Neetel Inside ニートノベル
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 湖南との会合を終えた俺と大家は帰路についた。

「何で救急救命士なんだ」
 駅までの通い慣れた道で、大家は話始める。いつもの説教が始まる予感だ。
「何度聞かれても同じ答えだよ。俺が高校2年生の時、救急救命士に命を救われた。それ以来、憧れなんだよ」
 俺が言うと、大家は「なるほど」と頷き「仮にそうだったとして」と疑ってかかる様子を見せる。
「ああ」
「わざわざ大学に入らずとも救急救命士にはなれるじゃないか。むしろ、大学から始めることが一番遠回りじゃないか」
「根本から否定か」
「そうだ。分かったら、大学なんて辞めて、消防隊に入隊したまえ」
「簡単に言うなよ」
 俺がぼやくと、大家は再び頷いた。
「とどのつまり」
「俺が同じ学舎にいることが気に食わない。だろ?」言葉を先取りする
「その通り。湖南のおかげで予知能力でも身についたか」
 とは言うものの、同じ大学ではあるが、大家の学部は圧倒的に偏差値が高いし、俺は推薦入試だ。大家にはまるで敵わない。
「昔のエピソードにこだわり続けるなんて、極端で、すごく君らしい」
「なんだよ」
「出会って半年だが。やはり君は極端な奴だと感じるよ」
 お前に言われたくない。
「悪かったな」
「いや、ほめてるんだよ」
「そうなのか」つい顔がほころぶ。
 いけない。本当に極端だ。
 いや、単純というべきじゃないのか。 
 何にしても格好が悪い。
 
 こうして大した話もしないまま歩いていると、大家は突然立ち止まる。
 再び何かへ興味を奪わてたようだ。

「あれ見てみろ」
 大家は路肩に停められた青い箱型の自動車を指さした。
「なんだ?」
 俺が首を傾げると、大家は自動車へ向かって歩き始める。
「そうか、君は運転免許を取得してなかったな。だが救急救命士を志すなら覚えとくべきでもあるが」
 そう言って自動車の真下を指さす。
 自動車の下には、見知らぬ模様が描かれている。

「これは、緊急車両通路の印で一般車は絶対に駐車禁止だ。信号待ちで停まるのもダメ」
「そうなのか」運転手は運転席で呑気にスマホを弄っている。
「由々しき事態だな。ランクル40は良い車だが、仕方ない」
「仕方ない?」
「俺達は、正義を掲げる。勧善懲悪が基本原理だろう」

 そう言った時には既に行動が始まっていて、大家は体幹を屈めている。
 そして身体を起こすと同時に、自動車にぶつけた。

 快音鳴り響く。

 何をぶつけたか?
 それは、道路に転がっていたビール瓶だ。
 衝撃で砕け散る瓶の破片。
 大家はそれを眺め、「あとで掃除しないといけないな」と呟いた。


 俺は呆気にとられ、言葉が出ない。

「さあ、逃げよう」
 大家は走り去るでもなく、ゆっくりと通りを歩いた。
「早く逃げないのか」
「あまり早く逃げると、車から降りてきそうだからな。まずは、あそこから車を移動させないといけない」
 そんな大家の思惑通り、青い車は俺達を追って走り出した。



 裏路地をしばらく走ったところで、大家は足を止めた。俺も慌てて走るのをやめる。
「逃げるのはやめだ。そもそも正義はこちらにある」
 あくまで正当性を主張するが、相手が納得するとは思えない。

 運転手は一見、筋肉質の屈強な男だが、自信に満ち溢れた佇まいをみせる大家のおかげで、あまり恐怖を感じなかった。
「どうするつもりだ?」
「力でねじ伏せる、のは無理そうだな」
 じゃあどうするんだ?そう尋ねる前に大家は一歩踏み出す。
 
「追いかけっこは辞めよう」目の前まで迫った男に言う。
「なんだと?」男は険しい顔をみせる。
 物々しい雰囲気で、まさに一触即発だ。
「そもそも。貴方が違法駐車なんてしなければ、こんな事にならなかったんだ」
「…それで俺の愛車に暴力を振るったってのか」
「分かったら追いかけるのは辞めてほしい」
「追いかけるのは辞めてもいい。だが許すことは到底できない」
 やはり許してはくれないだろう。しかし、男の第一印象からすると、思いのほか冷静で、受容的である。
「許してもらいたいものなんだが」一方、大家はあくまで傲慢な態度を崩さない。
「まあ。話次第だな」
「いいのか?」つい口をはさんでしまう。
「なんだと」男は俺を睨む。

「いや、見た感じ柄も悪そうだし、血気盛んで話も通じないんじゃないかと思って」
「血気盛んで柄が悪いのは否定しないが。いまどき冷静さがないと生き残れないからな」
 どの業界で生き残るつもりなのだろうか。
「おい。話が逸れてるぞ。貴方が車を違法駐車してるのが悪い。あそこは救急車両出入り口だ。罰則もある。何が話次第だ」
 大家はどこまでも譲歩する気のない様子で言う。
「なんだと?」
「正しい事をするのに理由はいらない。貴方が冷静かどうかなんて関係ないんだよ。俺が正義で貴方が悪だ」
「…」男は沈黙する。ここまで落ち着いた様子をみせてきたが、ここで怒りが満ちてきたようだ。身体の内で熱水をたぎらせているようで、全身がこわばっていく。

 つまり。やばい雰囲気だ

「それに違法駐車の証拠写真も撮ってある警察に届けることもできるんだよ」大家はスマホをちらつかせる。だが、そんな写真を撮った様子はない。はったりだろう。
「警察?」
 男は目を開き、ゆっくり息を吐く。急に熱が冷めたような様子を見せる。
「面倒はごめんだ。これぐらいにしておく」

 面倒はとっくに起きているのに。なんだこの反応は?

 右肩を下制して歩く後ろ姿。
 妙に特徴的に感じる。

 そうだ思い出した。
 あいつは。

「連続空き巣犯だ」

 俺が言うと、男は急に立ち止まる。

「半年前、ニュースになった。連続空き巣犯だ」
「確かに連続空き巣は話題になったな。犯人と思しき似顔絵も発表されたが、あんな顔だったか?」
 俺達の会話を聞いた後、男は走り出していた。
 改めて、男を連続空き巣犯だと認識する。
「あの反応がなによりの証拠じゃないか」
「じゃあ追うか」
「え」
 どうこう言う前に大家は走り出した。俺も大家を追いかける。
「追いかけられた分、追いかけ返してやる」
 なんだそれは。趣旨が変わっているじゃないか。
「報道された顔と違うのは俺が間違えたからだ」
「どういう意味だ?」大家は顔をしかめる。
「俺は偶然、家の塀を降りてくるあいつと遭遇したんだ。巷で話題の連続空き巣犯だと直感して、警察に通報した。そして警察に似顔絵を作らされたんだよ。急かされて緊張したせいか、全然似てない似顔絵に」
「似顔絵による検挙失敗の代表例だな。君のせいじゃないか」
「そうかもしれない」
「つまり尻拭いという訳だ。がんばりたまえ」
「しかし、こんな偶然あるもんだな」俺が言うと、「そうでもないさ」と大家は返す。
「罪人は罪を重ねるということだろう。勧善懲悪を掲げる俺達の前に現れるべくして現れたんだろう」
 いつから勧善懲悪を掲げたというのか。
「とにかく、あいつはまた次の罪を重ねそうだ」
「なぜ?」
「車と別方向へ逃げている。なにか企んでるかもしれない」
 人通りのまばらな通りに出る。
 しかし、そんなに差は開いていなかったのに、男の姿はない。
 路肩に数台のタクシーと乗用車が並ぶ。タクシーに乗り込んでいたらどうしようもない。
 丁度、エンジンを鳴らして発進する乗用車を大家はみつめる。
 彼は「いまのプリウスだ」と言いながら、手を挙げタクシーを止める。
 丁度良く止まり、ドアの空いたタクシーに大家は飛び込む。
「早く乗れ」
 俺も慌てて乗る。
「前の黒いプリウス追ってくれ」

 バックミラー越しに俺達を見ていた運転手は目を見開き、こちらへ顔を向けた。
「早く」見兼ねた大家が急かす。
 運転手は深く頷き、タクシーが発車する。
「いつか、こんな日が来ると思ってた」運転手。
「は?」
「車の追跡を依頼されるなんて、ドラマの世界だけだと思ってたよ。ありがとう」
「良かったですね」返す言葉に困る。
 大家は「ふん」と鼻で笑う。
 
 とはいえハリウッド映画のように派手なカーアクションなど、こんな地方の繁華街で起こるはずもなく、信号待ちで黒のプリウスに追いついた。
「なんであの車だと分かったんだ?」
「プリウスはあんなにエンジン音を立てて発車しない。あれは普段からマニュアル車になれた人が、突然オートマ車に乗った際、アクセルを強く踏み込んで発進することで起こるミスだ。まあ、自動車免許を持ってない君には、些か理解しにくいとは思うが」
「どうして、マニュアル車になれた人間だと分かったんだ?」
「空き巣犯の青い自動車。ランドクルーザー40系はマニュアル車しかないんだよ」
「なるほど」良く知ってるものだ。
「じゃあ、警察に電話してくれ」
「え」
「あとは、警察の仕事だ。運転手さんは、このまま後ろに張りついてくれ」
「お安い御用さ」
 地味な追跡劇だが、本人は大満足であることが伝わってくる声色だ。


       

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