Neetel Inside 文芸新都
表紙

秋乃シショホ作品集
煙草

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 掴みどころのない支配感が僕の心に住みついていた。

いつからだろうか、こんな気持ちを持つようになったのは。

思春期や反抗期という一概したものではない。

学校にも休まずに通い、勉学にもそれなりの意欲で取り組んでいた。

だが、時には何故か道理に合わないことがある。これもそれなのだ。



 なぜだかそのころの僕は夜というものに強くひきつけられたのを覚えている。

僕はいったい朝が弱かったこともあり、休日は時計の針が天辺をまわっても起きないことがほとんどだった。

そのため太陽の光が街並みに沈む頃からの活動がしばしばだった。

夕刻から夜間にかけての儚い空虚な存在に価値をみいだしていた。

疲れたサラリーマンや寂しさを抱えた学生達が家路を急ぎ、彼らの陰が次々に見えなくなると、僕は都会の夜の曇り空の下に跳び出し、家屋と家屋、中層ビルと中層ビル、マンションとマンション、それらの間で見えない星の数を数えては場所を変え、風の声に耳を澄ませていたのだった。



 僕はまたあの「F1」というやつが好きになった。

幼児の頃から乗り物は好きで、よく祖父母に交通博物館に連れていってもらったりしていたのだが、いつからか興味は薄れていった。

そんな僕が「F1」に興味を持ち始めたのは友人の影響が大きかった。

工業高校に進学する友人が多かったので、俄然、車の話が多かったのだ。

しかし僕は彼らと違い、マシンに興味をそそられたのではなく、その「儚さ」「空虚感」に惹かれていた。

レーサーとマシンの一体感により生み出されるスピード。

何時間もかけ何十周も周り、ゴール目前でトラブルに見舞われ全てが無となる瞬間。

あっけなく奪われる命。

同じ事の繰り返しのようで変化のあるレース。

これら全てのものが、あの頃の僕には心奪われるようなものだったのだろう。


 その日、冷たい風に追われ、僕はいつになく感覚が鈍っていた。

周りの空気は寒さに張りつめているのに、心は穴の空いたワイングラスのようだった。

自転車をこぐ足に意識はなく、街路樹と車の往来の間にそれを滑らせていた。

夜の闇を駆け抜けていく途中、ポツンと光る自動販売機にそそられた。

そこには色取り取りの煙草が並んでいたのだ。

その害は嫌なほど知っている。

いつもは、心がそれらに従うのだが、その時は違った。

気が付いたら僕の手には「LARK」が握られていた。



 そして、どこをどう行ったのだろう。

気が付けば近所の公園のベンチにいた。

それからの僕は自分でも驚くほど無意だった。

箱から一本の煙草を取り出してこう感じていた、



 ――あぁ、これだ。――



 そう、僕が常々感じていたモノを象徴しているかのようだ、僕をこれまで考えさせ突き動かしてきたモノを換算したモノであるかのようだ、そんなことを考えていた。



 百円ライターで火をつける。

暗闇の公園に淡いオレンジの暖かさが浮かび上がり、まるで僕がここにいることを周りに知らせているようだ。

ある種の解放から、見よう見まねで口にくわえた煙草を吸ってみた――正確に言うとふかしていた。

のどを違和感が捉える。

そうして僕はしばしの時間を過ごしていた。



 それから自問自答する。

僕は不良か?いやちがう。

僕は優等生か?いやちがう。

でも確かなことは、僕の心を押さえつけていたモノがどこかへ消えたのだ。

それは今までの僕にとっては思いもよらない吉報だった。



 家に帰るとテレビが居間を賑わせていた。

僕はすぐに自室に籠もった。

背徳感でも罪悪感でもない、喜びと無気力の入り交じった感覚に酔いしれていたのだった。



 それからは怖い者知らずだった。

ポケットに忍ばせた煙草とライター。

これらが僕に底知れぬ力を与えてくれるのだ。

持っているだけでもよかったが、やはり火を付けることで、多くの安心を得られた気がした。



 人に問われることがある。

そんなものの何処がいいのか、不健康な身体になるだけだと。

僕はそれに、みんなが納得のできる理論的な答えは導けない。

つまり心の奥深くの問題なのだ。

僕が僕であるための問題なのだ。

実際の所は、そんな単純なことではないかもしれないし、そうであるかもしれない。

だがこれだけは言える、



 ――あぁ、これだ。――

       

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