俯瞰で描かれたその顔からは感情を読み取る事は難しく、愛犬の長寿を願うようにも、もう二度と訪れぬであろうこの家の年長者への今生の別れの様にも見られます。
気持ちを押し殺して零は玄関に立ち、振り返ってこう告げます。「また来ます」と。義母さんも「また来てね」と答えます。
だってそれ以外に言える言葉が無かったから。余計な言葉は別の意味を持ち、それが重さとなってしまうことを互いに理解した上での空白がコマ間となって広がっていきます。
零が再び家を出て行ったその晩、義母さんは夢を見ます。
夢と言うのは一般的にそれを見ている人の深層心理を現しており、漫画作品では主に願望や欲望が断片的に組み合わされ、羽海野チカ作品ではそれが顕著に描かれています。
たった1ページの締めの独白。初めてそれを読んだとき、ゾッとしたのを覚えています。
●ラスト1ページでの家族としての断絶
その夢は零がお母さんの本当の子供だったら、という夢で、その中で零は他の子供と同じようにだらしなくお菓子を食べながらテレビを見て「うるさいなぁ」などと口応えをしています。
お母さんは「なぁんだ、コレじゃ歩や香子と同じじゃないか」とがっかりしながら心からほっとしていた。と独白してします。
最後のコマで零はお菓子やマンガにゲーム機に囲まれ、眺めているテレビにはロボットが映っています。
このロボット、作品の至るところに出現して登場人物の心情を表しています。
たとえば、本作のスピンオフ『灼熱の時代』に登場する黒田琢磨八段は銀座のBARで酒に酔いながらこう語っています。
「将棋…大好きです。でも…人間が大嫌いですぅ…(中略)あぁ…相手が人間やのうて機械やったら…電子コンピューターならメッサ大好きな将棋…死ぬまで指し続けたるのになああ~~」と。
インターネットが無く、パソコンが一般家庭に無かった時代、黒田八段は将棋の対戦相手としてロボットを所望し、義母さんは零が自分が行動原理を想定できる、ロボットのように操縦できる子供だったら、と胸の内で思ってしまっています。
義母さんのその『想定』から外れてしまった零は結果的に幸田家をギクシャクさせ、プロ棋士としてのチャンスを掴んで三月町のライオンとして「将棋の家」を旅立って行きます。
なぜこのページを読んで欝になるのか?それはせっかく里帰りをした零とのやりとりを根底から覆されてしまうのに加え、義母さんが零とはまったく向き合っていないとまざまざと見せ付けられるから。
零が本当に認めて欲しいのは普通の男の子としての自分ではなく、棋士である桐山零、もとい幸田零として、だから。
すいません、めっちゃ長くなってしまいました。ラストの夢のくだりは何気なく読み込める1ページでもあるのですが裏のメッセージが隠されていました。まるで将棋の駒のように。
温かい絵柄で表面的にいい空気感で終わる17ページの一話完結のお話。読み返して気付く、人と人のすれ違いによる残酷さ。こういった作者の裏テーマを見つけるのも欝漫画の魅力のひとつでもあります。
『3月のライオン』総評価
おススメ度
★★★★☆
欝度
★★★★☆
読みやすさ
★★★★☆