Neetel Inside 文芸新都
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月弧仮面
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 何だい、何だい、最近の糞ガキと来たら面白みに欠ける。お稲荷の一つ位供えろってんだ、けちんぼ、けちんぼめ。
 最近の言葉で言うと、あれだな、fuckってヤツだ……何だよ、そこでじっと見てるお前、お前だよ。あっちに興味あんのかい。キツネが喋ったらおかしいってか? ふざけんな、こちとら五百は生きてるんだ、小便ちびる前に顔洗って出直して来な。
 何だよ、まだ何かあるのか……ってこれはお前、月狐屋の稲荷じゃないか! 解っているな、お前、実に良く解っている。あそこの稲荷は実に良い、あっちの大好物さね。ほれ、そいつをあっしに寄こせ。何、駄目だと? 良いから寄こせ、さあ寄こせ。
 ガツガツ、ハムハフ、ガッ。ムシャムシャ、ベリベリ、ボリボリ――
 ああ、旨かった、実に良い。やっぱり、あそこの稲荷は変わらないなあ、うん、そのまんまだ……何だよ、怒ってるのか? 何、出前の途中だったか、そりゃすまねえ。ほうほう、親の手伝いで。へえ、最近の月狐屋は出前なんてやってるのかい。ん、待てよ、親? 親ってこたあ、お前、ひょっとしてあれか、月狐屋の跡取りか……おお、そう言えば、うん、程が立つ。確かにお前は跡取りだろうさ。
 良し、稲荷の礼だ、一つ面白い話を聞かせてやろう。何? ふざけた事言うんじゃネエ、ここで帰したら、狐様の名が廃る。狐ってのはな、仁義に厚く情に深いのさ。たかが稲荷の一枚だろうと受けた恩義は返すが流儀、とありゃあ、お前もあっちの話、耳の穴かっぽじって拝聴する、義務があるってもんさ。
時代は、そうさね、今から大体二百年くらい前か。最近でも時代劇、ほら、あれだよ、黄門様やら暴れん坊な将軍やらで有名な、江戸って頃さ。その時の将軍は何と言ったか、家定だったか……特に有名じゃないからねえ、熱心な学生さんでもなきゃ知らないだろう。
丁度黒船がやってきて、世間が賑わった頃さ。



月弧之仮面





 江戸は物騒だった。もう、幕府の時代も終わりだったからね。浦賀の方に黒船が来て、それがまたあんまり仰々しい船だったから異人が攻めてくるんじゃないかって、そりゃあもう大騒ぎでさ。人間なんて単純だから、この世の終わりみたいな騒ぎ方で、人生捨てた人間も多かった。殺しなんぞはしょっちゅうで、物は買うより奪うが吉、ってもんさ――でだ、そんな中、一人の男が居たんだな。
闇夜に現れ颯爽華麗に敵を討つ、誰が呼んだか月狐之仮面。その正体は言わんや謎を以てして、一つ知られる狐の面、妖怪物の怪類の物かと、ちまたじゃ瓦に乗らぬ日は無し。辛い世情に一つ見えたる光明の筋、縋らぬ者などおりゃしねえ……早い話、江戸のヒーローだったんだ。
 格好良かったなあ、うん、格好良かった。やること為すこと、とにかく格好良かった。だってよ、お前さん出来るかい? 自分の信念の為に、御上に喧嘩を売るんだ。考えてもみろ、悪者を取り締まるのは奉行の役目さ、それを勝手に独りよがりでやったんじゃ、ただのリンチさ、こっちがお縄で打ち首さ。でもな、アイツはやった。やらなきゃならない時代だったんだ、考えられないだろうけど、その頃は、お金がなっきゃ人間の扱いをされない、そういう部分もあったんだ。お金、お金、今でもそうだが、昔程露骨じゃない。いつだってイヤな目見るのは、涙を流すのは貧しい奴らさ。腐った金持ちの道楽で、何人も泣く人間が居た。そういうのを、見てられなくて、アイツはやった。お前さん、出来るかい? 学校で虐められてるヤツ、助けられるかい?  会社で不当な扱いをする上司、殴れるかい? それも、全部他人の為だ――出来るかい?
 ん、前口上が長くなっちまった。こりゃいけないね、本題に入らなきゃ、何も面白くない。良し、話してやるよ。まずは、ええと、何が良いかな……うん、ラブロマンスが良いだろう。その方が、入りやすいってもんだ……まあ、色々と。






 江戸外れの農村に一人の男が居た。可哀想な事に、ちょいと抜けた男だったんだな。田吾作って、いかにもな名前だろう。とかく使えないと有名で、道を歩けば路傍の石に躓くし、鍬を降らせりゃすってんころりん、挙げ句いっつも空ばかり見ているから、本格的に駄目扱いさ。村じゃあ何しなくても八分みたいな扱いで、祭にだって呼ばれやしないし、当然嫁もいやしない、もう二十も後半だってのに、親もいなくてやもめ暮らしが続いてた。
 サク……ああ、田吾作の事をあっちはサクと呼んでたのさ。サクは、そんな扱いでもさして気にしなくてね、ありゃあ大きい男だったんか、それとも本格的に可哀想な人間だったのか、今になっても解らんが、毎日笑ってたよ、アホみたいに。……ちゅーか、思い出せば思い出す程アレはアホだね、うん、アホ以外思い付かん、アホ。
 アホのサクは、先にも言ったけど、アホで、ドジで、間抜けで。けれどまあ、見捨てない人間も居たんだな。解る人間には解るんだ、うん。サクは、アホでドジで間抜けだけれど、いい男だったからね。そう、今回の話のヒロインさ、名前をチヨって言う。チヨの所も親が居なくてね、けれどまあ、弟と二人仲良く、一生懸命生きていた。
カワイイ娘だったよ、横を通っただけで、百姓の癖に白梅の香りがするような、そんな娘だった。当然、村の衆は不思議がったね、どうしてサクなんぞに良くするのか、理由が解らなかった。チヨ自身、きっと解っちゃいなかったろうさ。けれどもね、どうしてか、足が向くのさ。一日の仕事終えて、くたくたになると、どうしてか会いたいって思っちまう。うん、サクの良さって、そこなんだ。良く解らないけど会いたくなる……そういう人間だった。
 何だい、その目は。まるであっちがサクを好いていた様だ、だって? ふざけるんじゃない。狐様が人間なんぞに恋するなんて、有り得ないね。あっちはただ、サクの稲荷が好物だったのさ。そう、サクはアホだからね。廃れた稲荷様にも、ちゃんとお参りするようなヤツだった。サクは、何やっても駄目なアホだったけど、あぶらげだけは旨かった。それまであっちが食ったどんな物より、サクのは上物絶品だった。
 サクは良くウチに来た。あぶらげ持って、空を眺めて、下らない事を喋って、帰った。アイツ、不思議がらなかったんだよ。話してる間にあぶらげが無くなってるなんて、普通じゃ有り得ないだろう。なのに、驚きもしない。ちょっと悔しかったね、こいつ、馬鹿にしていやがると思った。だからさ、丁度今みたいに、ほれ、お前が見ているこの姿さ、狐の姿で、アイツの目の前に出て行ったんだ。横に座って、あぶらげひったくってやった。そしたらアイツ、一目で気付きやがった。
『稲荷様、相変わらずよく食べますね』
 そうやって、狐に喋りかけたんだ。とことん妙な男だ。悔しい事に、あっちが驚いちまったよ。
『何だ、お前、何もんだ!』
『田吾作です』
『そうじゃない、なんで驚かない!』
『いやあ、毎日来てますから』
『狐が喋ってるんだぞ?』
『そう言えば、そうですね』
『驚け!』
『何にですか?』
『喋る狐にだろう……常識として』
『ああ、うん。でもまあ、喋れても良いんじゃないですかね?』
『良くは無いだろう』
『いや、だって、一人で喋ってるより楽しいですよ』
『あ、そう』
 とまあ、こんな具合だ。あんまりアホで、その上邪念が無いから、真剣になるのもアホらしいと思ってね、それからは、狐の姿で良く話した。
『そう言えば、稲荷様、お名前は何という?』
『ふん……人間なんぞに語る名は無い』
『ああ……じゃあ、勝手に付けますね』
『お前、結構ジコチュウだな』
『コンスケなんてどうです?』
『少しは聞けよ』
『コンキチとかは?』
『あっちは妖弧ぞ、そんな安い名前要らん』
『じゃあ、クラマ』
『そりゃあ天狗だ、阿呆』
『クラマ狐?』
『ダサい』
『じゃあ、何が良いんですか』
『格好良くて、それっぽいのだな』
『はあ、我が儘ですね』
『うるさい、良いから早く考えろ』
『じゃあ、今夜はお月さんがご機嫌なので、ゲッコなどではどうでしょう』
『月弧ねえ、月弧。ふん、まあ、これより良いのは浮かばないだろうし、それで良い』
 と、そんな具合さ。あっちは月弧、月弧と言う。――何だお前、笑いやがって。東電のデンコちゃん? ふざけるな、阿呆、あんな物と一緒にするな。全く、お前ら一族は揃いも揃って……もっと驚けってんだ。

       

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