本条次郎と小林辰三。クラスの、いや学年の中心的人物とも言うべき二人が、知念美穂の思惑を非難する。二対一の構図となった彼らの様子を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。
 先ほど私は選考委員たちの議論を引き出すために会議の引き延ばしを画策したが、“イジメられっ子不適格者の選任を回避する”のもまた、立会人が果たすべき重要な使命と言える。イジメられっ子不適格者――、具体的には、公正委員会が認定した“イジメられっ子適正”がEランクの者を指す。それはたとえば菊池昌磨のような、女性人気も高いサッカー部期待のルーキー。それはたとえば福島栄一のような、筋骨隆々で他人の評価などどこ吹く風の柔道部員。彼らをイジメられっ子の大役に就かせた際、どんな弊害が生じるかと言えば列挙にいとまがない。男女を問わず求心力のある菊池昌磨であれば、彼を擁護する者が大勢現れるであろうし、福島栄一であればイジメっ子側が返り討ちにされる画が容易に想像できる。――そして、中島香苗。通常学級と擁護学級とを半々の頻度で行き来する知的障碍者。もしも彼女が選任されれば、小林辰三のような己に酔った正義漢たちが弊害となるであろうことは論を俟たない。むろん、仮に彼らが選任されたならば、その場合は公正委員会が弊害をひとつひとつ取り除き、彼らを立派なイジメられっ子に仕立て上げるであろう。その点が揺らぐことは決してない。だがどうせならば、始めから適正の高い者をイジメられっ子にするのが話が早いに決まっている。選考委員の決定は絶対。立会人の過干渉は厳禁。だが、公正委員会にとって都合のいい者が選任されるよう、適切に会議の流れを誘導せよ。まったく、立会人とは実に使い勝手のよい存在である。
「だいたいよ、なぁんか矛盾してるんだよなぁ~」また一人、小林辰三に加勢する者が現れた。一年一組学級代表、喜村恵一。「『誰一人不幸にならない方がいい』と謳う和睦の精神と、『知的障碍者ならどうせ理解できないからなにをしてもいい』と切り捨てる冷酷さは両立しねえよなぁ~、普通。お前さん、なにか隠しているんじゃないのかい?」
 喜村恵一が、そのわざとらしく嫌味たらしい口調で知念美穂を糾弾する。三対、一。これで知念美穂の主張は完全に棄却されるであろう。私がそう見切りをつけた頃、知念美穂がまたぼそぼそと口を開いた。
「……たしかに。私たち、学級代表の八人がイジメられっ子に選ばれることはないのだから、わざわざ中島さんに投票して悪者になることもないんだけど」
 知念美穂の言葉を聞いて、「そうなの!?」とばかりに身体を震わせた者が二名いるのを私は見逃さなかった。一年四組学級代表、四日市修平と犬飼美子よしこ
「そうなのか?」
 恐る恐るそう訊いた四日市修平に、私は黙って首を縦に振った。

 法第九条
 法第八条に規定する選考会議における候補者は、その年度の六月一日時点で敬愛中学校第一学年に籍のある者すべてとする。ただし、選考委員の資格を持つ者はこの限りではない。

 考えてみれば当然の措置である。選考委員たちがいちいち“自分に投票されたらどうしよう”とビクビクしていたのでは、忌憚のない議論など交わされようはずもない。まさに、これまで黙り込んでいた四日市修平と犬飼美子のように。
「まさか、ここまで察しの悪い者がいるとはな。第一学年の生徒数は、百五十二人ではなく百六十人であろうが」
 いや、知らんし、と犬飼美子は呟いた。
「うるさい!」と知念美穂に恫喝され、四日市修平と犬飼美子は再びその鳴りを潜めた。
「……本条次郎、小林辰三。お前らのような人間には理解ができないのかもね」
 謂れのない非難を受け、二人は微かにその眉をしかめた。
「さっき、本条に否定されたランク付けの件。じゃあ、たとえば“気持ち悪さ”のランキングだとしようよ。それなら百五十二位は中島さんだし、ちゃんとイジメられる理由にもなるでしょう?」
 もはや、小林辰三はなにも言わなかった。ただただ、哀れむような目で知念美穂を見下ろしていた。
「そして。そのランキングの“百五十一位”は、私たちのような人間だよ」
 ――その発言で、教室内の空気が再び一変するのを私は感じた。想像もしていなかった角度からの、不意の一言。
「お前らが普段、日陰者だと笑い飛ばしてる文学部の連中だよ……本条、小林!」紅く充血するほど怒りに燃えた瞳が二人をめつける。「そりゃあ、選考委員やってる私はいいさ。だけどね、私たちのような人間にも一応友達はいるんだよ。お前らから見ればゴミみたいな存在なのかもしれないけど、一応、大事な仲間なんだよ」
 ――空気が。立場が、逆転してゆく。
「お前らの偽善で“私たち”がイジメられっ子に繰り下がるなんて、到底我慢できねぇんだよ!! ……本条、小林!!」