。
「なんだよ。それじゃあ信用する術がないだろ」
 そう言った俺を見た大家が呆れたように溜息をつき、「分かってないな」と言った。
「どういうことだ」
「湖南は興味のない事に能力を使う事は出来ないんだよ」
 そんな
「私にとってドキドキしない物は見えないんだ。まあドキドキしない物なんて価値が無いから、同じなんだけどな」
 つまり、湖南にとって俺には何の価値もないという事か。
「厳密に言うと、私の心拍数に関係してるみたいだ。心拍数の上昇につれて、色々な物が見えるようになる。つまりだね、私がある対象に心を奪われることで交感神経が働き、心拍数が上がることで、神経の閾値が低下して力が使えるようになるんだよ」
 うーん、分からん。
 
 湖南は焼酎の注がれたグラスをつまんで言う。
「つまり、アルコールは私の眼力と親和性が高い。人間はアルコールを摂取する事で自然と心拍数が上がるからな。酒が進めば古畑の粗末な思考だって読み取れないことはないだろう」
 ひどい言われようである。

「なんだ。小言を腹にしまっている様じゃないか」湖南が俺を凝視する。
「読めたのか?」
「いや。そのカカシみたいな顔に書いてある」
「…」 
 つくづくひどい扱いだが、疑問が残っている。
「大して興味の無い俺の経歴を知ることが出来たのはなぜだ?」
「それは、大家に頼まれたからさ。彼の頼みであれば、喜んで眼力を発揮できるんだよ」
 なるほど。俺が大家に目を向けると「もう、古畑の透視は必要ない」と首を振った。

 結局、今日も確信を得ることはかなわなかった。

「やはり黒霧島は最高だ」
 湖南は透き通るグラスをうっとりと眺める。
 俺は今一つ芋焼酎の良さは理解できない。いや、むしろ嫌いである。あの独特の臭みが気に入らない。

 ちなみに彼女の知り合いにも、ちょっと変わった目を持つ人間がいるらしいが、詳しい事は分からない。
 その人物もなかなか個性がある人物ではあるらしい。
 とりあえず今回の大筋に関わらない、湖南とその知人の話はこれぐらいにしておく。
 あえていうのであれば、彼女は中々の美人である。これだけでも語るに値するだろう。
 

       

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