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 朝は習慣で四時半に起き、モーニングコーヒーを一杯引っかけてから朝食の用意をする。最初の頃はちせが作ると言い張っていたが一度風邪をこじらせてダウンしてからは強制的に交代制とした。
 昼夜放牧を行っているとちせから聞かされた当初は驚いたものだった。この牧場の広さでそんな事が出来るはずないと思い込んでおり、連日の馬房清掃で重労働になる事を想定していたのだったが、馬が馬房に入るのはカイバを付ける時くらいなもので、あとは一日中表で遊んでいる。
 秘密は裏山にあった。柵で囲ってある範囲は狭いが山自体が自分の家のものだからと、本当の意味で放し飼いしているのだ。冗談のような話だが俺も自分の目で確かめたから本当だ。彼らは沢で勝手に水を飲み山の適当な草を食べるという野生の馬さながらの生活をしておよそサラブレッドらしからぬ異常に図太いメンタルを鍛え上げていた。
 とはいえ北海道の山なぞ熊やら野犬やら肉食の野生動物がウヨウヨしているのではないかと不安になった事も事実だ。最初の頃の数日間はどうしても気になったのでレラの背に乗って彼らの遊びに付き合ったが、結果はそれが全くの杞憂である事を思い知らされただけだった。
 この三頭の馬、そんじょそこらの野犬程度であれば余裕で蹴り殺してしまうのである。俺が付き合っていた時も運悪く四頭程の野犬の群れに出くわした事があったが、馬達は逃げ惑うどころか北斗の拳のモヒカンよろしくヒャッハーと雄叫びを上げて突撃し、野犬の脳髄をそれはそれは夏の花火よりもド派手に辺り一面にぶちまけてみせた。
 暫く肉類が食えなくなりそうなスプラッタ映像を見せられて打ちひしがれていた所に、少し狩り過ぎて数が減っちまったんだよなあ……としみじみ呟いたレラを見て、中学生時代に学校をシメていたヤンキー連中のそれと似た空気を感じ取った俺はコイツ等の保護者役を早々に辞退した訳だ。
 流石に熊が出た場合はやり合わないらしいが、雑木林を通常の調教のように時速七十キロ近くでビュンビュン突っ走る馬達である、捕まる訳ねえだろとはレラの弁だが全くその通りで、この山での彼らは熊や野犬が避けて通るような存在に違いなかった。
 故に三頭の馬は殆ど牧場におらず大抵山を駆け回っており、牧場に帰ってくるのはカイバの時間とちせにじゃれたくなった時だけらしい。
 そうして俺はゆったりとコーヒーを飲みながら朝食の準備をするという、競馬の世界に入って以来恐らく一番まったりとした朝の時間を手に入れたのだ。
「おはようございます」
 欠伸を噛み殺して起きて来たちせに時計を見ると五時半を少し回った頃だ。
「大分寝坊するようになったじゃん」
「すみません、でも朝ゆっくりで良いって幸せですねえ」
 所帯じみた主婦みたいな事を言いながら机に突っ伏したちせの事はインスタントのコーヒーとミルクを出して放置、構い過ぎると恐縮するからこれくらいで良いのだろう。
 年頃なのになと、世間の女どものことを考えてほんの少し可哀そうになる。
 高校は中退したらしい。そう本人が言っていた。
 牧場の手伝いもあったのだろうがちせの祖父が存命だった頃の話だ、レラに聞いた話ではどうも周りと合わなかったのではないかと思う。
『あのクソブス共、チセの事馬鹿にしてたんだ。絶対許せねえ』
 まあ、平たく言えばイジメだろう。当時の事を語る時のレラはいつも以上にヤバい空気をまき散らしていたから俺も詳しく聞こうとしなかったが、垢抜けないちせは普段からスクールカースト最底辺の存在で何かとばかにされていたようだがこの牧場をバカにされた際にとうとうブチ切れた、という事らしい。
『ダービーを獲れば馬主もテレビに映るだろ、だから俺はダービーを獲りたい。チセをテレビに映して、チセをバカにした奴らを見返してやりたい』
 そう語った時のレラは聞いている俺がちょっとキュンとする程の純情な感情が滲み出ており、それは家族に対して抱く親愛の情だろうと思った。
「愛されてんだよなあ、ホント」
 そんな言葉が口に出る程、ここの牧場は人と馬が一緒になって暮らしていた。生活それ自体が人間の家族のそれだった。馬と人が家族になってお互いに思い合いながら日々を過ごしていく、幸せな家庭のそれだった。

 レラ達が帰ってくるのは丁度朝のニュースが終わり世間が仕事を始める時間帯で、そこからその日の調教が始まる。レラに鞍を付けてコースへ向かう途中、葦毛の牝馬が寄ってくる
『今日は何やんの』
 初日に牧柵の中で俺の陰口を叩いていた馬その一、登録名はサンスピリット号、牧場ではレタルと呼ばれている。三歳の牝馬で脚部不安から放牧中、中央で七戦二勝しており重賞経験もあるらしいからうだつが上がらないという評価は間違いだったかもしれない。オーナーの意向で繁殖に上がる事まで決まっており、大事を取って来年の春まで戻らない予定だそうだ。
『俺らも走って良いか?』
 レタルの後から着いて来たのはその二、登録名はスギノホウショウ号牧場での呼び名はクーと言い、鹿毛の額には弓張月のような形の星がある。メジャーどころの冠号だったので名前を聞かされた時は驚いたものだが戦績は一戦して勝ちなし。夏の函館でデビューしており入着もしたが二戦目を目指している時にソエが出たらしい、軽く走らせる程度ならば全く問題無いようだが、馬主は無理をさせずに来年の夏競馬で上を目指す方針とのことで、こちらももう暫くは放牧されている予定とのこと。
「大丈夫か?」
『軽く流す程度ならヘーキだよ、それより退屈でさ』
 牧場の暮らしに飽きているのだろう、前足を掻きながらレタルが言うと、
『レタルが走るなら俺も平気だよ』
あまり考えていなそうなクーは何となくという風に後に続く。
「ほんじゃ最後に軽くな、最初はいつものやるからお前らは自由時間」
 そう言うとレタルとクーは喜んだが、レラは心底嫌な風に、
『またアレやんのかよ』
そうぼやいた。
「必要なことだ。我慢しろ」
 気の乗らなそうなレラを押してコースに出た。

 エトにそっくりだったのは当然雰囲気だけではなかった。出足の良さ、追い始めてからのギアチェンジの滑らかさ、天井知らずに伸びるような最高速度とトップに入ってからの息の長さ――エトという馬はおよそ競走馬に求められる能力の全てが理想的な馬だったが、レラもまた、そんな兄の全てに【似過ぎる程に】瓜二つだった。故に、その秘密が彼等に共通する特殊な足運びとそれを可能にする身体の先天的な柔らかさにある事にもすぐに気が付いた。
 エトの最大の特徴は異常に柔軟な肉体にあった。有名な話だが、とある高名な競馬解説者がエトのパドックを見た際に、あの馬は故障していると断言した事があった。エトの歩様がふわふわ浮いているように、もっと言えばスキップして跳ねているかのように見えたのだそうだ。実際の所それは故障でも何でもなくエトとしては普通に歩いていただけだったのだが、本職のベテラン解説者が騙される程にエトの歩様は他の馬と違っていた。
 いかにも軽やかな感じで飛ぶように大地を蹴っている癖に、後脚の踏み込みは良すぎる程に良いから、他馬よりも広いストライドを取りながら足の回転も他馬より早いというインチキ臭い走法が出来上がり、その結果、尋常ならざる速度が生み出されるという仕組みだ。
 だがそれは諸刃の剣でもあった。脚を動かす肉体がいくら柔らかくとも大地を蹴る力は他の馬のそれより軽い訳ではないのだから、単純に考えれば、長いストライドと優れた回転数を両立させるエトの歩様は他の馬よりも常に大きな衝撃を四本の脚に与えていたことになる。いくら柔軟性に優れた肉体とは言え衝撃の受け皿となる骨格は他の競走馬と同じだ。ガラスにも喩えられるサラブレッドの脚ではそんな負担に当然耐え切れず、砕け散る。
「並に走ったって十分G1クラスなんだ、無理せず勝てる方法を身に着けた方が良い」
 首を叩きながらレラを促し、一定のリズムの歩様を学ばせる。俺が来てから一番時間をかけたのは、この歩行訓練かも知れない。