名人




『名人』



さて、諸事情あって一度は消されてしまった感想文の続きをやりたいと思います。

この諸事情っつーのがなんなのか、それは端折ります。それよりも、腰が痛い。『バーボンハイムの映画評論日記』の影響で、拳銃が欲しくてたまらない。なのに、どこにも(安価では)売ってない。

最近、頭がそんなことでいっぱいだ。グロック。特にグロックという拳銃がほしい。僕は手が小さいので小型の拳銃がほしい。

それから、ゲーム「バイオハザード」を久しぶりにプレイしたら、バーボンハイム先生(元自衛隊員)のいうリアリティの欠如、の意味がよくわかりましたね。

ちょっとしたことで安っぽくなってしまうんです。特殊隊員の描写。バーボンハイム先生は細かいことにこだわりすぎている、そう感じた。でも、たしかに、あらためて「バイオハザード」をやってみて、これじゃあしまらないな、と思った。

三流ハリウッド映画の模倣もいいとこだ。

さぁて、今回から、「文芸新都の作品の感想いくつか」は、「文芸新都とニートノベルの作品の感想いくつか」へと進化しました。

進化したらどうなるか?文芸新都だけではなく、ニートノベルの作品の感想を書くことになる、それだけ。

一発目は『名人』です。将棋の話のようです。将棋、わけわからん。あさだてつやの麻雀放浪記では、「①一1白発中」のような特殊なテキストで手役を表現していた。

この小説は「六の十」のような表現で、盤面の進行状況を表現するのだろうか。まったく、この作品を読むにあたっては、手探りもいいところですね。

「外伝  棋客十兵衛 二(更新分)」

この硬派きわまりないサブタイトルが今回、僕が向き合う作品となります。

「棋客」。いきなり聞きなれない言葉がでてくる。「食客」というのは知っている。王族や貴族が、ある特殊な分野に秀でた人々を金でかこって、やしなっている状態だ。

しかし、棋客とは?当然、将棋をやるひとのことでしょう。そして「十兵衛」、現代的な名前とは言いがたい。この作品の時代設定は、すこーし、昔のようだ。

作者はこういった作品が大好きなのだろう。将棋が好きなのはもちろん、時代小説が好きなのだろう。でなければ、「棋客」や「一家」という言葉は出てこない。

と、僕には想像された。いやはや。世界はひろい。文学、というジャンルにおさまりきらない様々な作品を書いているひとがいる。様々な世界が多重に存在している。

作品、それは不思議なものだ。ある作品にはある秩序があり完成しているのに、別の作品には別の秩序があって、これまた完成している。

なのに、おなじ「現実」をシェアしている。このへんは、僕の自作で語りました。まあ、あの読みづらい不親切なものは置いておこう。


引用。「転がり込んだ棋客の青年も、(中略)並々ならぬ棋力を周囲に認められて」

この世界では将棋の腕がものをいうらしい。プロなのか?時代がちがうのでなんともいいがたい。将棋の腕がいっとう重要視される世界なんて、なんとも不思議だ。でも、この作品ではそうらしいのだ。

「一家」これもまた不明瞭な言葉であるけれども、やくざの集団を昔風に「一家」と呼ぶことはあるような気がする・・・。なんとなく、アウトローな感じは伝わってくる。

この作品はひじょうに正攻法です。「アラ」が見当たらない。そういうもんだ、そんな感じののりで、なみなみとみなぎる川が流れていくように文章が進んでいる。

なみなみと。なみなみならぬ将棋の腕をもつ青年「十兵衛」彼が主人公である。青年なのにずいぶん昔かたぎな名前で・・・やはりこれが古い時代背景の作品であると感じさせる。

しかも、更新分は「二」。「一」があったのだ。

例によって、改行なしの文章を読み進めていくと・・・はぁ、なかなかややこしい。この作品のジャンルはなんといったらいいのだろう。「将棋小説」それだけではたりない。やはり、「時代小説」だ。

「一家」というものがどういうものなのか、わからないけれど、とにかく、なにがしかの集団だ。そこに主人公の十兵衛ははいりこんでいる。

香子。これが十兵衛につづく二人目の登場人物。

「香子は惚れた男を取られたと騒ぐようなこともなく」とある。この説明ではさっぱりわからない。

文体は、なんといったらいいやら、古色蒼然としていて、ある程度の年老いた男性がきむずかしそうな顔をして電車の車内で読んでいる、そんな印象をうける。

作者は何歳だ?20歳よりもずっと年上に感じる。あるいは、僕と同じように、アナクロニズム、時代錯誤者なのかもしれない。

香子につづいてもう一人、人物が創造される。創造。なぜなら、これは嘘っこの話なのだから。作者の脳によってひねりだされた人物にすぎないのだから。

そいつの名は、「香子の父、即ち一家の跡取りである総司」である。跡取り。血脈。

さて、この一家はどれだけの「名門」なのかな?ひじょうな名門であれば、「総司」の権威は、同様にひじょうなものになるだろう。そうでなければ、つまらぬ話だ。お役所の瑣末な手続きのように。

ここで台詞がはいります。

「盆のあがりがまた減ったぞ。全くとんだものを拾ってしまった」と。

これはおそらく総司の台詞でしょう。任侠ものの、においがぷんぷんしてくる。いわゆる博徒。「盆」。「あがり(収益)」。

いったい「あがり」はどこからやってくるのかな?賭け事の「客」たちから取っているのやら、将棋の対戦相手から直にぶんどっているのやら。

どうも、総司は十兵衛の行動のおこした結果が気に食わぬよう。つづく描写、これがまたむずかしい。時代小説を読みこんでいなければわからないような記述がつづいている。

感想―どのように取り組めばいいのやら、僕にはわからない。しかし、話の筋はいたって真っ当だ。文章が下手とか、説明が不足しているとか、そういうことではない。

ふたたび、台詞がはいる。

「「結果が解り切っているのだ、勝つ方に乗るに決まっている。全くとんだものを拾ってしまった」」

「とんだもの」これは十兵衛のことだろうか?十兵衛はめちゃくちゃに将棋がつよいのか?それこそ、勝負が成り立たないほどに。

一昔前でいうとディープインパクト(馬名)のようなものか?オッズは、1.0にきわめて近い数字。JRA(日本中央競馬会)の儲けはすくない。なぜなら、みんな鉄板に賭けて、損するやつがすくないからだ。

これ、本当にむずかしいですね。

なにがニートノベルだと。日記だらけの文芸新都よりはるかに文芸している。

作者の文章は非常に抑制されている。古典的な芝居の調子のように。

総司は周囲から「若」と呼ばれている。総司は「あがりが少なくなった」ことに不満たらたらだ。

しかし、ここで出てくる苗字。(おそらく一家の苗字だろう)「筒井」。この名前に傷がついては困る、と周囲はかんがえている。そこで、あがりを増やしたい総司の思惑と、周囲の思惑が不協和音をおこしている。

それをみて、娘の香子が提案する。その言い方が独特だ。「オトウサマ」。片仮名でこうきた。なぜ急に片仮名になるのか?

ふるーい何かを感じる。例えば、太宰治の「斜陽」だ。あの小説では、「気品」のようなものをえらく細かく描写していた。スープを飲むときに、スプーンをカチカチさせない。そんな瑣末なことに注目しては女学生風の文体で賞賛がえがかれるのだ。

やはり。作品の本文を読むと「
わざとらしいお嬢様言葉」ときた。

どうやら十兵衛は将棋がつよすぎる。一家に認められているのに、同時に目の上のたんこぶでもあるようだ。その辺の設定が複雑で、わかりかねる。

香子の提案はこうだ。十兵衛より強いやつをつれてきて、そいつに全財産を賭ければいい。そうすりゃ十兵衛は負けて、筒井という一家にはたっぷり金がはいってくる。

いやいや。十兵衛の勝ちが基本的に鉄板なら、十兵衛に全財産を賭ければいいことだろう?この小生意気なふんいきの娘はなにを言っているのか?

たぶん、僕にはわからない事情があるんでしょう。

筒井という一家の若である総司は、どうも単純なやつみたい。娘にも良いようにあつかわれてる。娘の香子のほうが一枚上手って感じだ。

しかし、これはあくまで創作ですから。作者の脳内に存在する総司は単純なやつのようですよ。

そして新人物。「お富」これまた古風な名前。お富は言う。「ちょいと香子、あんた総司親分に何言ったのさ」

舞台は家。香子とお富のやり取りはとても細かい。僕がさっき「単純」と評した総司の性格も、意外に、微妙につくりこまれている。

最初に時代小説、と感じられたこの作品、さらに進んで落語のようでもある。

引用。「お富の歯に布着せぬ物言いに思わず吹き出しながら、」

これだけで、お富の性格は表現されるし、それに対して吹き出した香子の性格も表現される。

いやあ、よく出来ている。そして退屈だ。なんというか、ムラがなさすぎる。アラがなさすぎる。

むろん、僕は良いところを発見すべきだろう。しかし・・・現代においてこのような小説を読む人種というのは、いったいいかなるものか?

香子ははすっぱな女だ。気が強い。そして、十兵衛を信頼している。父親をかるくみている。

十兵衛の負けが筒井の一家にとって得になるのなら、筒井の一家の娘である香子は十兵衛の負けをのぞむはず。なのに、そんなことは全然ない。

香子は十兵衛に惚れているのか?

さあ、それはわからない。

香子は、十兵衛の負けはないと確信している。「それほどに、これまでの盆で見た十兵衛は神がかっていた。
」ではなぜ、父親に全財産を失うように仕向けるのか。この辺り、一筋縄じゃいかない何かがある。

十兵衛の尋常ではない強さが描写される。あらゆる強敵をなぎたおし、あまりにも勝ち過ぎるのでハンディキャップをつけ、それでも勝ち、勝ち、絶対に負けない。

ここで気になる文章に出会う。

「十兵衛は一つの将棋として負けなかった。」

どういうことかな。完成された形。十兵衛の将棋という流儀。どういう手をさすとか、どういう局面になるとかではなくて、十兵衛という将棋のかたまりがある。そんな意味だろうか。

香子は「将棋の神様が憑いている」とまで言う。ここまで、十兵衛は直接は登場してこない。あくまで、周囲の人々が十兵衛の強さを云々しているだけだ。

また新しい人物が登場する「祖父」。香子の祖父だろう。つまり、総司の父親であるはずだ。

祖父と十兵衛は仲が良い。なんていうか、二人のあいだにはゆったりとした空気がながれている。十兵衛の初めての発言。「本当に有難いことです。この家の方は、皆親切です」。将棋の馬鹿強い、才気走ったイメージとはちがって、謙虚なふんいきだ。


祖父は言う。「香子を貰え」その発言を聞いて、十兵衛は困ったような反応をみせ、香子は頬を赤らめる。

やはり、十兵衛と香子のあいだには恋情がありそうだ。得に、香子は十兵衛のことを未来の旦那として夢想している。そして、比較的に小物として描かれていた父親の総司とくらべて、「祖父」は好意的に描かれているように感じる。

あれよあれよという間に十兵衛と香子の仲が進展する。

しかし、この筒井という一家はなにものなのだろう。やくざなのか。由緒正しい別物なのか。

香子は尋常の女ではない。

「まだ女学校にも上がる前の身ではあるが筒井の女である。口にした事はたとえ何であっても責任を取るという覚悟は備わっている。」

とまで書かれているのだ。

たんなる、安っぽい恋情ではない。

それにしても、香子は、将棋の神に憑かれたような、鬼神のような強さをもつ十兵衛にひかれているのだろうか。それとも、祖父とくつろぎ、はにかむ、慇懃な青年の十兵衛にひかれているのだろうか。

それはわからない。

場面が変わって餅つきのシーンになる。現実、現在は正月が終わったばかり。物語も正月。これは意図的なのかどうか、シンクロしている。

引用。「ふと香子は十兵衛の表情を見た。月明りに照らされた、穏やかな、普通の男の顔である。」

やはり、十兵衛は、ふだんはいたって普通の青年のようだ。

年越しにかんする詳細な描写。作者はだいぶ博識のようだ。十分な年輪を感じさせる。作者はけっこうな高齢者なのではないか?そうも思わせる。

他の作品とはにおいがちがう。

引用。「――お客様については前年もお越し頂いた貴族院の酒井子爵と梅田財閥本店の岡原局長、そしてお二人にご紹介頂いた日日新聞社の澤山社長は私が直接対応する。その他の旦那様方は皆に任せるので抜かりのないように頼む」
 

というのは総司の発言。

「貴族院」「子爵」「財閥」「社長」なんというか、そうそうたる面々だ。やはり、やくざ者にしても、かたぎにしても、筒井の一家は相当に権勢のある一家らしい。

時代考証がまた謎だ。古い、ということはわかるが、どれだけ古いのかはわからない。

そしてお富。彼女は使用人筆頭のような存在に思える。あるいは、総司の妻、ということもあるかもしれない。しかし、お富と香子の最初のやり取りを見る限り、二人が母娘であるとは考えづらい・・・。

筒井の一家が身分の高い客を招待するのは見返りを求めてのことだ。引用。「新聞社を食わせても見返りがあるようには思えない。」そんな風にも書かれている。

ここで聞きなれない言葉が出てくる。「タニマチ」。これは、調べてみると、相撲界の隠語で、「ひいきにしてくれる客」、という意味らしい。

そんな言葉が会話のなかにさらっと出てくるのだ。作者の見識はどうなっているのだろう?

会話の内容を要約すると、十兵衛の命を狙っているものが客のなかにまぎれこんでいる、という話。

香子は当然おどろく。あせる。しかし、十兵衛は動じない。最初から最後まで、丁寧語の、淡白な気質の青年のままだ。

十兵衛と総司はウマが合っていない。十兵衛は総司に「売られた」。危険な客が混じっているということは、そういうことだ、と香子は判断している。

ここ。精妙な心理描写だ。

自分の命を狙うものの来訪―それを聞いても十兵衛は微笑んでいる。香子は(父親に)いきどおっている。そして、今まで淡白な性質の青年にすぎなかった十兵衛の瞳のなかに、香子は見出す。勝負師としての命がけの炎を。

やっと、ものすごい前評判の十兵衛の非凡なところが描かれました。生命なんたるものぞ。真剣勝負、それにとりつかれているんだと。

さきほど僕が、「尋常ではない」と表現した香子の口が、さらにかさねて表現する。「尋常ではない。」と。

香子は十兵衛の覚悟に気圧され、意地(冒頭から、彼女はなかなかにしたたかな女だった。)はふきとばされる。そして、よりいっそう十兵衛に惚れるのだが、この辺の描写がなかなかにこっている。

彼女の惚れ気は、段階的にはこうなるだろうか。

①いつぞや見た少女雑誌に教わるようなもの。頬を赤らめるもの。

②こめた覚悟が本物であるから、告白をしながらも、不思議と頬が赤らむことはないもの。

③自分のもっていたものが吹き飛ばされ、(無防備になり)より深く、冷静に惚れていると気付くもの。

この辺に、作者の美学を感じる。べたべたした、だらしない恋情など、ご免こうむるといったふうに。

そして、十兵衛の性格造形も安直なものではない。最初から才気走った異様な性格にしていたら、もっとわかりやすかったでしょう。

なんというか、まわりくどいようには思います。現代を生きる身としては。情熱や恋情は、あくまで義理や建前や立場という抑制のなかで燃えあがっている。

しかしまあ、不思議と、ロミオとジュリエットを思い起こさせるようにも思う。あれはもっとむき出しのはずなんですがね。

香子の心情。「この男にならば殺されても悔いはないと思う。」ボルテージ、高まっちゃってます。

「お嬢とこうしてお話出来るのも、今晩がきっと最後になるでしょう。ですから、本当に、今日までありがとうございました」と十兵衛が言う。最後まで体面の静けさは崩さない。

逆に、香子のほうがたじってる。こういうの、好きなひとにはたまらない世界なのでしょうね。「THE美学」といった感じです。しかし、将棋の話、思った以上に出てこないな。王将のおの字も出てこない。餃子のぎょの字も出てこない。

ありゃりゃ、やっぱり、父親の総司は完全な小物あつかいですよ。しかも悪役です。つめよる香子に、てきとうなおべんちゃらを言っている。ふにゃふにゃしてるし、底意地が悪い。十兵衛のいさぎよさとは対極的ですね。

あえて、そう(対比)してるんでしょう。

一方、祖父のほうはわりと高く評価されています。香子が、祖父と父をてんびんにかけて、こいつ(総司)は節穴だなと考える。

生命を賭してでも勝負をする十兵衛。それに比べて、しまりのない微笑みを浮かべる総司。なんも賭ける覚悟がないって感じです。賭け事の話なのに。

そんな情けない父親に対して、香子は思う。

「総司という男は人をまとめるのでなく、例えば一般的なインテリの家に生まれていたのなら、もしかしたら優しい父だったのかも知れない」

この一文がはさまれているかいないかで、かなり違いますね。香子の心情の複雑さがまします。

そして、香子は総司をすっぱり切る。

香子の冷め切った態度をみて、ふやけていた総司は今度は怒りはじめる。小物です。キング・オブ・小物です。しかし、怒鳴るところまではいかない。その様子にかんしては、こう説明されています。


「しかし総司は怒鳴れなかった、怒れなかった。それこそが彼の本質であり、筒井の家に合わない根源でもあった。」

なぜ
怒鳴れないことが筒井の一家に合わないということになるのでしょう。祖父は筒井をたばねるに相応しい人間だった(らしい)。そして、香子はその血を色濃くうけついでいるという。

彼の本質。根源。漫画「アカギ」風にいうと、「自分の怒りにすら本気になれないタイプ」ということなのかな?

作者の総司をおとしめる筆はまだとまらない。「最後は吐き捨てるように、まるで拗ねた子供のように。」

そして、香子は部屋をあとにし、廊下を歩きながら目に涙を浮かべます。

父親にたいする失望よりも、十兵衛の身をあんじてのことでしょうか。最初から、香子は父親に期待をしていないように思います。



『作品感想』



最初はまったく話にはいっていけなかった。どうしようかと思った。しかしまあなんつってもこれ「二」ですから。「一」ありきの話。

だんだん見えてくるものもあった。

ていねいですね、人物描写が。

まだ「勝負」すらやっていないというのに。

これ、「勝負」の場面はどんな風に書かれるんだろう?

それは、新都社の、ニートノベルの、『名人』のつづきを読める幸運な読者の方々に与えられるもの。

きれいな青年の十兵衛の、ドロドロした部分も見てみたいですね。きっと、この作者ならそこまで考えて用意しているはず。たぶん。

香子は良い女と言っていいのでしょうか。年齢的にはだいぶ若いようです。少女といっていいのかな?
彼女の性格描写は・・・すこし複雑で、物語としてはむずかしいラインかもしれません。

読者に届くか、届かないか、という意味で。

しかし、どういう環境で育ったらこういう作品が書けるのでしょうかね。そして、需要はあるのでしょうか。

しっかりと作られた作品であるだけに、そこは心配です。たぶん、目端のきく読者には通じるでしょう・・・。

細やかなつくりこみもなかなかのもの。断片を垣間みただけの僕には、時代設定もなにもわからなかったけど。

いやあ、見事なもんだ。

美事。

おてなみ、なんちゃら。さしていただきました。


sage