Neetel Inside ニートノベル
表紙

あなたは炎、切札は不燃
魔法の国の夢の船

見開き   最大化      



 それは、手紙だった。
 赤い封蝋のされた封筒から、取り出した紙片。
 甲板の柵にもたれながら、慶はそれに目を通していた。
 一字一句、見逃さないように。
 やがてそれを丁寧に折り畳むと、ポケットにしまった。
 この、なんでもぐしゃぐしゃにしてしまいこむ癖のある男が、この時だけは、大事なもののようにゆっくりと。

「真嶋慶」

 振り返る。
 甲板から展開されている乗降用タラップの前に、執事服をきちっと着込んだヴェムコットが立っていた。
 誰かを横抱きにしている。
 眠っているのか、その少女は、首をだらりと下げて、ヴェムコットの腕に身を委ねていた。
 赤いセーラー服を着た少女は、目を覚まさない。

「ここにいたのか」
「ああ」
「……もうすぐ、この船は沈む。おまえは、どうするんだ?」
「俺は、ここでいい」

 慶は夕陽を眺めていた。
 ようやく沈もうとしている、本物の夕陽を。

「挨拶は、いいのか」
「わざわざ起こさなくてもいいさ」
「そう言うな。これで、最後なんだろう」
「…………」

 慶は、二人に近づく。
 眠っている少女の黒く艶やかな前髪を、軽く指で払う。

「じゃあな、エンプティ」
「目が覚めた時、おまえがいなければ、寂しがる」
「かもな。でも……」

 慶は振り返る。

「独りぼっちには、させられない」
「……そうか」
「悪いな。面倒をかけた」
「おまえには、最初から最後まで驚かされっぱなしだ。さすが、ザルザロスの好敵手だな」
「好敵手? ふざけんな、俺の方が上さ」
「そうかもな」
「ヴェムコット……」

 慶は右手を差し出した。ヴェムコットは驚いたように慶を見、そして微笑んで、その手を掴んだ。

「元気でな」
「おまえが言うとは思えないセリフだ」
「うるせぇな。挨拶していけと言ったのはおまえだ」
「そうだったな」
「ふん……」

 手を放す。
 慶は言う。

「エンプを、頼む」
「……承知した。だが、どうしておまえじゃダメなんだ?」
「俺は死人だ。もう死んでる。ここから先は、ないんだ。それでいいんだよ」

 ヴェムコットは顔を伏せた。

「言いたいことは、わかる、だが……」

 そして、顔を上げた時。
 もう、そこには誰もいなかった。
 ただ、真紅の光だけが、海原に反射して……
 とても静かだった。
 それは、響き終わった、雷鳴のように。





























                     END

       

表紙

顎男 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha