Neetel Inside 文芸新都
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11 まるでダメな呪い





文学部のもう1人の1年生部員。名前を仮に仮にガワラとしよう。
戦場ヶ原、なんて苗字ではないので安心して欲しい。
彼はツンでもないし文房具も常備していない。
控えめでおとなしく、典型的な文学少年といった感じだった。
アニメやラノベなどまったく知らず、オタクでもない。

最後に会ったのは15年以上も前になるので、今では彼がどんな声だったのか、
どんな顔だったのかすら思い出す事もできない。

けど、事実として覚えている。
彼がそこにいたこと。
彼の作品に対し、私は優越感を抱いていたこと。
今、会えるのなら、私があの時彼にした数々の非礼を謝りたい。
そして、今の私の作品を見て欲しい。
だが、それはおそらおくもう叶わないだろう。


彼は1年生の終わりに、東北に引っ越していった。
それ以来、私は彼には2度と会っていないし連絡も取っていない。




少々悲しく、寂しく、そしてイヤな話になる。
見たくない人はブラウザバックして欲しい。









批評会というものが文学部の中で開かれるようになり、
私はメキメキと力を付けはじめていた。
もっと褒めてもらいたい、すごいと言わせたい。
そう言われたくて、私は必死に作品を書くことに没頭した。

成績はみるみる落ちていき、下から数える方が速くなっていた。
赤点が増え、教師からこのままではまずいと言われた。
落ちこぼれのレッテルを貼られた。

だが構わなかった。
月一での部誌の発行、そして批評会が私にとっての、高校生活の全てだった。

物語の書き方を勉強することは、後々漫画の道に進むのに必ず役立つと
信じていたためでもある。
もっとも、この時は絵の練習なんてそっちのけで文を書くことに没頭していたので、
本末転倒もいいところであるのだが。


私が力を身につけ、先輩達にも褒められる事が多くなる一方、
もう1人の1年生部員、ガワラは代わり映えのしない、
はっきり言えば特に面白くも無い作品シリーズを毎月10ページほど、
出し続けていた。

私は、彼を見下していた。
最初は同程度の技量だったが、文化祭が終わり、冬休みに入る頃には
歴然とした力の差ができていた。
彼の文章の荒さが目立つようになり、批評会では酷評する事も多くなった。

「ここは、もっと丁寧に描写しないと。
 同じように淡々と書くだけじゃ盛り上げが足りないよ」

「要らない部分を書きすぎてる。この文章はまるまるカットできるでしょ」



……思い出して、自己嫌悪。
タイムマシーンがあれば当時の自分をぶん殴りに行きたい。

ここは進学校で、本業は学業で、文学部の活動など、
日頃のストレスのはけ口でしかない。
そんなものにのめり込んで成績を落とす私の方こそ、
本来は見下されるべき存在だというのに。


「きみの作品はすごいね」
「ここの話、すごくいい。夢中になって読んだ」


彼の口から出てくるのは、そんな私の作品に対する賞賛ばかりだった。
私はますます天狗になった。
先輩の作品に対しても容赦なく突っ込んでいった。
そうやって他人の作品を下だと評価することで、
相対的に自分の作品の価値をあげようとしていたのかもしれない。

特に1年生のガワラの作品はおせじにも良作とは言い難い。
荒削りで、どこかで見たようなストーリー。
ツッコミどころも多い。
そして私は、鬼の首をとったかのように彼の作品を叩いた。
叩いて叩いて叩いた。
そうする事で優越感を感じていたかったのだ。

けれど彼は、決して。
どんなに自分の作品を叩かれても。
私や、他の人の作品を叩こうとはせず、賞賛ばかりしていた。

「ボクにはこんな文章書けないよ」

当たり前だ。
私がこのレベルの文章を書くために毎月どのぐらい本を読んでると思ってるんだ。
気に入った表現はメモして、わからない言葉は意味を調べて、
美しい文章は模写する。
そうやって努力をしてるんだ。



お前なんかと一緒にするな。




「だからね、次の次の文学部の部長はきみがいいと思う。
実力的に見ればそれがいいのは誰の目にも明かだよ」



部長か。
正直めんどくさい。
私は作品を書くことに専念したいんだ。
イベントを企画したり、部誌の発行で指揮を執ったり、
そういうのはガワラに任せたいんだけど?



「ごめん、それは無理だよ。
ボクは口べただし、あんまり人に強く言えないし。
部長には向いてないよ」




心配しなくても、私も手伝うし、
部誌の発行なんて誰が指揮執っても一緒だよ。
大丈夫、できるって。がんばえー


「それにボク、2年になったら転校するから」


そっか。転校するのか。
それで、次はもっと良い作品を書いてくれるんだろ?
よかったら締め切り前にアドバイスしようか?


「親の都合で、2年になったら転校するんだ」


……ん?
てんこう、テンコウ、転校……
次の作品のタイトル?



「……転校するんだ」



転校。
そうか。

…………

――こいつ、転校するのか。
じゃあもういいか。



……正直に白状しよう。
番外編で告白した罪など、今から言う事の業の深さに比べれば些細だ。
落とし穴と奈落ぐらいの差がある。少なくとも私に取って。

私は、彼に転校すると言われたその時、自分の心の中に潜むゆがみに気づいた。




「そっか。じゃあもう君の文章読む必要ないんだね」




私は彼に、こんな言葉を投げかけた。
ひどいやつだと思う。でもそんな言葉が出た。
彼を嫌いだったわけじゃない。自分をリスペクトしてくれるし、
部の中ではたった1人の同級生として一緒に頑張ってきた仲だ。

だが好きかと言われるとそれも違う。



ああ、そうか…………


この時、私は気づいた。
自分自身が取り返しのつかない事になっている事に。
















私は、他人に対して好きとか嫌いとかの感情が一切持てなくなってしまっている事に、
この時気づいたのだ。















自己分析するが、これは間違いなく、あの家族の確執が原因とも言える。
母親が裏切った事がじゃない。
父親の素面を知ったことでもない。





私の家庭は、あの日。
母親の浮気相手が訪ねてくるまで、

どこにでもある普通の家庭で、
そしてとても幸せだったのだ。


クレヨンしんちゃんの野原一家のような
深い深い絆で結ばれていると信じていた。





15年間だ。
それがなんだ?
その絆が、たった1人の知らないおっさんの言葉でいきなり壊れたんだぞ?。
違う、壊れていた事に気づかされたんだ。


絆なんてなかった。
愛し合う家族なんていなかった。
あれほど自分を大切に思っていると信じていた母親にさえ、1度は捨てられた。
何年かけようが人間の絆なんて一瞬で壊れてしまうんだ。

この家庭が最初から壊れていたのなら、
私の失望もここまで深くはなかったのかもしれない。
だが母は父の悪口を子供の前では言わないと決めていたし、
父も子供と遊ぶときは普通の父親だった。

表面の上では完璧に幸福な家族だった。
だがそれは、ちょっと突いただけで簡単に壊れてしまうような
砂上の上の均衡に過ぎないのだと、私は身を以て知った。
老木の中身がすかすかのようにだ。
老木の幹がいびつにグニャグニャになるように、
私の家は、見た目の完璧さとは裏腹にすかすかのまま、
15年もの間、歪にはぐくまれてきたのだ。


その経験から、私の魂が学習した。
感情なんて、形のないものに拘っていけない。
自分の事が大好きだと言ってくれた人間だって、
数秒後には嫌いになっているかもしれないのだと。


そして自分も。
自分が好意を寄せている人間の事も、
自分は次の瞬間には嫌いになっているかもしれないのだ。
父が、あれほど愛していた母に一瞬で愛想が尽きたように。




愛してるなんて、次の瞬間にはゴミに変わりうる。
移ろいやすいものを信じてまた傷つくのはごめんだ。
……やめよう。
言葉に期待するのは。
感情に期待するのは。

そうやって、私は痛い目を見たじゃないか。



人間の感情なんて、ゴミ以下だ。
それがあの時、家族が私に残した呪いであり、教訓だ。







だから、ガワラが転校すると知って、
私はガワラに対する興味がなくなってしまった。
抱いていた優越感も、彼に対する親しみも何もかもが、
彼が転校する、その1点だけですべて消え失せた。



もうすぐ赤の他人になる。
だったら仲良くする必要なんてないだろう。

それが私が出した結論だった。




「そうだったんだ……」



ガワラがそう言った。
何に納得したのかは聞かなかった。
興味がなかったからだ。

ガワラとはその後、転校するまで表向きは仲良く今まで通りに接したが、
厚い壁があるのを私ははっきり感じていた。



ガワラから引っ越した後の連絡先は聞いていない。
聞く必要もなかった。
私は、彼に対するあらゆる興味を失っていたからだ。



その時に行った非礼の数々は、
おそらく彼を傷つけてしまったことだけは後になって理解した。
その点に関しては謝りたいと思う。


そして、これは比喩でもなんでもない、
私は1秒前まで喧嘩していた相手とでも平然と喋る事ができるし、
昨日恋人だった相手にも簡単に失望することができる。
今でもそう信じている。




まるでだめなおっさんは、
この呪いで多くの人をこれから巻き込み、
自分自身も不幸にしていくのである。

       

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Neetsha