八時を少し回る頃にはおなべの中身も空になり、総司さんが翌日に備えて早々にお風呂へ向かい由布子夫人がお片付けに席を立つと、私は総一郎先生と二人でおこたに埋まりながらテレビを眺めることになった。昔の、お父さんや、お母さんや、おじいちゃんがいた時みたいな、あったかいおこた。
 テレビにはレラのひいおじいちゃんにあたるカンナカムイのレースが映っている。配色が妙にキツイ昭和のカラー映像、実際に見るのは私も初めてだった。
「三十年以上前でもまだ覚えてるくらい不思議な乗り味でしたわ、よう覚えてます」
 御猪口を片手に持った総一郎先生はほんのりと鼻の頭が赤く染まっている。
「知りませんでした、乗ってくださったんですね」
「主戦の人が別の競馬場行っとってね、調教乗ってた私が乗せて貰えたんです」
「先生が調教に乗ってたんですか?」
「アンコの頃だからね、当然ですよ。追切だけじゃなく普段から調教に乗りに行って、そうして本番で乗る機会を貰うんです」
 大御所とされる方の下積み時代の話というのは、ある意味定番なのだろうか。けれど私からすると【あの鎬総司の父親】が、大越さんみたいな事をしているというのは到底イメージがわかない。
「総司もそうですが、今は、騎手が馬から離れすぎている気がします。分業だ効率化だと偉そうな言葉を並べてはいますが、私には建前に聞こえる」
 総一郎先生は少し寂し気に呟くと、画面に視線を移した。
「三角手前で追い始めてからの反応が段違いでしたね、もうこの時点で勝ちを確信してました」
「やっぱり末で勝負する馬だったんですか?」
「主戦が前目の競馬を好む人だったけど、私は調教の時から後ろから勝負した方が良いと思っていたんだ。人気も低いし、テキも任せてくれたからね」
 福島競馬場らしい小回りのコース、カンナカムイは四コーナー途中から先頭に立つと直線で他馬を更に千切って圧勝した。エトやレラに遺伝したのだろうと自然に感じるような圧倒的な末脚だ。
「乗り手が不安になるくらい、すごく背中が柔らかくて、エンジンがかかると前脚を振り出した時に背がグッと沈むんや。乗ったことは無いけど、チーターとかのネコ科動物に乗ったらきっと同じような乗り味なんやと思う」
 五十代の男性なのに、十代の少年のような若々しい口調で総一郎先生は言う。競馬のことを、そしてカンナカムイという馬のことを、本当に好きなのだろう。
「エトゥピリカを初めて見たのはレースの時でしたが、一目見てカンナカムイを思い浮かべましたよ。お陰で自分の所の馬なんかそっちのけだった」
「総一郎先生はG1だっていくつも勝ってるのに、そこまで言って貰えるとは思いませんでした」
 有難い事だと思った。私が生まれるよりもずっと前の馬だけれど、私の牧場の馬を、それも数十年前の馬のことを、これだけ一生懸命に語ってくれる騎手がいるというのは、本当に幸せなことに違いない。
「初めて重賞を勝たせてもらったという事も確かにありますが……何よりあの馬は、私が厩舎に入ってからずっと調教で乗っていたからね」
「調教で?」
 問い返すと、総一郎先生は御猪口の中身を一息に呷ってから頷いた。
「思い入れというか、騎手と競走馬の関係性の話かな。だから……そうですね、そういう経験をできないんだから、総司たちは可哀そうな世代かもな」
「可哀そう、ですか」
「想いで馬の力を引き出すという経験がない。今のサークルじゃそんな経験は積めないでしょう……と。いや、しかし、あるか」
 総一郎先生はそこで言葉を止めると、じっと私を見つめた。言わんとする事は何となく予想がついた。
「オーナーブリーダーも、厩舎スタッフも、調教師も、素晴らしいチームだと思う。何より大越君は良い騎手だ」
 面と向かって褒められるのはおもはゆく、そしてここでもやはり大越さんの評価が妙に高いのが腑に落ちない。
「総司さんもですけど、随分大越さんのこと買ってらっしゃるんですね」
「そりゃあそうです、私が引退を決めた理由は彼の騎乗だからね」
「……は?」
 文字通り、呆気に取られて、いかにも間抜けな反応しか返せない。
 総一郎先生はそんな私に気付かない風に、こう続けた。
「総司が乗るアマツヒという馬は、確かに強い。三冠という言葉が夢物語とも聞こえない程度には、現実離れした強さの馬です。
 しかし私は、トレセンに厩舎を構えている調教師としても、カンナカムイに乗った騎手としても、総司の騎手としての成長を願う父としても、レラカムイと大越騎手には簡単には負けて欲しくないんです。
 こうしてお話出来るのも折角の機会ですから、お伝えしておきますよ」