高校生編

Bad Smell 高校生編(1) 入学式

奇跡的に無事、高校に入学できた私だったが、ここで1つ問題が出てきた。同じ中学生の皆が滑り止めで受けたのは、あくまで普通科だけで、進学クラスを受けたのは私1人。つまりは、進学したは良いものの、そこには、知り合いが1人もいなかったのである。

体臭のこともあり、対人恐怖症になっていた私にとって、このことはほとんど死刑宣告も同然である。

考えてみてほしい。1からまた、自分の匂いを受け入れて、友達になってくれる相手を探さねばならないのだ。

人は第一印象を大事にする。体臭がキツイ相手には不潔というイメージが付きまとう可能性が高い。
(現に後に大学ではそのことが風呂に入っていないというデマを流されることに繋がった。)

そのため、入学式の時、私はそのことに対する不安から、体が震え、尋常じゃないほど脈を打ち、自分の知り合いが同じクラスにいるという幻覚さえ見た。

そして、入学式の後、HRで先生の自己紹介が終わり放課後になると、他の皆が楽しくお喋りをしている中、すぐさま、私は1人教室を飛び出した。

馬鹿な行為である。第一印象を気にするあまり、クラスの中で、第一印象が一番悪い人間になってしまったのだから。
Bad Smell 高校生編(2) 通学(若干推敲版)

今までは、家から歩いて10分もかからない距離の市内の中学校に通っていた私だったが、高校は市外。電車で通わねばならなかった。

通学時間は一番早くて1時間程。

私の地元はドがつくほどの田舎で電車の本数もあまり無かった。なので、最悪でも、7:30には家を出ないと始業時間に間に合わなかった。そのため、NHKの朝ドラのOPが私にとっての登校の発進合図だった。

また、その時間に間に合わせるには用意諸々も合わせて、最低でも6:50頃には目を覚まさないといけない。

私は人に迷惑をかけないようにトイレを外でしなくなったという話を前にしたが、この時期も続けていて、朝7:00頃に家でトイレを済ました後、学校に向かって以降全くせず…

進学クラスは18:00まで授業があったので、帰りの時間も合わせて、12時間トイレを我慢していた…

そんな長い間人間はトイレを我慢するように体が出来ていないらしい。

これを読んでいるほとんどの皆さんが予想している通り、無論、よく膀胱が爆発していた。よくと言っても月1くらいだが、年齢を考えるとよく、だろう。

(余談だが、脳が制御しているのだろう。漏らす時は必ず放課後で、学校を出た直後だった。)

不幸中の幸いなことに、私の通っていた高校の近くに父が働いている会社があり、19:00頃が退社の時間だったので、漏らした時には電話をすると、向かいに来てくれ、電車に乗って迷惑をかける。ということは無かった。

ただ、父がかけつけるまで最低1時間はある。だから、そんな時私は、おしっこにまみれたズボンを履きながら人通りの少ない川辺で蹲っていた。誰にも顔を見られたくないからだ。

その時の私の頭の中は高校生にもなっておしっこを漏らした私への呆れと父への申し訳なさでいっぱいだった。

こんな馬鹿な息子の相手をしてくれた父には感謝したい。
高校生編(3) ドブ色の高校生活

 入学式での1件からもわかるように、私は高校生になっても対人恐怖症が全くと言っていい程治っていなかった。
 また、失声症も続いており、なんとばかげたことだろうか。5月中盤まで、クラスメイトの誰とも喋ることさえできなかった。勿論話しかけられても、だ。
 しかし、奇妙なことなのだが、高校の先生方とは話すことができた。大人は私を裏切らない。この時はそういうふうに思っていたのだろう。といっても、授業中突然、発表を当てられたりすると相手が大人でも、周りに人がいるからか、答えられないことが多々あった。そのために、よく怒られもした。

 高校に入学して分かったことは、進学クラスがいかに大変かということだった。
 授業は毎日8時限目まであり、なぜか英語のテキストを何度もクラス皆で一緒に大声で(皆の声が小さいと大きくなるまで延々と続けさせられる)朗読するコーナーが存在した帰りのHRを含めて、最短でも18時までは拘束された。
 また、朝のHRは朝のHRで英単語の意味を答える単語テストが必ずあった。その出題範囲は単語帳に記載された50語の中からランダムで10語が選び出された。そして、3問間違えたら必ず居残りで、再テストの場合満点を取れるまで帰らしてもらえなかった。
 それぐらいできらぁーとお思いの方もおられるだろうが、進学クラスは宿題も山盛りである。当時の私はまだ高校の授業を習い始めたばかりだということもあって、それらをこなしていくだけで、あっという間に真夜中を迎えることがほとんどだった。
 そう、つまり、英単語を覚える時間などほぼ無かったのだ。よって、私は寝る前に英単語帳を取り出し、何度も何度も復唱するのが日課となっていた。なぜなら、脳科学的に寝る前が一番物事を覚えやすい時間だということを何かの番組で知ったからだ。まあ、要するに、覚える時間を少しでも減らしたかったわけである。(そのまま寝てしまい、朝になることもしばしばあったが。)後、行き帰りの電車で単語帳を開くこともよくあった。なぜかって、そりゃあ寝る時間を少しでも増やすためだよ!!
 他にも進学クラスには大変なポイントは多々あった。土曜日の授業がほぼ毎週ある、総合テストが1ヵ月に1回行われる、進学クラスだけ学校側が校舎や待遇が違うなど特別扱いするので他の級のクラスの生徒たちに疎外される(ブレザーの胸につけているバッジのデザインが全く違うので食堂などに行っても即バれる。)、クラスメイトが頭の良い人ばかりでそれ故に捻くれた者も多い(完全に後半部分はおまいうだが。)、勉強合宿という糞みたいな合宿がある。などなど挙げ続けたらきりがない。詳しくは後々述べるだろう。
 
 ハードに次ぐハード。私は進学クラスというものを甘く見ていたことを入学してから最初の1、2か月で思い知った。自分のせいで、友達ができないことも相まって内心は早く学校やめてえ、行きたくねえという感じである。結局、ばれたときの母からの制裁が怖いので遂行できなかったのだが、電車に乗らず学校に行ったふりをして本屋にでも行って時間をつぶそうと思った日もあった。
そんな時期のことである。とあるイベントが高校で催された。
 遠足だ。高校生にもなって遠足とは何ぞやという感じではあるが、これはクラスメイトと仲良くなれるチャンスだ、と私はそれが行われると知ったとき、ひどく喜んだ。
 遠足の場所は何と私の地元。そして、そこにある神社仏閣を決められた順番で4人1班で巡り、その各々に駐在している先生からスタンプをもらっていくという小学校の修学旅行でありがちなスタンプラリーが行われた。というわけで、土地勘のある私は重宝されると思いきや…
 1つ目のスタンプを先生に押してもらった後、商店街を一緒にうろついていたら、いつの間にか同じ班の人に置いてかれて、ぼっちになったという…
 そのため、連絡先を知らない私は仕方なく次のスタンプ地点に先回りした。
 ここの裏で起きたことは後に友達になってくださった方の写真や発言で知ったのだが、班の皆は私が居なくなった後、他の班と合流して普通に地元の商店街でアイスを食べたりして楽しんでいたみたい。マジか。けれど、挙動不審でまともに話ができないキモイ奴がいなくなっても普通の人はまあ、気にしないか。(ちなみに、後に行われた体育祭の打ち上げでは私だけ連絡なしで省かれます。)

 そんな楽しげな一行とは違い、その頃の私は神社の狛犬の下で1人泣きながら弁当を食べていた。班の中で1人も友達がいないがために連絡を取れない自分の愚かさに対する絶望や、また、待っている間にとある出来事があったことも関係している。
 
 私が1人班の方たちを神社の鳥居の横でまだかまだかと待っていると、そこに同じクラスで別の班のメンバーが現れた。その班は全員男子で、皆がイケメン。さらに社交的で同じ学校の進学クラス以外のクラスの方々を卑下する(常日頃ボロクソ言っていた。)ほど自信にあふれていた。
(後に私は、大学のサークルでその内の1人と知り合いの方と仲良くなったが、その者は受験直前に彼女とイチャイチャしすぎて、受験に失敗し私の通っていた高校に入らざるを得なくなった。という恐ろしい事実を教えてくれた。)

 私のような不細工で人間不信な愚かな人間とは全くの正反対な者である。
 そのためか、私が班員とはぐれたのをおもしろがっていじってきた。具体的に言えば、班の内2人が嘲笑を浮かべ、子供をあやすような口調で私に話しかけてきた。それも何回も。私はそれが嫌で近くにあったトイレの個室に逃げ込んでしまった。

 しばらくたって、もう頃合いだろと思い個室から出て元の場所に戻ると、彼らはまだそこにいた。さらに、私の今でいうとマジレスに当たるのだろうか、そういった行動がおもしろくなかったようで、彼らの内1人が「お前なんかと誰が話すか。」と怒った様子で述べ、皆を引き連れ立ち去っていた。

 まあ、そんななんだかんだがあって、お弁当を泣きながら食っていたというわけである。その後、無事班の皆とは再会できたのだが、先の一件があり、ひどくもやもやした気持ちを引きずったまま、後のスタンプラリーを回ることとなり、結局それを遠足の最後まで持ち越すことになってしまって…
 遠足は私の期待とは裏腹なものになってしまった。
 心機一転、高校デビューして自分の性格を変えさえすればこうはならなかったのに…
 実に情けない話である。
高校生編(4)嫌がらせ

 遠足の一件があって以降、私はますますクラスメイトに関わるのが怖くなった。仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。たたでさえ、昔いじめられた経験から人間不信であるのに、私みたいな人間とは誰も関わりたくないという旨の言葉をクラスの内の1人に直接言われたのだから。
 ことさら、私を悩ませたのはその発言をしたN君が、進学クラスの中でも群を抜いて頭の良い人間。それでいて、さらにリーダー性も持ち得ており、わずか1,2か月でクラスの中心的存在になっていたことだ。

 つまりは、だ。私と比べて彼は最早、月とスッポンというレベルでは収まりきらない、例えるなら、『蜘蛛の糸』のカンダタと仏様程だろうか。それほどまでクラスでの地位において差が開いているというわけである。ということは、彼がもしいじめを行ったら、私は歯向かうことなどできようもない。そう、私は思ってしまったわけだ。

その怯えにはちゃんとした理由があった。おまいうという感じなのだが、N君は、頭は良いが性格に少し難があったからだ。自分に正直と言ったら良いのだろうか。自分が気に入らない相手と接したり、そういった者に関しての話題が出たり、などした場合、彼はもし相手が聞いていて相手が傷つく恐れがあることなど顧みず、自分が相手に対して思ったこと(主に悪口)を嫌味っぽくぼかさず直接的に言うことが多かった。後、思っていることがすぐに顔に現れる面もあった。そういう性格だった。

私の怖れていたことが現実になった。N君は入学したての頃は私のことを気にもしていなかったのだが、遠足事件で私が彼のグループから逃げたことが心底気に入らなかったらしい。私も彼の気に入らない人間の内の1人に含まれ、事件以降、私に対して悪口や嫌がらせをするようになり始めた。勿論匂いのことも言われた。

しかし、N君の嫌がらせは中学の頃のH君のいじめと比べたら、遥かにましだった。具体的に述べると、

まず、授業中わざと私の椅子の下まで足を伸ばし、私の足が当たると椅子を後ろから足で押し蹴った。勿論、先生が黒板に目をやっている時などに綿密にばれないように、だ。

(進学クラスは総勢40人程で2クラスに分かれていて、そのため、1クラス約20名しかいないので、席替えがほぼ無かった。私の後ろの席は出席番号順でN君の席だったのだが、結局、夏期講習(夏休みの代わりに受ける授業)が終わるまでN君のポジションは私の席の後ろの席だった。)

次に、体育の時間の時、私は運動神経が悪いのは中学生編の時述べたが、彼はそれにも腹が立ったみたく私としては精いっぱい頑張っているつもりだったのだが、バスケやサッカーなどで彼と同じチームの時はわざと手を抜いて自分のチームを負けさせようとしているという言いがかりを付けられた。
野球の時は同じチームであったら、ツーアウトの時私がラウンドに立ったら、わざわざ皆に「どうせ当たらない」とわざわざ大きな声で呼びかけて、ミットを持たせすぐに守備に移れるように準備していた。

さらに、2つの進学クラスが合同で受ける授業があり、それは普段とは別の教室で行われた。この教室が問題だった。進学クラス合わせても40人程しかいないのだが、それでも窮屈なほど狭い教室だった。ここでも、出席番号順で並ぶので結局N君は私の後ろの席である。逃れることは出来ない。
案の定嫌がらせをしてきた。ただでさえ狭いのに授業前、わざわざ机を前の方にだけ詰め(つまりは私の席の方だが)、自分の席はゆったりと座れるよう余裕めに開けた。一方私の席は入る時も出る時も、机と椅子の間が通れないので、椅子に一回乗り、またぐようにせねば出られない状況となった。出るとき、椅子を少し引く必要があるので、最悪なことにN君の席にぶつかることもあった。その場合はひどく怒られ謝るように言われた。いや、あんたのせいやないかと私がこういったとき心の中で思ったのは言うまでもない。本当に理不尽にも程がある。
酷い時は授業中にさらに前の方に机で侵略してきて、お腹に机が食い込んで痛いわ、N君がどくまで出られないわで授業もまともに受けられなかった日もあった。
 
最後に、体育の授業終わりに教室に向かう時やトイレの洗面所の列など日常のあらゆる場面において私が彼の行く方向に歩いたり立っていたりすると、「邪魔」と言われるようにもなった。真ん前ならともかく、斜め前でもだ。
 
 他のクラスメイトは私がN君に嫌がらせをされていることに対して見て見ぬふりだった。N君は私以外のクラスメイトに対しては直接的な嫌がらせを一切していなかったし、何より嫌がらせを受けている私は言葉をあまり発さないし、挙動不審だし、嫌がらせを受けても一切反抗しないし、友達も当時全くおらず、とことんいじめやすい存在だったのがその理由として大きいだろう。世で言ういじめられっ子悪い理論というやつである。(私はいじめっ子にも非があると思う)
sage