Neetel Inside 文芸新都
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 本条次郎のその問いに、円を成す選考委員たちから思い思いの回答が募った。
 最初はぽつ、ぽつと降り始めの雨のように。やがて、熱を灯した火花のように。
「復讐心がない奴」「力のない奴」「ブス」「死なない」「分かりやすい欠点を持っている人」「男」「人望がない」「コミュニケーション能力が低い」
 次から次へ、意見が羅列されてゆく。人の考え方は十人十色。八人の選考委員がいれば八通りの、“イジメられっ子適性”の考え方がある。
「喜村が言った“復讐心がない”ってのは重要だなあ。イジメのストレスを溜め込んだ結果、ブチ切れて大量殺人するような奴はここでいう“イジメられっ子”に向いているとは言えないんだろうな」
 四日市修平は、早くも“運営側”の思考回路を持っているように見えた。ドライでクールな一匹狼。自分も投票候補になりうる、と誤解していた内は己に火の粉が飛ぶのを嫌い発言を控えていたが、認識を改めてからはむしろ積極的に発言している。発言の方向性は“制度の成立”。投票候補に特別な興味を示す様子は見受けられない。その余裕綽々な様はまるで、“制度の円滑な施行”というゴールに向かってゲーム感覚で選考委員という立場を楽しんでいるようにも見える。
「だけど、それってどうやって判断するんだよ?」と言葉を挟んだのは小林辰三。「地味で大人しそうに見える奴だって、学年中からイジメられたらどうなるかなんて分かったもんじゃねーだろうがよ。アキバとかで無差別殺人やるようなブチ切れた奴って、むしろ普段は大人しいイメージあるぜ。“復讐心がない”って、誰がどうやって判断すんだ?」
「過去の実績」
 一年二組学級代表、鵜飼登美子がぽつりと呟いた。
「今、小林が言ったように、胸に秘めた“復讐心”の完全な判別は誰にも不可能だけど、その“濃度”は過去の実績からアプローチしていくことができるように思う。――つまり、小学校時代にイジメられていた経験がある生徒は、その時どうリアクションしたかという実績次第で、復讐に走るタイプか否か、おおよそ判断することができるのでは、と」
 なるほどね、と喜村恵一が合いの手を入れた。
「ありゃりゃ」犬養美子が間の抜けた声を上げた。「また、大野さんにとっての逆風が吹いたね。だって、彼女は小学生時代、六年間みっちりイジメられてた筋金入りのイジメられっ子だもの。ね? 知念ちゃん?」
 犬養美子が知念美穂を見て、いやらしく口角を吊り上げる。
「いや……、そりゃ彼女は人殺しはしてないけれど、小学校時代は途切れ途切れに不登校気味になってたことがあって……。もし、中学校で本格的に不登校になっちゃったとしたら、この制度的には、まずいのでは?」
 助けを求めるように、知念美穂がこちらを向く。
 たしかに、イジメられっ子が不登校になってしまうことは好ましいことではない。だがそれはすべての者が平等に背負うリスクでもある。“こいつはどれだけイジメられても決して不登校になることはない”と断言できる生徒など、それこそ我々には思慮の及ばぬ領域の話だ。
「知念が言うように、たしかにイジメられっ子に不登校になられては我々としては具合が悪い。だがそれは誰についても言えること。今、知念がした話は、大野裕子候補生の選任を妨げるものではない」

 法第十六条(イジメられっ子の辞任)
 法第八条に規定する選考会議において選任されたイジメられっ子は、その後いかなる事情があってもその任を降りてはならない。ただし、転校、その他一身上の都合により敬愛中学校に継続して登校することが困難であると認められた場合は、後継の者がその任を継ぐものとする。

       

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