須藤真昼:いつか二人は暗闇で(終)

 砂神砂鳥と雨宮篝の一番の違いは、そもそもふたりは同じ人間じゃないってことだ。
 どれだけ呼吸を合わせようと、同じ座標を共有することは出来ないし、篝が砂鳥を殴っても痛みが生じるのはそれぞれ全く違う場所。
 篝は蛙が苦手だけれど、砂鳥は雨を歓迎する。砂鳥が海で泳いでも、篝が浮き輪を手放せないのと多分同じ。
 すれ違い、すれ違い、すれ違い。例えば肩をぶつけても、篝は睨み、そして去り、砂鳥は笑みを残してそして去る。
 何故かふたりは知り合わない。人と人とが繋がるためには、多分、不運が必要だ。幸運なばかりの――他人の痛みに気付けない彼女たちには。
 それが決定的に欠けている。

 春。
 私と篝は学び舎を失った。
 かつて学校と呼ばれた場所は月に穿たれたクレーターの如く半球状の穴ぼことなり、敬虔な学徒であった我々は学生としての身分を剥奪された。学生鞄は薪にくべられ、着古した学生服はやや高値で取引され、見事なまでに蒐集家たちの需要を満たしたのである。
 そして残されたのは、心臓と脳みそ。それを補うその他諸々。
「――ねえ、私たち、なんで学校なんかに通ってるの?」
 息をするように口先からこぼれ落ちる呆れた言葉は。
 何も哲学的な問いかけなんかじゃない。
 それは少年少女が胸に灯した好奇心にも似た――純然たる疑問。ねえ、どうして? という僅かな首捻り。
 夏休みは――いつから始まったんだっけ。覚えていないわけじゃない。記憶がないだけ。記録がないだけ。ただ単に、そんな事実が存在しないだけ。
 私たちの夏休みは、多分永遠だよ。よく働かない人たちが口にするそれと一緒。
 だったら、どうして夏が終わった? どうして、再び学校が始まったりする? そもそも校舎が跡形もない。学生証は穴の底に思い切り投げ捨てたし、鞄は薪にくべて、制服は夏のも冬のもみんな高値で売り払った。
 私は――何をしているんだろう。ニートのくせに、知らない学校の制服を着て、コスプレごっこのつもり?
 ――でも。
 学校には確かに私の席があった。教師の顔は見飽きていて、クラスメイトの顔と名前が一致しないのはいつもどこでも私らしくて。
 そこにいてもいい、と言われていた気がした。好きな机を選んでいい。椅子に座って、黙って授業を聞いていれば――他には何もしなくていい――と受け入れてくれていたような。
 聖域のような安心感を、私は確かに感じていた。
 それが何故かという答えを私は求める。
 答えはすぐに明らかになった。
「私の落とし物――学校のどこかにある気がするの」
 正確に言えば、砂鳥の持ち物は――私が通っていた学校に向かってひゅるりひゅるりと落下していったそうだ。
 そして学校もろともどかーんと消滅。
 だから、なるべく元通りになるように、復元した、と。
 砂神砂鳥が言う。
 夕焼けに染まる通学路。空気は相変わらず最悪で、本当だったらガスマスクが必要なのに、私も砂鳥も素顔を毒素に晒している。
 砂神砂鳥は――春に地球を襲った侵略者たちの一員だ。
「私の持ち物は、この星との戦争を終わらせるために持ち込まれた兵器だったんだ」
 隣を歩く砂鳥が、くるりと身体を翻し、後ろ歩きに私を見つめる。
「兵器?」
「そうだよ、リーサルウエポン」
 使えば戦争には必ず勝てる。
 けれどそれは、全ての戦利品を食らいつくし、見境なく近隣の星々を破壊して回る――いざという時の最終兵器だった。
「なんで、砂鳥がそんなものを持ってたの?」
「言ったでしょ、真昼」
 最終兵器だからだよ、と。
 砂鳥の眼差しが真剣に尖る。
「だけど、いくらなんでも非人道的だからね、……ビビっちゃってさ、結局使うのやめたんだ」
 だから、直前になって頑丈な入れ物に閉じ込め、封印した。
「まさか、地球に落っことしちゃうなんて思わなかったよ」
 迂闊だったね、と砂鳥は舌を出す。
 実際、彼女は迂闊だった。それを封じた入れ物は、象が踏んだって壊れないくらい頑丈な代物だったかもしれないけど、鍵がないから取っ手を引けばすぐにぱっかり開いちゃって――。
 一見無害な肉の塊に見えるそれは、水をあげればぐんぐん勝手に育つから、幼稚園児にだって簡単に飼い慣らせてしまう。
 だけど、――それは最低で最悪の兵器だから、水を含めば含むほど自己の肥大は留まり知らず。
 最終的には異形丸出しの翼を生やし、空をびゅんびゅん駆け回りながら無駄に発達した鋭利な爪とか目から飛び出すレーザーとかでどんどんがらがら学校を破壊するに至るのだろう。
「もー、いい加減にしてってばー、バルジー」
 破壊されゆく校舎の手前、困り顔でぴょんぴょん跳ねているのは、多分、雨宮篝とかいう変人女だ。冷たいお茶を一口飲んで「熱っ」と泣いたアホ女。テレビをザッピングしていたつもりが、部屋の温度を四〇度まで上げていたのにそれに気付かず「なんか寝苦しい」とかほざいてたくそったれ。
 聡明な私はすべてを察する。
 いい加減にするのは貴様の方だと拳を固め、助走をつけて篝の後頭部をパンチしようとした私を、砂鳥が優しく引き留める。
「これは、私の責任だから」
 そう言って微笑む彼女は、何故か執拗に校舎の破壊に勤しむ化け物のもとへと駆けていく。
 砂鳥は篝に一瞥もくれず。篝はそもそも砂鳥の存在に気付かない。
 校舎が壊れる。音を立てて崩れていく。中庭は燃え、生徒は死に、グラウンドは液状化している。
 あーあ。また、なくなるんだ、学校。
 折角、また制服に袖を通せたのに。折角、授業を受けてたのに。折角、友達が出来たのに。折角、居場所が出来たのに。折角――なんだかちょっと、楽しかったのに。
「全部、虚構だもんね。……仕方ないよね」
 砂鳥が化け物を回収すれば、この場所は不要になる。私にとって必要に感じても、砂鳥が地球を離れるなら、どうせ同じ事なのかもしれないけど。
 ふと、篝が振り返る。私を見つけ、目を丸くする。口を開きかけて、表情が失せる。
 次の瞬間、すべてが光に包まれて。
 私は「あ、死んだ」と思った。
 もちろん、死んでないから大丈夫。
 ただ、見事なまでに失神した。


 目を――覚ました。
 空は鮮やかで有毒性の緑色。翼のない鳥が空からぼとぼと落ちてきて、「きえー」と甲高く鳴いては命を落とす。
 私は何故か、巨大な半球状の穴ぼこの――底の底の底にいた。
「私、……なにやってたんだっけ」
「知らね……」
 何故か篝もそこにいた。
 まあ、どうせ大したことなんてやってない。
 記憶なんてお酒を飲めば簡単に吹き飛んじゃうような曖昧なものだし、飲まなくたってそれに齟齬は付き物だ。
「ねえ、篝」
「なに?」
 私たちさ、友達辞めない?
 言葉だけが頭のなかで紡がれる。
 そこに想いはあるだろうか。そこに熱はあるだろうか。
「そもそもさ、私たちって友達だっけ」
「わかんないけど、仲は良い」
「仲、良いっけ」
「良いよ、仲は」
「そっか」
 それについては否定できない。
 例え私と篝が本質的に相容れない――敵同士の関係だったとして。
 だったとしても、仲は良い。
 仲良しだ。
「なるほど、……良いね、篝」
「真昼は……馬鹿なのか?」
「んーだとおら」
 私と篝は取っ組み合いながらも、三日三晩かけて穴の底から這いだし、近所のコンビニで新発売の透明なコーラを買ってふたりでごきゅごきゅ分け合い飲んだ。
「でもさ、あたしら、いつまでこんなことやってんだろーね。ニートだよ、実際」
 疲れ果ててまっすぐ歩けない帰り道。篝が退屈なことを言い出したから、私は自分で「らしくもねえ」と思いながら、篝にすり寄り肩を抱いた。
「知ってる? 篝。……人生ってね、エンジョイなんだよ?」
「は? なにそれ。てか、真昼がそれ言う?」
「私、結構パリピなつもりだけど」
 うひひ、と篝が引きつったように短く笑い、
「じゃあさ、証拠見せてよ」
「いいよ。じゃあ――」
 行こうか、と。
 私は篝を拐かす。
 財布のなかには、何故か持ってるカラオケ「新世界」の会員証。
 八〇〇ポイントが貯まれば、冷蔵庫が手に入るらしい。

end
sage