Neetel Inside 文芸新都
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10 まるでダメな文学部




文化祭は概ね成功したと言える。
文学部が作った部誌は100ページを越えた。
OBをはじめ、訪れた人の何人かが買っていってくれた。
自分の作品がはじめて、第三者の目に触れる事が楽しみで仕方なかった。


自信はあった。
私の作品はSF作品。
とある事情で記憶を無くした戦闘部隊の恋人同士が別々の組織に雇われ、
恋人とは知らずにターゲットと殺し合うという話である。
最初の頃の星新一に似せたショートショートや推理モノと比較すれば、
ずいぶんラノベに染まったと言えるだろう。

とはいえ、外部から感想が届く事はまずない。
連絡手段がないし、わざわざ文学部の部誌の感想を言いに
学校に手紙や電話をしてくる人なんてレアケースだろう。

とはいえ、はじめて知らない人の目に触れる事になった
自分の力作だ。感想を聞かせて欲しかった。
それは文学部の他の面々も同じだったのだろう。


「文学部で集まって、作品の批評会をするというのはどうだろう」

先輩の誰かが言った。
3年生の先輩は、文化祭をもって引退する事が決まっていた。
2年のヒロ先輩が部長になり、新しい文学部の活動が始まった。


その提案に、特に反対意見は出なかった。
文化祭から1週間後の放課後、私達は互いの作品を読み、批評する会を設けることとなった。








場所は物理室だった。
静謐な図書館で批評会をするわけにもいかない。
先輩はアニメ部、文学部、物理部を掛け持ちしているらしく、
この日は物理部の部室を借りる事になった。


順番に前から見ていく。
だいたいが誤字脱字の指摘で終わる。
批評会を提案したはいいものの、具体的に何を言えばいいのか、
この素人高校生達はわかっていなかったのである。

だから具体的に突っ込める場所として、誤字。
とにかく誤字誤字誤字と誤字の指摘ばかりが続く。
誤字でゲシュタルト崩壊しそうな勢いだ。


1つ上の先輩、仮にリョウと呼ぶことにする。
リョウ先輩は変な人だった。
出会えばとにかく空手の型の練習をしていた。
空手の道場に行っているらしいのだが、別に学校でやる必要もないだろう。
アニメ部とはやはり、学校の中でも異端の存在らしい。
オタクの集まった変な部活動といえば今風のラノベにありがちだが、
あいにくここは男子校だ。かわいい女の子なんて空想上の生き物でしかない。


リョウ先輩の作品は、私以上の長編だった。
私は彼の作品から読むことにした。
顔もしらない作家ではなく、自分と普段親交がある人間の長編である。
作者の実態を知っているというのはなんだか変な気持ちになる。
早速見ていこう。


主人公の部屋に転がり込んできた女の子。
最初は主人公も嫌がっていたが、彼女がやがて大切な存在になっていく。
だが、彼女の命はとある事情があって、夏が来る頃には死んでしまうのだ。
それをなんとかしようと奮闘する主人公。
実に王道ラブストーリーといった感じである。



なんだこれと思った。ありえねーだろ。
いやいや、いきなり突然女の子が1人暮らしの男の家に転がり込む!?
しかも下の名前呼び!? 頭おかしいのかこの女!
受け入れる主人公もどうかしてるぜまったく!
はぁ、ありえない面白くない。
感想のために一応ざっくり読んでおくか。

ん……? この子病気なのか? そういえばさっきのページで伏線があったな。
え、倒れたぞ? 死ぬってどういうこと!?
実は昔出会ってた? ああ、だからこの馴れ馴れしさ。

おい主人公!あきらめんながんばれよ!
シジミがトゥルルってがんばってんだよ!
いけるいけるいけるいける!
よし、ハッピーエンド!
セリフがくっさいけど、これだけの事をやったんだから許せるよ!
あーよかった、感動した。






と、そんな感じの感想を抱いた。
読み始めた頃と終わりでは、私の印象は180度変わっていた。
というような事を語るとリョウ先輩はとても喜んでいた。
気持ちはわかる。私も早く、自分の番になって誰かに褒めて欲しい。
期待ばかりが膨らんでいく。

とうとう自分の番になる。
誤字脱字の話が多かったが、内容になると褒められもする、だめ出しもされる
感想は可も無く不可も無くといったところだろう。
少なくとも、10ページにも満たなかったもう1人の1年生部員よりはマシな作品ができていると思った。
今思えば、この私の考え方はクズもいいところだ。
素人同士の作品の良し悪しを比べてどちらが優れている、劣っているなどとくだらない。
だが生の感想を聞いた私のテンションはあがっていた。

よく漫画家や小説家が、読者の声を聞くとモチベーションがあがると言っていたが、
まさしくその通りだった。
次はもっと褒められたい。認められたい。
すごいって言わせてやる。

自分の中でやる気が充ち満ちているのがわかった。
他の誰よりもすごい作品を書いてやる!


そんな私の些細な競争心が。
1年の終わりに、私の心に小さな爆弾を埋め込むことになるのだが、
私はこの時、まだそれを知らない。



       

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