Neetel Inside ニートノベル
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 路肩に停められたプリウスは2人の警官に詰め寄られている。

「最後まで見届ける必要はないんじゃないか?」俺は尋ねる。
「好奇心だよ」
「そうか」
 彼の基本原理は勧善懲悪と、もう一つが好奇心であった。
 もしかすると、善悪の無い卑しき好奇心を勧善懲悪と言う体の良い言葉で隠しているだけかもしれない。

「もしも、あいつが会話の成り立たない、抑制の効かない奴だった場合はどうするつもりだったんだ?ねじ伏せるのは無理なんだろう」
「別の手段を取ったさ」
 別の手段とは何なのか。聞いたところで教えてはもらえないだろう。
「何にしても。借りは返すと約束してるからな」
 
 借り、か。

 あの約束はまだ有効だったのか。
 そうだ。俺達が入学してまだ間もない頃に俺と大家ともう一人が出会って。
 そして巻き起こった出来事。
 
 もう一人?
 それは、誰だったか。

 そもそも、その出来事は、何だったか?

「大家、俺達が出会った時の出来事は何だったかな。もう一人は、誰だったか」

「…」彼は沈黙する。何の沈黙だ?
「まだ健忘症は続いてるみたいだな。まあ、無理に思い出すこともないさ」
 なんだそれは。
 そう言っている間に、男が降りてきた。
 流石は大家。車内から現れた人物は彼の読み通り、連続空き巣犯だった。

 だが次の瞬間。一人の警官が後方へ倒れこんだ。
 
 一瞬、虚が生まれる。
 空き巣犯は再び走り始めた。
「流石は空き巣犯、警官を押し倒すとは隙を突くのはお手の物らしい」
 呑気な様子で言っていると思えば、大家はすでに走り始めていた。
 俺もすぐに後を追った。

 空き巣犯が逃げ出して間もないが、既に彼の姿を見失いつつある。
 警官も面子を保つ為か、必死に追いかけていく。
 しかし、この人混みでは分が悪い。人混みの隙間から時折見える空き巣犯の後ろ姿。このままでは、まずい。
 そう思った時。

「よし」と大家が言った。
 何か思いついたのだろうか。大家は一旦足を止め、周りを見渡し始める。

 ここは。見覚えのある通りだ。それも、すごく新鮮な記憶だ。
 大家は歩道の脇へ進み始めた。
 そして、彼が立ち止まった先に居たのは、まやかしの選挙活動に興じていた山田さんだった。
「拡声器。貸してもらいますよ」
 そう言って大家は、山田さんが地面に置いていた拡声器を取った。
 山田さんの様子を見るに、大家の言いつけを守って架空のビラ配りのみに勤しんでいるようだ。

 大家が拡声器を強く握り、ノイズが鳴る。
「危ない。伏せろ」
 大家の罵声が喧騒をかき分け響き渡る。
 間を空けずに再び、繰り返す。
 二度目を言い終える頃の歩道には慌ててしゃがみ込む者と、その場に硬直する者ばかりになった。
 そんな静に徹する周囲に反して、ひとり走り続ける者がいる。
 空き巣犯だ。

 大家は空き巣犯を指差し、「あそこだ」と叫ぶ。
 警官の走るペースは、ギアを変えたみたいに格段に上がる。流石は本職である。
 あっという間に追いつき、空き巣犯は取り押さえられた。

「御仕舞だな」大家は言った。



 パトランプが忙しく回り、ビル街に赤い色を付けている。
 野次馬達が集まりきったころ、空き巣犯は収容されていく。
 
 俺は、山田さんから拡声器のお詫びに受け取ったビラを眺める。
 そして、「大家、お前の夢はあるのか?」と何の気なく、脈絡もなく唐突に尋ねてみた。
 敢えて言えば、なんとなくそんな流れと言うか、雰囲気である気がするのだ。
 結局、この一連の出来事によって、俺もタクシー運転手の様に舞い上がっているのだろう。

「探偵だ。喫茶店を開いて。片手間で探偵をするのさ大家はあっけらかんと答えた。
 意外だった。夢の内容とかではなく、まともに答えを返してもらえるとは思っていなかったからだ。
「大家らしいよ」俺はいたって冷静な様子を取り繕う。

「そんなことより、人の顔はちゃんと覚えた方が良い。今回の教訓だ」
 確かにその通りだ。極端な俺はどこまで覚えてしまうだろうか。

 駅などに貼られた指名手配犯の顔は皆覚えようと躍起になるかもしれない。
 いやいや、そんなことはない。
 俺はそんな単純ではない。極端な奴ではない。

 筈である。

       

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