人ならざるものたち




 奇妙な酒場だった。
 普通のバーなら、カウンターテーブルと、その向こう側にバーテンダーがグラスを磨き、背後の棚に色鮮やかなボトルが誇らしげに並んでいたりするものだが、このバーのカウンターの先には、またべつの客席があるだけだった。ちょうど部屋を二分割するように、カウンターが中央を占めていて、その両側に二脚ずつの椅子。あとは、団体向けのボックス席がいくつかと、小ぶりなピアノ、壁に飾られた極彩色の抽象画などがあるばかり。肝心の酒はといえば、なんとカウンターの下にバスケット詰めで押し込まれている。そんなものはおまけだと言わんばかりであり、さぞやこの酒場で働くバーテンはやる気がしないだろう。誰もカクテルなど望まず、もっと刺激的なものを欲している。勝手にやってくれ、とさじを投げて気怠げにシェイカーを振るのが心の折り合いの付け所かもしれない。
 だが、今、片側のカウンターに立ってシェイカーを振っているバーテンは、慣れない手つきながらも一生懸命だ。手首を返し、重力を感じながら、鳥が餌を啄むように酒を混ぜている。夜を貫く陽光のような金色の髪を巻きながら持ち上げて、ひっつめにしているその姿は、もう少女と言うには大人びているかもしれない。魂持たぬ人形に変化を感じるとすれば、それは彼女の成長を認めている誰かがここにいるのだろう。女は見られれば美しくなるというが、理解されれば強くもなる。
 エンプティは、完成したカクテルをそっと斜め前、対面に座る真嶋慶の憂鬱そうな視線の前に差し出した。

「どうぞ、慶様。わたしからの気持ちです」
「すまん、コーヒー、ブラックで」
「は?」

 などと言っている間に、酒場の反対側から大扉を抜けて、銀色の礼装をした少女と、もうひとり、やはりエンプティと同じバーテンダー姿の温和そうな男がやって来た。処刑官・リザイングルナと船医・ヴェムコットである。慶がちら、と見たことに気づいたかどうか、リザナは慶の斜め対面の座席に銀の髪飾りを鳴らしながら腰かけた。これから処刑する対戦相手など眼中にない、とばかりの凍てついた瞳をしていた。それをまるで謝罪するかのような眼差しで慶を見てから、ヴェムコットがスイング戸を越えてリザナのやはり斜め前に立った。髪をかきあげて整え、額に幾筋かの髪がほつれているそのさまは、なかなかバーテンダーとして板についている。これが最初ではないのかもしれない。

「あんたが真嶋慶か」とヴェムコットが聞いた。
「再起不能と聞いていたが、復調したらしいな」
「それはどうだかわからない。これから確かめるところだから」と慶はちびちびとカクテルを飲まされている。
「あんたは?」
「俺はここの船医だ。彼女の、リザイングルナの付き人だな。そこのエンプティと同じように」
「へぇ、死人が風邪引くのか?」
「魂のな。おまえも引いたろ。牙を抜かれて」
「ああ、欲しがってるやつがいたからあげたんだ。それより――」と慶は、連れてこられた商品のようにおとなしくしているリザナを一瞥した。
「船医が来るっていうことは、あれか。電気椅子か。やっぱり、相当痛いとか?」
「あれが痛みなら、つらいと言えるだろうな。耐え難い苦痛だろう」
「ひどいな、そんなの女にやらせるなんて――」
「そう思うなら、おまえが全部喰らってやれよ」

 ヴェムコットは皮肉げに言った。慶も獰猛な微笑を浮かべた。だが、敵意や憎悪は感じない。あれほどこの男を渦巻いていた鬼気が消えている。誰が持っていったのか、どこで捨ててきたのか。それとも――隠れているだけか。

「撃たせていいと思える相手になら、構わないぜ」
「私はその相手ではない、と?」

 リザナが言った。嘲笑を浮かべると、それまでの怜悧さが消え、淫らに見える。

「では、質問します。どんな敵になら、あなたは撃たれてもいいと思えるのですか?」
「そうだな、たとえば、この船を降りるにふさわしいやつ、とか」
「――負けるなら、それは自分自身に対してだけだ、とでも?」
「どうとでも好きに取れ。俺はこの船を降りるために来た。おまえを止めて、俺はいく」
「ご自由に」

 リザナはそれきり沈黙し、会話を続ける気がないようだった。肩をすくめて、ヴェムコットが全員に首を巡らせる。

「――さて、挨拶はそれくらいでいいかな。リザイングルナ、真嶋慶。もしよければ、俺から改めてゲームの説明をさせて欲しいが」

 ヴェムコットは、ボディポーカーと電気椅子(ブリッツシート)の二段構造について再び概略をそれぞれに語った後、質問を待った。慶が手を挙げる。

「最初のカードは、持ち点はいくつなんだ」
「一人10万点。場に20万点」
「一度に賭けられるリミットは?」
「2万点までだ。だから、最短で5戦でボディポーカーは終わる可能性がある」

 ヴェムコットはどこからともなく、チップケースをリザナの前に置いた。エンプティもまた、慶の前に青いチップの詰まった箱を押し出す。

「これがこのゲームで使う貨幣、電貨(ブリッツ)。一枚1000点だ。一箱に百枚。それを君らには取り合ってもらう」
「どちらかが倒れるまで」とリザナが呟く。ヴェムコットが頷く。
「ほかに質問は?」

 慶が続けて聞く。

「これは、電気椅子が終わった時に余ってたら持ち越せたりしないのか?」
「しない。電気椅子では直前のポーカーで稼いだ電貨をすべて使ってもらう。持ち越しはなし。隠して持っていこうとしてもダメだ。ポーカーが終わり次第、マガジンに装電するために電貨はすべてディーラーが預かる。つまり、俺とエンプティが」
「ま、そうだろうな」慶はエンプを見、
「なあエンプ、ずるして俺に味方してくれよ」
「それができたらわたし、人間ですよ」
「だよな」

 慶はヴェムコットに視線を戻した。

「あとは……」
「私からも、いいですか、ヴェムコット」
「ああ、どうぞ。リザナ」
「追加ドローの為のカード破棄について聞かせてください」

 リザナは、言葉を舌の上で溶かすように間を置いてから、

「手札が五枚配られた後、先攻から順に最初の賭け金を決め、カードチェンジ後、賭け金の上乗せをするか、そのままにするかを決める。これが基本的な流れ。それは理解しました。ですが……たとえば、ショウダウンの時、先攻が手札を開けて、それが後攻の手札より強いハンドだった場合。その場で後攻が手札を全て破り捨てたりしたら、それはドローカウントにされるんですか?」
「ならないよ。安心してくれ」ヴェムコットは微笑んだ。
「そんな無茶苦茶は通さない。自分の手札を開けて見た後は、カード破棄はカードチェンジ後のレイズ権までの間だけだ。ショウダウンまで来てしまったら、そこからは破棄できない。自分で破り捨てるのは構わないが、カウントは増えない」

 リザナは納得したように頷いた。

「リザナの質問に追加で答えると」なぜかそっぽを向いている慶の方を見ながら、
「手札を開けた後、手札から気に入らないカードを破り捨てた場合。それは構わないが、その後、カードチェンジは行えない。なぜなら、それを許せばドローカウントを増やしながらカードチェンジできるからだ」
「それは、破った一枚をチェンジで捨てる一枚にしようとしたってことだろ? 四枚まで減らして、その四枚の中からチェンジするなら、問題ないはずだ」
「ああ。まあ、その通り、だから正確に言うとカードチェンジで捨てようとしている札を破棄することはできない、というところかな」
「だろうな」
「……もしかして、やろうとしてたのか?」
「失礼な!」エンプティが斜向いに立つディーラーに対して怒りを露わにする。
「慶様がそんなケイソツでチンプな真似をするはずがありません! ねぇ慶様!」
「なんだろう、コケにされてる気がする」
「……まあ、とにかく、ズルはなしってことだ。神様が見てるんだ、正々堂々と勝負してくれ」
「どこにいるんだか知らないが、役立たずに用はない」慶は座り直し、


「じゃ、やろうか」