Neetel Inside 文芸新都
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「立会人」本条次郎が私を呼んだ。「今話していたような“停戦協定”を結ぶことは会議のルール上可能なのか?」
 その問いに対し、私は一拍置いてまずは「可能だ」と答えた。「だが、それはあくまでも口頭の約束に過ぎないということは理解しておけ。仮に八人で“大野裕子には投票しない”という停戦協定を結んだとしても、誰かがそれを無視して大野裕子に投票してしまえばそれは有効票となる。なぜなら、選考委員に特定の生徒を投票候補から除外する権限はないからだ」
 すると本条次郎はなにやら考え込むような素振りを見せて、今度はなにかを諦めたような清々しさでこちらを向き直った。
「……負けたよ。お望み通り、話に乗ってやろうじゃないか。真面目に“議論”をしてやろうじゃないか」
 糸で無理やり口角を釣り上げたかのような、悔恨の微笑みを添えて。
「だが、その前に。本格的に会議をやるなら、今のこの座り方は実に不合理だ」批判の槍玉に挙がったのは、八人が黒板を向いて縦二列横四列に並ぶ現在の配席についてだった。「立会人。この制度の説明を聞き終えて、もうあなたにはそれほど用もないはずだ。会議の相手は選考委員の七人なのに、あなたの顔ばかりを見ていても仕方がない」
 悔しまぎれの捨て台詞を残して、彼らは机を円形に並び替え始めた。
 その最中、八人の間にあったのはたとえようもない気まずさであった。誰も目を合わせようとしない。声をかけようとしない。それはかえって熟年夫婦のような以心伝心の心得で、誰もコミュニケーションを取らないながらも、彼らはテキパキと机の再配置を進めた。
「……時間もだいぶ経つが、この教室は大丈夫なのか?」
 その気まずさから逃げるように、本条次郎が机を運びながら再び私に問い掛けた。朝九時に始まった選考会議だが、既に二時間半が経過していた。
「それは、セキュリティの心配か?」
「ああ。勝手に教室を使って、教師が入ってきたらどう言い訳をするつもりだ? お面をつけた奇妙な連中もいることだし」
「“勝手に教室を使っている”というのがまず誤解だな。ここは“弁論部”の活動教室だ。部活動にまったく興味のない、飾りだけの顧問の許可をもらっているから、教室の使用については問題ない。もしお面の意義を訊かれれば、“不特定多数の衆目”を想定しているとでも言うさ」
「なるほど。だがそれだと、弁論部の部員はどうなる? この会議はてっきり、関係者以外誰にも知られないよう、秘密裡に行われているのかと思っていたが。弁論部の部員がここにやって来ることはないのか?」
「この会議の関係者は敬愛中学校の全生徒……であることは置いておくとして、それこそまったく無問題だ。なぜなら我が校の弁論部には、公正委員しか入部できないからな」
「……なるほどね」
 この制度が己の想像を超える規模で運営されていることに、少しは想像が至ったであろうか。本条次郎は苦笑を浮かべて、作業に戻った。
「ヨォ」その傍らで、犬飼美子が知念美穂に声をかける。「聞かせてくれよな。“オトモダチ”のいいトコ、たくさん」
 知念美穂は犬飼美子を睨みつけるだけで、なにも言い返さなかった。知念美穂は今、一体どんな心境で机を運んでいるのであろうか。友だちを必ず守ってみせるというヒロイズムか。はたまた、友人を人質に取られた悲劇のヒロインか。いずれにしても、知念美穂の友人である大野裕子の“処遇”は、犬飼美子と知念美穂の議論の結果如何に依るであろう。
 机の再配置が終了した。
 円形に座り直した八人の選考委員が、改めて会議の舵を切る。
「じゃあ、気を取り直して――」本条次郎が七人に問う。「今一度、俺は考えてみたい。“イジメられるのに適してる生徒”って、どんな奴だろう?」

       

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