Neetel Inside 文芸新都
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13 忘れもしないあの夏2



その日、夏期講習から家に帰ってくると祖母が怖い顔をしていた。
……なにかとんでもないことをやらかしてしまったのではないかと、
私は内心ひどく怯えた。

祖母のそんな顔を見たことがなかったもので、
玄関先で靴を脱ぐことも忘れて、
おそるおそる声をかけた。

「ど、どうしたの?」



祖母は無言だった。
無言で近づいてきて、私の肩に手を置いてぎゅっと握った。





間近で祖母の顔を見てようやく気づいた。
祖母は怒っていたのではない。
怯えていたのだ。

唇を噛み、顔は青ざめ、
カチカチと噛み合わない歯をどうにか落ち着かせ、
私に何かを告げようとしているのだと。


実際はそんなに経っていないのだろうけど、
私はこの状態で30分ほど待った感覚があった。


「落ち着いて聞いてね。
お前の弟が、殺されかけた」




???????

言われてることの意味が理解できなかった。
だが祖母の状態から、とにかく冗談ではない事だけは理解した私は、
落ち着かせるように祖母の肩を無言で叩いて、
祖母がしゃべれるようになるのを待った。

そして、祖母から聞いた話はこういう事だった。




初代まだおを覚えているだろうか。
母と浮気をして、母と結婚する約束をして自分の家族を捨てたものの、
その後あっさり乗り換えられたダメ男である。

事件のあらましはこうだ。
夕食を共にするため、母は弟を家まで迎えに来たらしい。
弟が先に車に乗り、母を待っているところに、
初代まだおの車が面から突っ込んで来たらしい。
弟は意識を失い病院に担ぎ込まれた。

不幸中の幸い、命に別状はなかった。
ただ頭部からの出血を考慮し、
精密検査で2、3日入院することになった。
母の車は止まっていた事が幸いだったらしい。
だが、一歩間違えれば弟は死んでいた。




息子が死ねば、母とまた一緒になれると思った。

初代まだおは母にそう言ったらしい。
初代まだおは母を連れ去ろうとしたが、
近所の人達が集まって騒ぎに成り、
その場から逃走したのだそうだ。









「……………………ふざけるなよ」






視界が真っ赤になった。
あまりの怒りで、前が見えなくなった。


ここまで激昂したことは今までに無かった。






母が音信不通で消息を絶ち、いつの間にか家に戻ってきていたあの日。
母を罵倒したあの日でさえもっと冷静だった。
少なくとも、どうやって母を傷つけようかと考えるだけの
冷静さはあったのだ。


だがその時は違った。
冷静さなんて欠片もない。
怒りのあまり、言葉を発することもできなかった。


たしかに、母が初代まだおにした事を仕打ちを思えば、
無理心中しようとしたことは百歩譲って理解できなくもない。
人が人を殺す理由としては十分だろう。


けどな……けどな。


「弟は、関係ねーだろうがっっっっ!!!!」



正面衝突だったら、見えてただろう?
助手席に乗った弟の顔が。

ぶつかる直前、弟はどんな顔をしていた?
恐怖に怯えていた? 状況が理解できず呆然としていた?


フロントガラスに頭を打って、流血した弟を見た時、
お前は何を思ったんだ?



お前、言ったな?
息子がいなくなればと。
弟を殺すつもりだったとはっきり口にしたな?



言葉にならない様々な思いが頭の中を駆け巡った。
その頃の弟は、私にとって世界で1番大切な存在だった。
他人に対し感情や期待を抱けなくなってしまった私にとって、
弟や父との絆はずっと昔から持ち合わせていた大切なものだ。
今だって、自分の命よりははるかに大切だ。

だらしない親のせいで崩壊しかけた家庭の中で生きてきた、
たった1人の血を分けた兄弟だ。
小さい頃、自分の後を泣きながらついてきたあいつの姿を
今も忘れてない。



……それを殺そうとした。



…………だったら、仕方ないよな。





「俺がお前を殺しても、お前は許してくれるよな?」





それが祖母の話を聞いてから、ようやく言語化できた
私の最初の言葉だったのを、今でも覚えている。



私はこの日はじめて、
人を殺したいと、心の底から思い、
初代まだおを見つけ出して殺すことを本気で決意したのである。

       

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