あなたは炎、切札は不燃
あいつがああだって言ってた こいつがこうだろうって言ってた
「後悔していると思いませんか?」
と、リザナはエンプティを見上げながら言った。真嶋慶から提案された休憩時間には、まだ何分か残っている。甲板へと続く廊下の途中で、活けられた花瓶が置かれたサイドテーブルと、何かの戦利品らしき骨董具が飾られたショーケースの間にしゃがんでいる処刑人が、家に帰りたがらない子供のようにエンプティには見えた。
「えっと……誰が、ですか?」
「もちろん、あの人が」
リザナは、両掌で掴んだマグカップから、エンプティが注いできたホットココアをついっと飲む。唇が触れたことによって生じた幾何学模様から何か読み取ろうとしているのか、真剣な眼差しをしていた。
「この二戦で、すでに彼は4万点を失いました。それも、なかば自分が仕掛けた裏技を返された形で。きっと、身を灼かれるような悔しさと焦りに襲われているんでしょうね」
「……そうですね、確かに、痛手ではあると思います」
エンプティは船窓から赤い光を放っている、海原の奥にある夕陽を見つめた。それは今も、沈みそうなのに消えてはいかない。
「でも、慶様なら、きっと何か逆転の手を考えると思います」
「今までずっと、そうだったから……ですか?」
「はい」
「……あなたは、それを見てきて、どう思ったんですか? エンプティ」
「え?」
「勝つためにすべてを犠牲にする。そんなバラストグールを見て、どう感じました?」
「……強い人だな、と思いました」
「そうですか」リザナは誰を殺そうか考えているような顔をしていた。
「私とは逆ですね」
「……逆」
「私には、弱い人に見えます。勝つために、我欲のために、自分以外のものをすべて犠牲にして哄笑する。他人を踏みにじることで自分の優位を確認して安堵する。……私には、そんな感情が存在することが赦せそうにないのです」
「違います」
エンプティは、一歩、リザナが挟まれている空間に近づき、しゃがみこんだ。
「慶様は、違います」
「同じです。なぜって彼はここにいる。五人の魂を蹂躙して、そして私の前に来た。違いますか? やったこと、実行したこと、結果がすべてです。それが賭博師であり、彼自身の本質です」
マグカップを揺らがせ、その水面を見つめながら、リザナは呟く。
「きっと忘れられないのでしょうね。私が倒してきたバラストグールの記憶の断片が、彼は邪悪だと教えてくれる。滅ぼさなければならないと。……この冷え切った胸が熱くなるほどに、叫んでくる……」
「リザナ様……」
「そんなに、大事なんでしょうか。自分が、生きている、ということが」
「…………」
「……すみません、あなたに言っても、仕方ありませんね」
「……あの人は、確かに、自分のために戦っているのかもしれません。そのために、多くのものを傷つけてきたかもしれません。でも」
エンプティは、空になったマグカップをリザイングルナから受け取った。
「それが、すべてじゃない」
「……それが、あなたの見てきたバラストグールですか」
「はい、わたしが仕えてきた、……真嶋慶、です」
リザナが立ち上がり、エンプティは身を退いた。そろそろ行きましょうか、と言い残して歩き始めるリザナの後を追う。が、不意に振り返り、リザナは微笑を浮かべてみせた。
「それでも……この点差の壁、どう崩そうと言うのです?」
だが、次戦、真嶋慶はそれをあっさりとやってのけた。