Neetel Inside ニートノベル
表紙

あなたは炎、切札は不燃
フィブリオ

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 フィブリオが、何かを感じて中空を見つ始めた。眉根を寄せて、かすむ視界を凝らすように。だがすぐに表情を崩し、手元の酒杯の残りを干した。

「終わったよ」
「そうか」
「今、リザナの気配が消えた。もう、ここにはいない」
「じゃあ、真嶋が勝ったんだな」
「いや、それはどうかな」

 フィブリオは足を組み替え面白そうに、顔を伏せたままタロットカードを切っているアルクレムを見た。

「結局、真嶋慶に勝利なんてなかった。彼は、負けるためにこの船に乗ったようなものだ……終(つい)の願いさえ叶わず、愛したかったモノをその手にかけて。ずいぶんジタバタしてくれたけど、面白い見物だったよ」
「……見物?」
「私はいつだって退屈してる。私はいつだってウンザリしてる。それを紛らわせてくれるものなら、なんでもいいのさ。彼は兄さんが用意してくれた格好の獲物だった。リザナとの勝負が近づくにつれ、怯えて震える彼は実に惨めで無様だった。ぞっとするほどね……」
「あいつは、勝つか負けるかの世界にしかいなかった。だから、誰かのために戦うなんて、もともと『らしい』マネじゃなかったのさ」
「その通りだよ、アルク。そして今、その罪を償ったわけだ。己が自身の手で……なんともよくできた教訓話だね。『人には優しくしなさい』、というところかな?」
「真嶋は充分、甘かったさ。あいつは狭山とは違う。悩んで、怯えて、迷い続けた。だから、あいつにはこのゲームを終わらせられたんだ」
「その結果が、このざまか……彼はもう一つの命を、何に使うんだろうね? いまさら生き返ったところで、なんの益もないだろうに。陸(おか)には退屈しかないのだから」
「そうでもないさ。お前には、何もなかっただけだ、フィブリオ」
「……生意気な口を利くね。私が誰だかわかってるのかな、アルク。その気になればいつでも君を地獄の底に叩き落とせてやれるんだよ?」
「地獄か、地獄なら見てきた。ここ以上の地獄が、真嶋が味わった以上の地獄があるか?」
「試してみるかい?」
「ああ、やってやる。それとな」

 ようやく、アルクレムがカードを一枚、フィブリオに投げた。フィブリオは退屈そうにそれを手に取る。
 描かれていたのは、天使の逆位置。

「俺たちは、モノじゃねぇ。お前らの退屈しのぎに付き合わされて、シャモみたいに戦わされるのは御免だ。いづるのやつがムキになってこんな船を造ったのも、根っこのところはそれなんだろう」
「……天使の逆位置?」
「もしもお前が自分でカードをしたことが一度でもあったら、こんな小細工は見抜けただろうよ」
「…………一体、何を」

 そこでフィブリオは気づく、カードの絵柄ではなく、感触に。
 重い。
 爪をかけて、上辺を引っ張ってみると、中にもう一枚のカードがあった。
 抜いてみる。

「これは……うぐっ!?」

 瞬間、真紅の絨毯を這うように、一綴りの鎖が素早くフィブリオの首に絡みついた!

「がっ……なんっ、……」

 扉が足で蹴り開けられる。
 そこに立っていたのは、

「門倉……いづる……!」
「フィブリオ」

 いづるは一歩ずつ、首を絞められ鬼の形相をしている女に近づく。

「僕は傍観者が嫌いだ」
「な、にを……」
「この船で、勝負をするのは君の役目だったはずだ。そういう約束だった」
「ハッ……信じる方が、マヌケだと思わないか? ギャンブラー……!」
「そうかもしれない」

 いづるは右手に何か握っていた。銀色で、シャンデリアの光を浴びてむしろ黒く見える、銃身のない銃。
 それをフィブリオの額に押し当てる。

「ぐっ……」
「君を信じたかった。でも、僕が馬鹿だった」
「今も馬鹿、ぐっ、だぞ? たかが、冥府の名簿屋が、この私に盾突くなど……わ、私を敵に回したらどうなるか、思い知らせてやる」
「君の暴走を、君の兄さんは知っていた。だから、『彼』を選んだんだろう。もっとも、ほかにも候補者はいたみたいだけど」
「あ、兄がどうした? 我々と敵対すれば、く、タダでは済まない、ぞ……!」
「僕のせいで、彼には地獄を味わわせることになった……また、僕のせいだ。ウンザリするよ」
「お、お前は……ふふ、疫病神なのさ……誰にとってもな!」
「……その通りだ」

 いづるは引き金に指をかける。フィブリオは血走った目でそれを見ている。

「や、やめろ」
「僕はこのゲームは初めてなんだけど……」

 その耳元で、勝負師は囁く。

「当ててみせるよ、必ず」
「っ!」

 フィブリオが手刀を抜くよりも速く、いづるの指が引き金を引いた。
 瞬間、

「――――――――ッ!!!!」

 電撃が鎖を伝導しフィブリオの首に直撃し、すべてを灼き祓った。
 その魂さえも。

 銃身を下ろし、いづるはアルクレムを見た。

「終わったよ」
「お疲れさん。……これでいろいろ、面倒になるな」
「いつものことだよ」

 いづるはため息をつく。
 これが贖罪になるなんて、甘い考えは持てそうにない。

       

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