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派生、線文字O
線文字O-002 実存主義

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@線文字O-002 実存主義

 ふと目が覚めると「無」の中に私は居た。私は「無」とは何かを知らなかったが、私の直感がここを「無」であることをほのめかしている。私は「無」の中をあてどもなく歩いた。歩いたのだろうか。「歩く」という動作をして、出発点から到着点までの移動距離が0で無ければ、それは「歩いた」ということに成りう得るのかもしれないが、「無」の中には出発点や到着点も存在しない。故に移動距離も0であるから私は歩いてなどいなかったのだ。それ以前に「歩く」という動作があったということも「無」であるから、前述の疑問自体が間違っているのだ。

 私は「無」の中に居るが、私の存在は「無」では無い。私の存在が「無」であるということを証明する情報はそこには「無い」ためだ。しかし、その逆もある。私の存在が「無」の中にあるという事を証明する情報も「無い」し、私の存在が「無」の中にあるという事を証明する情報も「無い」事を証明する情報も「無い」。「無」のマトリョーシカ。循環小数。フラグを反転し続ける無限ループ。ただ「私はここに居る」という意識がそこには「ある」のだから、私は「無」の中に居てもいいのだろうか。それを証明する情報は「無い」。

 暫く歩いていると(もしくは永久にその場に留まっていたのかもしれない。)、私の右目が無意識にしゃべりだした。「あなたは『無』の中に『無』がある場合、中の方の『無』は外からも観測可能だと思う?」私は長い時間考え(いや、時間も「無」である・・・)右目に返答をしてやろうと思ったが、気がついたら私には口は無かった事に気づき、己を恥じた。「水の中の水が観測可能かって話かい?」私の左目が代わって返答した。馬鹿な返答だ。我が左目ともあろうものが、もう少し深く考えることはできなかったのだろうか。「それはおかしいわ。水の中に水が存在するという事があり得る?水の中に水を入れたら混ざってしまうわ。」右目は言った。
「極薄いビニール袋に水を入れて、それを水の中に入れたらどうだい?ビニールによる屈折で水の中の水を認識できるんじゃないか?」「それは水の中の水を認識したのではなく、水の中のビニールを認識したことになるわ。」「じゃあ中の水を『無』で包んだらどうだい?」「ああ、それなら確かに水の中の水を観測できるわね。じゃあ『無』の中の『無』も外部から観測できるという事が証明できた。学会で証明しなきゃ。」何の学会だろうか。ここには学会は『無い』のだ。それきり両目は話すことは無かった。いや、初めからこの会話は、そして両目は存在しなかったかもしれない。

 長い時間が過ぎた。いや1秒も経っていないかもしれない。色々な事を考えた。いや、考えていないのかもしれない。ある。無い。無限大の可能性と0。この空間に飽きて別の世界へと旅立っていった私もいるかもしれないし、発狂して叫びながらこの空間を走り回る私もいたかもしれない。私はそんなことを考えつつ静止していた。その時、私の目の前に扉が現れた。(それは本物の物体であった可能性でもあったし、私の妄想であるかもしれない。)扉が話す。「この扉は『有』への扉です。」ははあ、どうやら無限大の可能性の中の1つの私はこの世界から脱出するための鍵を手に入れることができたようだ。「入ればいいのですか?」いつの間にか存在していた私の口が私の代わりに扉に聞いた。持ち主より先に持ち主のやりたいことを済ませてしまうこの口にかすかな苛立ちを覚えたが、まあいいとした。「はい。」短い返答だった。私は『有』の世界へ行こうと扉を開こうとしたが、そのドアにはドアノブが無かった。私はそれに対して何も思うことは無かった。ああ、やっぱり出られない可能性の私だったのだ。私は目の前に現れた扉を見たままずっと静止していた。そのうち『無』が私を内側から喰らっていき、私を『無』に還した。それきり私は『無』の中の『無』に期せずしてなったが、誰が『無』の中の私を観測してくれるのだろうか。そんな事をぼんやりと思ったがその思考もやがて『無』となっていった。

       

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