Bad Smell 中学生編(10)希望(若干修正版)

 中学3年の初め、私は、高校に進学したくなくなっていた。
 
 理由は多々ある。家族にこれ以上迷惑を掛けたくないから。新しい環境かつ友達がいない、自分の居場所がない高校という場で、体臭や失声症や挙動不審な私の動きなどで自分がクラスメイトに迷惑をかけることが怖かったから。また、それによってまた、いじめや疎外が起こることを懸念していたから。などなどだ。

 けれど、この私の心は少しずつながらも、変わっていくこととなる。
 
 私の置かれた状況がだんだんと良い方向に進んでいったからだ。

 ●いじめが無くなった

 幸い、中学3年生のクラスには、H君はいなかった。

(余談だが、2年生の後半に、H君はあろうことか、私の中学校の生徒会長に立候補した。ちなみに、立候補者は2人だけで、もう一人の方はいじめとははるかに程遠い真面目な好青年な野球少年のI君だった。H君は部活の後輩や、自分のクラスの生徒に権力を使って、無理やり票を入れさせていたが、見事に彼はぼろ負けした。因果応報というやつである。)

 また、友達とは離れたが、バスケ部の同期や小学生の頃からの知り合いもそこには数人所属しており、2年生の時よりはるかに居心地がよかった。(友達という友達は結局1人も作れなかったが。)

 私は相変わらず対人恐怖症で、体臭は臭かったが、(その知り合いの1人に鼻を摘ままれて「お前臭くね」と指摘されたが、それ以外は何もなかった。)クラスの方々は皆受け入れてくれた。毎日のように話しかけてくださったし、私が答えられなくても笑って許してくれた。

 それには理由があった。前回語った私が泣かせてしまったあの元女友達が、私が中学2年生の時、いじめられていたことを噂してくれていたのだ。私も人伝いで聞いたので詳しいところはわからないが、どうやら、彼女はあの時、私のあまりの豹変ぶりに驚いて、真相を確かめるべく、彼女の親を伝って、私の母親に私に一体何が起きたのかを聞いたらしい。

 友達との関係を除いて疎外感ばかりを感じていた2年生の頃とは大違いである。私の心も少しばかり晴れ始めていた。塾も、その時期にちょうど志望高校難易度別のクラスに分かれ、私をいじめていたあの女子たちとは離れることになった。そのため、居心地が少しばかり良くなっていた。後、少しでも迷惑をかけまいと、塾に行くとき、タイツを3重に履いて行って、どうやら効果があったらしく、臭いの指摘を受ける回数が減ったのも関係している。

 まあ、何はともあれ、私の人生は少しながらも、明るい方向に向かっていた。

●母親の愛情

 中学2年生の時にいじめや体臭に悩み始めてから、中学3年生の夏ごろまでというと、私は絶対に高校に行かないと腹をくくり、勉強したふりをしてゲームボーイアドバンスで遊んでいたり、漫画を読んでいたりしていた。全く勉強していなかったので、成績はだだ下がり。塾に通っているにも関わらず、テストの成績が学年の下位の方にずっと入るように。

 そんなこともあり、母親は私のことを心配して、きちんと勉強しているか私の部屋をそっと覗き込みにきていた。それで、私の行っていた愚行が幾度か母の目に止まった。結果、ついに堪忍袋の切れた母親はまず、私のゲームボーイアドバンスをたたき割り、次に、私の愛読していた漫画をびりびりに破った。そして、私の部屋を無くし、リビングに一つの机を囲むように衝立を置き、そこで勉強することを私に強制した。無論、私が勉強しているかを常に自ら監視するためである。疲れて寝ていたり、サボったりしたら、その都度ちゃんとしなさいと言われ、叩かれた。

 当時は母親が怖くて仕方なかったが、このおかげで私は嫌々ながらも勉強ができたわけである。それは後の高校受験の時に非常に役に立った。

 この一見、虐待とも取れる行動も、私を真人間に育てたい、高校に行かせたいという思いから生じた母親なりの愛情表現だったのだろう。大人になったいまだから言える。お母さんありがとう、と。私も、子ができたら、暴力は絶対しないが、母親のように真摯に子供に向き合える親になりたいと思う。