――勝てない。
それはいい、わかっている。問題は、そこからどう切り崩すか、だ。
リザナはカードを繰る。盗まれた太陽に似た電球の下、海の欠片と同じ色をした電貨を卓に積み上げて、彼女は正解を探している。どう賭ければいいのか。何を捨てればいいのか。何を引き、どう振る舞えば、真嶋慶から電貨を奪えるのか。
それがこの連続し続ける勝負の中で、わからなかった。
「どうした?」
慶は頬杖を突いて、迷子の野良猫でも見つけたようにニヤニヤしている。心配するなら毛布の一枚でもくれればいい。
「俺の手は、これだけ。全部アタマだよ、簡単だろ? 勝てなきゃ降りればいい」
慶はそう言って、ひらひらと四枚のカードを扇にして顔を仰いだ。
それを信じるなら、頭部のフォーカード。
リザナは伏せた自分の手札を見ようとはしなかった。
もし、慶が正しいのであれば、勝てない。
だが、すでに卓上には双方一万点の電貨が積まれている。
このラウンド、慶はレイズしなかった。
あとは、リザナが上乗せするかどうか、もしくは降りるか。
――首狩り戦術。
そんなふざけたもの、ブッ壊してしまえばいいと最初はリザナも思った。常套戦術には常に奇策を潰せるだけの重みがある。理想は穢されるからこそ理想でしかないのだ。常に頭部だけを残し続けてプレッシャーをかける――そんな世迷言、そう長く続くはずがない。
続くはずがない、
のに。
それが愚策だとわかっているから――いつかは慶が頭部を引けない瞬間が来ると知っているから、リザナは賭金を落とさない。
恐喝には屈しない、その意思表示は、しかしゆっくりとリザナの首を濡らし始めている。あんなバカげたプレイングで、リザナは慶とこれまで五分五分の戦績しか残せていない。まるで左手だけの剣士に翻弄される、小さな短刀を必死に両手で握り締めるそんな自分の姿が脳裏に浮かぶ。その首が刎ねられる瞬間も。
それでも降りられない――
あの四枚が、もうすでに頭部ではない可能性が、焦げついた花弁のように心にこびりついて離れない。
もうすでに、慶は首狩りに失敗しているのではないか?
もしそうであれば――リザナは自分が引いた手札を思い浮かべる――むざむざと降ろせるような手役ではない。
トゲは、心臓まで刺さなければトゲじゃない。
だから、
「レイズ……一万」
リザナが押し出した電貨を見て、慶は「わお」と驚いてみせた。慌てたふうに自分の電貨も照明の下に押しやり、暗がりの中で二人のディーラーが息を潜めた。
「凄いな、初戦からまた最高額か。ずいぶん自信があるわけだ?」
「ええ」リザナは言葉少なに頷いた。
「あなたもでしょう」
「ああ、そうだよ」
慶は投げるように手札を開いた。
「どうして、勝てると思った?」
リザナの手は、
胸部のフォーカード
……だったから。
ディーラーのヴェムコットが、女に血を吸われた男のような顔色で、レーキ(チップを集めるT字型の道具)を動かし、ちょうど掌二杯から溢れるほどの電貨が慶側に集められた。慶はこれで、2万点、遊べる。
四つの首を宣言通りに狩った男は、吸えもしない煙草を口に含んで、火を点けた。
「誰もが思うんだ。自分は勝てる、って。あるとき突然、不思議なチカラが働いて、最後には運命が味方してくれる。何もかも、自分の思い通りになる。でもな、そんなの、誰にでも降ってくれる雨じゃない」
「……いいえ、降ります」
「へえ」
リザナは俯いて、銀髪で顔を隠すようにしながら、しかし視線だけはハッキリと慶に突きつけて言った。
「私もあなたも、斜向いに座っているだけです。何も違わないし、特別なことなんてない。あなたは偶然、欲しいカードを引けているだけ」
「だったらなんで、おまえが負けてんだ?」
「神様はいるかもしれない。悪魔だってうようよしてる。それでも、……絶対に負けない人なんて存在しない」
慶は静かに彼女の話を聴いている。他人の子供の演奏を聴く父親のように。
「誰もが最後は滅びます。その約束の中で生きている。それを捻じ曲げようとするあなたは、間違ってる」
次のカードが配られる。リザナはそれを手で撫ぜた。
決意のように。
「あなたを、止めます。この私が」
「……頑固だねぇ」苦笑し、
慶はやはり、次の手札も、見もせずに破り捨てた。
ドローカウントが、増える。