あなたは炎、切札は不燃
Raise Dead ①
この、手札には──
「一つ、欠けているものがあります。それを引けば、ヴェムコット、……それはこのゲームで一番強い役なのでしょう?」
リザナに問われて、ヴェムコットは糸で引かれたように弱く頷く。
「……ああ、そうだな、全部位奪還……それはたとえ頭部を十二枚集めた手札よりも、強い。どんな裏技でも、そのルールは壊せない」
「なら、引いてみせます」
「……確率は、六分の一だぞ。つまり、真嶋のスプリットは受けない、と?」
「いいえ。スプリットは受けて立ちます。その上で、追加ドローします」
「……リザナ。落ち着け。いつもの君らしくない。わかっているのか? ……君のドローカウントは、胸部と右腕しか、追加ドローできる位置にない。つまり」
まるで自分の心臓が撃たれたかのような苦悶を浮かべながら、ヴェムコットは言った。
「君は、もう、自分の切札を暴露したのと等しい……もう、二点しかないのだから。たとえこの場を勝つためだったとしても……これは……」
「愚策ですか? そうかもしれません。ですが、ヴェムコット、ここで4万点奪えば、彼はあと2万点しかない」
貴族が愚者を見るような目で、リザナは慶の手元に残された電貨の束を見た。
「あれは、総取りできる分量です」
「……待て、君は何を言ってるんだ? 全部位奪還を狙うなら、スプリットは……」
「だから、よこせと言っているんです」
もうヴェムコットを見てはいない。
磨き抜かれた鋼鉄の矢のような眼差しが、真嶋慶を射抜く。
慶がぼそりと呟いた。
「引いたら、スプリットも何も、関係ない。この場に積まれたブリッツ全てを手に入れる。……そういうことか?」
「はい」
リザナはエンプティの手を取った。「えっ? あっ」と目まぐるしく変化する場面に追いついていくだけで必死だったエンプティは、されるがままにリザナの山札の上に掌を置かれてしまう。
「今度は私から、聞きましょう。……受けますか、真嶋慶。私からの挑戦を」
「挑戦? ……そうか、挑戦なんだな。これは、おまえの」
一瞬、なぜかその言葉にリザナが怯んだように見えた。だが、すぐに氷点下の美貌を取り戻し、
「引けると思いますか?」と聞き直した。
慶は、しばらく沈黙していたが、やがてふっと笑った。
「引けないね」
それが承諾だった。リザナはエンプを見、エンプは「本当にいいのか」と聞きたそうな顔で慶を見たが、主は肩をすくめるだけだった。やむをえず、エンプティはカードを一枚、リザナに放った。この勝負で、最初の追加ドロー。それがまさか、全部位奪還狙いとは……
手元に送られた一枚を、リザナはそっと、開けてみせた。その絵札は、宝石のように輝いて映った。
胸部。
全部位奪還、
──────レイズ・デッド。
○
崩れたら、もう簡単には取り戻せない。
だから誰もがいつか壊れる平均台の上を、母よ神よと渡っていく。
それは真嶋慶でも、変わらない。
四戦目はあっという間に決着がついた。
すでに消化試合だったと言っていい。
慶は残った電貨を2万点まで積み上げるしかなく、そして手札を開けた。
慶は、右腕、右腕、左腕、左腕、頭部(2-2-1)。
リザナは、右脚、右脚、右脚、左脚、頭部(3-1-1)。
慶の、負けだった。
ヴェムコットは、自分の胸中を渦巻く感情の正体を掴めなかった。
安堵していいはずだったし、笑顔だって浮かべていいはずだった。
だが、結局は、自分の横顔を見上げてくるリザナの視線にも気づかず、すべてを失った真嶋慶の手元に向かって、絞り出すような言葉が出てきただけだった。
「ストレート負けしたやつを見たことはあるが……四戦で負けたのは、おまえが初めてだ」
慶は嘲るように笑った。
「期待はずれだったか?」
その言葉にさらに胸の内をかき乱されながら、ディーラーは背を向けた。
下階へと……蒸気船の最深部へと続く階段の錠を開け、その扉を開く。
電気椅子の時間だった。