Neetel Inside ベータマガジン
表紙

ノベル『ボルトリックの迷宮』
迷宮の浅層奥に潜むもの

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◆ボルトリックの洞窟前 2日目 午後

岸壁の割れ目にカモフラージュされたダンジョンの入り口。
その前には3台の荷馬車が取り囲み停車して、更に2つのテントが設置されている。
ダンジョンは完全に隠され、傍目に何もない岸壁沿いで野営をしているキャラバンがいるようにしか見えないだろう。

「あー、中との連絡はガモがやる。中に潜ってる最中も、ココと連絡が取れるんや」

アタックプランを説明するデブ商人。その隣に立つハーフオークは、耳につけた被り物の最終テストしているようだ。
そして、相当に重量のありそうな黒光りするボックスを担ぐ。

「あれ、甲皇国のキカイだぜ」

ケーゴがそっと耳打ちしてくる。
ボルトリックは数匹の輸送犬を指し示し、説明を続ける。

「三食きっちり。他にも、水、油、医薬品、欲しいものがあればなんでも言ってくれ、迅速におとどけしまっせ」
「母乳を……用意してください……」
「途中離脱もOKや!その時は日当を受け取って交易所まで帰ってな!」

ホワイト・ハットのリクエストはとりあえず無視されたようだ。
メンバーはそれぞれ武装を点検し、身につけ、その他必要な荷物は全てハーフオークに持たせて、改めて迷宮のエントランス前に立った。

「じゃあ、行きましょうか。お宝が眠っている事を祈りましょう」

踏み込んだ遺跡内にはジメジメした空気が漂流していて、数歩進んだだけで光届かぬ闇となる。

「お姉さん、火はいらないよ。ボクが魔法の明かりを灯すから」

ホワイト・ハットは妙にムーディーな魔法の明かりを作り、内部を照らし出す。
松明やランタンで油臭くならないのはありがたい、連れてきて正解だったかなと魔法少年を見下ろした。
苔に足元を取られないように中止しながら、通路状になっている遺跡の奥へ向かう。

壁画であるとか、レリーフであるとか、なんらかの文明を思わせるような構造は見当たらない。
しかし、人の手が作った建造物であることは、その直線構造から明白だった。
通路の幅は、4メートル弱。並び立って戦うのは2人が妥当でしょう。

「おーし。アタシが先頭な」

戦闘狂のガザミが、腕を回しながら前に歩み出る。

「うわ……中は結構冷えるな…」

ケーゴは熟練トレジャーハンターとして振る舞うことも忘れ、物珍しげにあちこち触り歩く。

「フッ……皆の背中は俺が預かるとしよう……」

多少の曲がりくねり、上昇下降はあるものの、脇道なしの一本道であることを悟ったフォーゲンが殿を申し出てきた。


そう。アタックするパーティーは5人となっていた。
子供が2人もいることから、もう1人枠を追加しても良い、とのやり取りがあったのだ。

パーティー隊列

前衛:ガザミ:戦士
前衛:シャーロット:戦士
中衛:ケーゴ:トレジャーハンター
後衛:ホワイト・ハット:魔法使い
後衛:フォーゲン:剣士

後方支援:ガモ:(?)



◆ボルトリックの迷宮 B1F


「お名前をお聞かせください」

身の危険を感じるような出来事はなく、その予兆も感じない。
意外にも埃っぽさやカビくささもない。変な植物的な甘い香りが迷宮の奥から漂い、鼻腔をくすぐる。
張り詰めていた緊張はすでに解けていて、そんな空気のせいか、ガモが「記録を取る」といい出し、突如話しかけてきた。

「……シャーロット。知ってたじゃない。酒場で」

こちらに肩の荷を見せるようにして並走するガモは、その口元を大きめのマスクで覆っている。

「可愛いお名前ですね。年齢を教えてくれるかな?」
「……22」
「普段は何をしているんですか?」
「元々は傭兵だったんだけど、こっちに来てからは冒険者家業で、モンスター退治みたいなのが多いかな」
「恋人なんかはいるの?」

私はここで足を止めた。じろりとハーフオークを睨む。

「フザケてんの?」
「……俺じゃない。ボルトリックさんの指示だ……」

彼はツーシンキなるものを指し示した。ちょっと、とそれを引ったくる。

「ボルトリック、聞こえてるの?気が削がれるから、ダンジョン探索でフザケてたら死ぬから、わかってる?」
『…そんな怒らんでも。これも日当分の仕事だと思って、な?な?』

ガモの言うことは本当のようだ、これも仕事の内だと言われれば、まあ納得する他ない。

「いいか……こんな事は俺が聞きたいわけではない……」

ハーフオークは低く唸るように呟くと、また口調を軽めに変えて話し出す。

「恋人なんかはいるの?」
「……いません」
「初体験はいつかな?」
「子供がいる前で止めてもらえません……?」

戦斧を握る手に殺意が籠もる。だからボルトリックさんが言ってるんだって、とガモは繰り返す。

「初体験はいつかな?」

隣で笑ってるガザミを威圧する。

「はー。なんなのコレ。はいはい。14ですよ。14」
「相手は?」
「敵」

その返事に場が固まる。別に秘密にしているわけでもない。どうしても隠したいわけでもない。
多分だけれども、皆が想像したよりは、凄惨ではない出来事だろうとも思う。
敵は敵だけど、近隣少数民族同士の争い故に、そいつは顔見知りではあったのだ。
寧ろ「ああ、酷いことを聞いてしまった!」みたいな空気が苦手。
ガザミも、ケーゴも、壁の方を見ながらスタスタあるいてる。
流石のガモも口を開くのを躊躇している様子で、沈黙が場を支配する。

「その時母乳がでたりは……」
「ないっ」

皆が超えずにいた死線を軽々と飛び越えてきたホワイト・ハットを一撃で叩き落とす。

「フッ……まさか感じたりは……」

ガザミはフォーゲンを捕まえると、その太ももに膝蹴りしながら彼を通路の端へと追いやった。
いてっ、いてっと小さく呟くコミュ障くん。二人の姿は魔法の光も届かぬ闇中へ溶ける。



「お前な……あんまアタシに気を使わせるなよ……?」
「フッ………すまない……」



二人が戻ってきた後、一行は無言のまま遺跡を突き進んだ。

「貴女のチャームポイントを教えてください」

もはやガモの声色だけで、これがお仕事の範疇の会話なのだと分かるようになっていた。
自己分析を迫られ考え込む。これは事実を述べるよりも、よっぽど恥ずかしい質問だったりしないだろうか。
自分で言うのだ。ここに自信があると。ここが魅力的なのじゃないかと。

「……お尻を、好きだって、言ってくれる人が……多いかも、ね?」

頭が逆上せてどっど恥汗が湧く。
ブハッとガザミが吹き出す。
ケーゴくんまでもが肩を震わせている気がする。
ホワイト・ハットはぴょんぴょんし。
フォーゲンはお口チャックのジェスチャーを繰り返していた。

「お前……マジか……」
「やかましい!」

素の声色で返事したガモのボディにパンチする。

「あーっ!ホントなにこれ?これ以上は日当もらって帰るからね!マジで!」

ウッ、とかゲロっとかやってるガモは勿論、全員を置き去りにする勢いで歩調を早める。スタスタスタスタ。
流石にこれ以上は無理と判断したのか、ガモは覚えてろよ……みたいなダサい遠吠えをした後、ガザミに同じような事をし始めた。
二人のやり取りが後ろから聞こえてくる。

「お名前は?」
「ガザミ」
「素敵な名前ですね。年齢を教えてくれるかな?」
「覚えてない。まあ20よりは上」
「恋人なんかはいるの?」
「酒と肉」
「初体験はいつかな?」
「ミシュガルドに来る前」
「お相手は」
「同郷のヤツ」
「初恋の相手かな?」
「だったかな。アタシが許したんだしな」
「チャームポイントを教えてください」
「このクローだね」
「ありがとうございました」

粛々と進められたインタビュー。心なしかガモの態度が丁寧な気がする。
もう一度ヤツをシメようかと思ったその矢先、通路奥に何かが見え始めた。

「扉だ!」

ケーゴが指さしたのは、硬く、重そうな、岩盤でできた扉──。
迷宮に突入して始めて、メンバー以外の生物の気配をその向こうに感じる。

「アタシとシャーロットで圧をかける!ケーゴは無理して前に出るな!魔法っ子は攻撃よりもウチらをサポートしろ!行くぞ!」

ガザミは腹から気組みの唸り声を上げ、扉を蹴り開けた。

フォーゲンへの指示は、無かった。



◆ボルトリックの迷宮 B1F ボスの間

ガザミは破城槌の様な前蹴りで、岩盤の扉を蹴り開き、その向こうへと身を躍らせた。
轟音、そして砂煙。

「あっ、馬鹿っ!」

私は舌打ちする。
ガザミにとっては、戦うと決めたのならば、するべきは一つ。
どんな相手であろうとも、蹴って殴って始末する──。
それは分かる。
しかし、どんな罠があるかもわからない、相手がだれなのかもわからない。その数も知れない。
そんな状態で飛び込まれても困る。下手をすればそれだけでパーティー全滅の危機となる。
戦いが終わったら説教しなければ!

「オラァ!」

後にガザミは言う。扉を蹴破った時点で討伐対象が見知った魔物である事を看破していたと。
彼女が対峙していたのは、ローパーというモンスターだった。
特にレアな魔物ではない。遭遇率もそこそこあり、私が昨晩まで討伐していた種でもある。

ガザミは身を沈め素早く懐に潜り込むと、地面を蹴り、下から突き上げるような膝蹴りをどてっ腹に打ち込む。
そして敵に接した左膝を起点に、腰を捻り、上体をしならせ右拳に力を込めた。十分なタメ──。

「死ねこのクソローパー!!!」

背中に力が集約され、肩甲骨がミシミシと音をたてる。
そのまま、右腕は消えたかと見紛う高速のフックパンチクロー。
重たい衝撃音に空気が振動し、破滅的に肉の潰れる嫌な音が響いて、魔物の緑と紫が混じったような体液が飛び散る。

「うわっ、デカイ!!」

敵を視認したケーゴが叫ぶ。
そう、私もちょっとデカイかな。くらいに思っていた。
ローパーは最大2メートル程度とされている。この個体は3メートル以上だろう。
初めて見る大きさだった。しかし、ローパーはローパーである。

「残念。ガザミがもう倒しちゃった……」

敵から視線を切り、肩をすくめて後衛の彼らに振り返る。
あっ!と言う顔をしたケーゴ。いつもより高めにぴょんぴょんしてるホワイト・ハット。
余裕を持って今やっと室内に入ってきたフォーゲン。
室内には入らずカメラとやらを構えているガモ。

ビシッ!とふくらはぎを掴まれた。

「いたっ!?」

鎧の上に鞭が巻き付いたような衝撃と鈍痛。
確認すると、グネグネとしたジェリー状の、まさに鞭状の何かが絡みついていた。

「変異種……触手もちです……」

ホワイト・ハットが魔物学知識を披露する。

「え?え?」

グン!と魔物の方に引き寄せられる。姿勢が崩れる。
右手で戦斧を杖にして堪え、無意識に伸ばした左手をケーゴが掴んでくれる。

「ガザミ!?」

引き寄せられないように踏ん張ったまま彼女を見る。

「なんだコイツ……腕が……抜けない……」

ガザミは触手に囚われていた。
魔物の体液を体中に浴びながら、腕を引き抜こうと苦悶している。

打撃耐性。

巨大で肉厚だったからなのか。それとも触手を持つ変異個体故に、体表の繊維の質が異なるのか。内部の肉質が異なるのか。
今までどんなローパーをも必殺してきたコンボ攻撃が不発に終わっていた。

モンスターがブルブルと身を震わせ、上部に開いている口のような器官から、ミスト状に体液を放出しはじめる。
通常のローパーでも、陶酔成分を体表から散布する性質があるのは知っていたけど、今までの討伐はその全てが野外だった。
密閉空間でコレをされた経験は無い。

「皆!吸い込まないように!」

始めてみた触手。始めてみた体液散布法。
警告と同時にくにゃん!とその場に座り込んだのは、ホワイト・ハット。
お子ちゃまはお酒に弱い!

「くっ……なんだよこれ……!」

そうなれば次はケーゴだ。私の左手を握るその力が明らかに弱まっている。
このままでは二人共引きずり込まれる。

「いいから!手を離して口を覆って!!」

全滅の予感がした。



◆ガザミ

ドジった。
ローパーだからと油断した。アタシ1人で十分だ、と。
違和感はあった。最初は「デカイな」としか思わなかったが、膝蹴りを当てた時に、異なる肉質である事を感じた。
それでも尚、渾身のクローで核をぶち抜けば問題はないと思った。
気合も入れた。呼吸もタイミングも問題なかった。
実際、腕を肩口まで埋まるくらい爪を突き立ててやった。
核があるはずの位置に、ソレはなかった。

「くそっ!」

腕は引くことも押すこともできない。蹴りの反動で引き抜こうとする前に、
モンスターの表面の疣から膿がでるように蔦が伸び、体全身に巻き付いた。
完全に掌握された。

「うがああぁあぁあっ!!!」

蔦を断ち切らんと力むが、力の入りが甘い。
肩までめり込んだ腕、この姿勢では腰の可動が甘くなる。
地に足がついてないから、歯が折れるほど食いしばっても全身に緊張が及ばない。
それだけじゃない。
体液だ。コイツ、何かを放出している。その所為だ。
がんじがらめで振り向くことすらできない。
後方からシャーロットやケーゴの悲鳴に近い声が聞こえた。
アタシのドジで全滅、そんな事は絶対に、させない──。


◆ケーゴ

ローパーを見るのは始めてだった。
書物で知識はあったけど、実物を前にした途端、応用することは愚か、引用することも儘ならなかった。
慣れがないと、知識も思考が追いつかないのだと知った。
こんな、ある意味でそこまで危険度が高くないとされるモンスターでさえも、リアルに対峙すると自分を保てないものなのか。

「くっ……なんだよこれ……!」

ねーちゃんの腕をとっさに掴んだはいいものの、ずるずるとセンチ単位で魔物に引き寄せられる。
吸い込んだ水蒸気が、熱を帯びて全身に回っていく。
まるで筋肉を溶かされているように虚脱が広がる。

俺が熟練者だったなら。
俺がもう少し大人だったなら。
こんな窮地、窮地ともしなかったのだろうか。

死の予感がする。

こんなところに来ないで、大陸で、親のもとで、大人しく商人見習いをしてた方が良かったか?
女戦士から手を離し、ここから逃げれば、生き残れるか?


「ふざっけんな……!」

一つ。吹っ切れた。
このままココで死ぬかもしれない。
そんな状況でも、男としてカッコつけたい。そんな気持ちが萎えることはなかった。
俺は「トレジャーハンター」に成りたいと、心底思えた。

家に帰りたいとなどと、逃げ出したいなどと、そんな迷いは直ぐに跳ね飛ばせたのだから!
自分の覚悟は、本物だった。
不安が霧散していく。気力が戻ってくる。

生きて帰れたら、鍛えてまくって、またダンジョンに潜る。
いや、絶対に生き延びて、そうしてやる。
その思いと、そして、懐に忍ばせた2種類の秘薬が、ケーゴの意識を繋ぎ止めた。

「そうだ!このまま死ねるか……!ケーゴ様をなめんなよ!」


◆ホワイト・ハット(夢の中)

「血を流すか…母乳を流すか…選択は汝に託された…」

触手によって全ての鎧を剥がされた、乳房も露わ女戦士の瞳を覗き込む。
苦悶の中の羞恥。羞恥の中の苦悶。実に好ましい!
なぜかツンとなってる乳首に甘噛みをする。今は未だ汗の味しか無い。女戦士は吐息に嬌を混ぜ漏らす。

「フフフ……さあ、今こそ我に……このまま全滅するのは本意ではあるまい……」
「あのね……馬鹿やってないで……逃げて……だれか……を!」
「案ずるな娘。我こそは無限の魔力を宿した闇の眷属。数百年の時の中でも老いることはないvampire……この様な下等な生物。一撃で屠ってくれようぞ……」
「……それは。残念ね。是非とも母乳を飲ませてあげたいけど……」
「そこでこの秘薬!昨晩入手した母乳薬の出番という訳だ」
「はぇ!?」
「さあ!我の魔力を開放し!仲間を救うが良い!」

涎を垂らしながら天使の寝顔で無邪気に眠るホワイト・ハット。
えへへ、と寝言をいいながら、傍目にも分かるほどちんちんをピクピクさせていたと言う。


◆フォーゲン

不味いことになった。
パーティーリーダーの女は兎も角、連れの魚人女戦士は相当な手練に見えた。
己の出番はないと踏んでいたダンジョン探索。

逃げようにも膝が笑ってなんだか少しほろ酔い気分でとても眠たい。

今落ちたら死ぬ。

落ちたら死ぬ。

人生における大ピンチだ。
……いや。俺はこの様なピンチを、何度もくぐり抜けてきた。
そう、いつも「誰か」がなんとかしてくれたのだ。
圧倒的な幸運の星の元に生まれ……精霊の祝福を授かりし者。

俺は己の流儀を貫く!
背に納刀した不敗の愛刀『備前不知火・虎徹菊一文字和泉守兼定』に囁く。

「フッ……今は未だ…戦う刻ではないと言うのか…」

いかん……意識が……。






◆ガモ

『ガモちゃん!いいよいいよぉ!いい絵が取れてるよぉ!』

仕組みはわからないが、このカメラなるアイテムで捉えた視覚は、馬車にいる雇い主ボルトリックのモニターとやらに宿っている。
主の興奮が、その鼻息を感じるほどビンビンに伝わってくる。

「流石ですね……こんなモンスターを捕まえてきてるとは」
『いい仕事するじゃないのガモちゃん。どこでこんなレア物捕まえたん?』


「えっ?」
『えっ?』

「あ、いえ。お褒めに預かり恐悦です」

話に妙な食い違いがある気がした。しかし、追求はせず、生意気な女戦士へとカメラを構え直した。



◆ボルトリックの迷宮 B1F ローパー戦


「アタシごと燃やせ!コイツを!」

ガザミが声を張り上げる。

「アタシのミスだ!外殻もある!気にするな!」

実際、ローパーはよく燃える。
通常のローパー討伐だったなら、ガザミは大火傷を負うだろうけど、生き残る公算は高い。

しかし、今は魔物の体液をひっかぶっている。それは、ナフサ(原油)にまみれてるも同じ。
そしてこの大型ローパーがなかなか焼け死なず、何時までもガザミを抱え続ければ、
呼吸により喉の中まで焼けてしまうだろう。
肺が焼けてしまえば生存は望めない。

「馬鹿!元々魚人で火は苦手(?)でしょーが!」

責任を感じての言葉だろう。ガザミは本気だ。
有効な手立ては……今できることは……。

「そうだ!このまま死ねるか……!ケーゴ様をなめんなよ!」

自らを鼓舞しながら意識を保って私の腕を支え続けている男の子を見る。

「ケーゴ!1・2・3で手を離して。アイツに引かれる勢いを乗せて一撃食らわせる!このままだと、私にも陶酔が回る!」

捨て身。そして敵の力を乗算した渾身の一撃。
動けるうちにするべきをする。
ケーゴも頷いた。

「ガザミ!敵が緩んだら脱出を!1…2…3!!!」

マトは大きく鈍い。ガザミに誤爆する可能性は無い。
ケーゴから離れ、その場を弾け飛び、片足で4メートルは跳躍する。
肘が、肩が、体幹が、悲鳴をあげるくらいに戦斧を振り回した。

「ふんっっ!!!」

砂塵を舞い上げ、ズドン!とこっちの内蔵まで響く衝撃。
斧はゾブゾブと音を立て、深々とローパーの横腹に沈む。
ガザミは腕を引き抜くことに成功したようだ。

「ダメだ!拘束が緩まねぇ!!」
「ちっ……!」


斧は引き抜けず、あわよくば一撃離脱をと思っていたが触手に絡め取られる。
一度間合いに入ったら、体表から無数に伸びてくる触手全てを払い続けて離脱しなければ、拘束される。

私が置かれた位置は、クローを突き立てた時のガザミと同じ。
違うのは、ガザミの鎧は体の一部。
私の鎧はただの鎧だということ。

ローパーは上部の口様器官から獲物を飲み込む。
通常はそのまま丸呑みだ。
この変異種は、腕を持っている。
その腕は消化に邪魔な武装を乱暴に外しにかかっていた。

「ちょ……!こんなヤツに……!」

武装と衣服を剥ぎ取られながら、本能的に男性陣を見る。
真っ赤になってるケーゴと目があった。彼の性的興奮が伺えてこちらも赤くなる。
ホワイト・ハットは安らかな寝息を立てている。
フォーゲンの表情はまったく緩んでいなかったが、こちらを凝視している事はわかった。
見てないで子供二人を連れて逃げろ!と、もうそんな声も出せない。

詰んだ。

それこそガザミが「ガザミファイアー!」とかいいながら口から火でも吐かない限りどうにもならない。
そんな荒唐無稽な想像をしてしまうくらいには絶望していた。
こうなったらガザミのように火をかけろと叫ぶか。
でも、焼死体の惨たらしさも知っている。
死んでしまったらもう何も気にすることはないが、それでもそんな姿を晒すのは嫌だった。
陶酔が回って脳髄が痺れだす。
恐怖の感覚が薄れ前後不覚に陥る。
視界がぼやけて「変な依頼を受けて、ダンジョンで、ローパーに体を弄られている」認知が揺らいでいく。

「あっ…」

街の路地裏かどこかで、誰かと、淫らなことをしているんだっけ……?

まるで動物みたいにむしゃぶりついて来てる、この相手は……?

ゲオルク様……?
ヒザーニヤ……?
フォーゲン……?
フリオ……?
ケーゴ……?

「はっ!あっ……んっ。あぁん!あ!」

情熱的な求めに応えて、腰を突き出す。お尻をふる。

(オイ!しっかり意識を保て!!斧を離すな!飲まれるぞ!)

建物の二階窓からだろうか、ガザミがなんか騒いでる気がする。
大方「そんなところでするな!部屋でやれ!うっさくて眠れない!」みたいなアレでしょう。

(うおおおおおっ!)

ケーゴの猛々しい叫びが聞こえる──。



◆ケーゴ

ケーゴは、今がその時と悟った。
作戦は失敗し、前衛二人が絡め取られた。
ガザミは、シャーロットが捉えられた時点から火をかけろとは言わなくなった。
いいから逃げろ!と。
こっちを見るな!と。
そんな叫びに変わっている。

あの二人の攻撃力を超えた一撃は自分には撃てない。
多分フォーゲンにも無理だろう。

触手が二人の女戦士の体を弄んでいる。
魚人の女戦士はその外骨格鎧に守られ、肌の敏感なところを許してはいない。
酒が恋人というだけあり、もっとも体液に触れているのに意識を保ち続けている。

ねーちゃんはトンでしまった。
裸に剥かれるところまでは、こちらを恥ずかしげに見ていた。
今はもう視線が定まっていない。
魔物に抱かれて喘いでいる──。

ドキドキした。目を奪われた。性的に興奮した。
しかし。そんな性的な心の揺らぎよりも、
妙な怒りが湧いた。

彼女は以前からギルドで見かけて存在は知っていた程度で、今日知り合ったばかりだが。
それが眼前でモンスターに好きにされているのを見て、妙な怒りが湧いた。

同族としての仲間意識だろうか?

……きっと、俺が目指す「トレジャーハンター」が怒っているのだろう。
今すぐにでも彼女たちを助けよ、と。

「あーそうさ!俺には二人を超える力はないだろうさ!!」

叫び、秘薬を取り出す。

聡明薬。

薬に頼った勇気。
仮初めの勇気かもしれないが、今は二人を助けれればそれでいい。
口の中に放り込み、一噛みして飲み込んだ。
全てのストレスを排除し、クリアな思考で、打開策を見つける。

急に世界は静寂に包まれた。
眩しいほどに室内の隅々まで見渡せる。
天井を這う虫、床石の数まで、瞬時に理解した。
もはやただの観察対象でしか無いローパー。恐怖は微塵もない。

そして見つける打開策。

ニッと口元に笑みが浮かぶ。

「俺って……やっぱ天才?」

魔法剣を引き抜く。
状況有利その1。ガザミが陶酔に落ちていないこと。

「ガザミさん!俺は今からソイツをブッ倒す!援護を!」

状況有利その2。モンスターは二人の女戦士を抱えている。そして、本能的な行為に浸っている。
故に、機敏な防御など出来はしない。
おそらくは、近づいたもの、触れてきたものに触手を伸ばしてくるだけだろう。

「うおおおおおっ!」

巨大ローパーに突進する。
状況有利その3。シャーロットの捨て身攻撃により、ガザミが腕を引き抜いたこと。即ち。

「その傷跡を俺に見せてる事だっ!!!」

飛び上がり、モンスターが体液を垂れ流している深い裂創に魔法剣をブッ刺す。
この武器はガザミの腕よりも短い。
しかし、魔力を弾けさせての中・遠距離攻撃を可能とする。

体に触手が這い上がってくる。
緊張で手元が狂うことはないが、タメにもう少し時間がかかる。
ガザミがフォローしてくれるが、無数の触手は止まらない。
胸郭への締め付け。呼吸が淀む。
手首への締め付け。神経圧迫により腕がしびれる。
首へと迫る触手。脳への血流が鈍れば、コイツを始末できる程の魔力集中が望めない。
失敗するくらいなら、今すぐ発動させるべきか。
いや、半端な攻撃じゃダメだ。
この一撃は。

「フッ……いい考えだ少年。絶対に決めろ」

歩法「縮地」により間合いを一呼吸で詰めたフォーゲンが、ケーゴの体を取り巻きつつあった触手を居合に薙ぐ。
当然彼は触手に捕まることになるが、その目には微塵の迷いもなかった。

舞台は整った。


「中から弾けろ……!!」



◆ボルトリックの迷宮 B2F エントランス 2日目 午後。

気付けば、丁寧に整えられた簡易寝具の上に身を横たえていた。
火を通された食材のいい匂いがする……。

「どうよ。チョーシは?」

ガザミが野菜スープの入った容器を差し出し、隣に腰を下ろした。

「調子…?普通…?」
「いや、お前の身体の事だろ…」

体のあちこちが痛い。何より頭がぼんやりする。
素直にそう伝える。

「そうか。まあ。悪かった、よ」
「は?」

我が耳を疑うとはまさにこの事。ガザミの口から謝罪の言葉が聞けるとは。
実は記憶があやふやでイマイチ状況が理解できてない。
それに気付いたガザミは、腰のホコリを払って立ち上がった。

「取り敢えず今日はここまでだそうだ」
「そう……」

味が濃い目の野菜スープを口に運ぶ。
一心地つく。
チラと視線を巡らせば、少し離れたところで全員が火を囲み食事をとっていた。
ケーゴが何か得意げに話している。
ガザミは相変わらず肉三昧に酒浸りだ。
フォーゲンも、ホワイト・ハットもどこか楽しげで、和気藹々ムードの中に居た。
疎外感もあり、なんか私だけ寝てるのカッコ悪いなーとも思った。

気だるさ。全身の微熱感と、鈍い痛み。
のろのろと寝具から這い出し、皆のところに行く。
私の接近に気付き、メンバーにある種の緊張が場に走るのを感じる。

「……?」

「ホワイト・ハットのここ、空いてますよ……?」

皆と目が合わないので、進められるまま魔法少年の隣りに座った。

パチパチと薪が火音をたてる。
壁に投影された全員の影が、ゆらゆらと揺れる。


「……いや。黙らないでいいから」

口火を切る。
ケーゴとフォーゲンの背筋が伸びた。

「さっきまでの会話の続きしててよ」
「フッ……本日はお日柄もよく……」

陰キャくんは限りなく独り言に近い何かを唱え始める。

「ケーゴくん?」
「お、おウ?」

彼は寝違えているかのようにそっぽを向いたまま、オットセイの鳴き声のような返事をする。
そしてやはり誰も喋らない。長い長い沈黙。

「……僕は寝ていたわけですが。ケーゴがローパーにトドメを刺したみたいですよ……?」

粉ミルクを啜りながら、魔法少年が呟く。

「へぇ。スゴイじゃん。ローパーに……ローパー…?」

皆が緊張の生唾を飲んだ。

ローパー……その単語に頭痛がする。
そうだ。ローパー。デカイ奴が居て……。

『まあ。悪かった、よ』

そう。ガザミがドジやって……。
頭が晴れてくる。謎の体液散布による状況緊迫。捨て身の攻撃の失敗。拘束。武装解除。脱衣。そして──。

「ああああああああああああっ!!!」

私は絶叫し、素早く皆とは逆の壁へ首を巡らせる。
口がオートで動き出す。

「まあ、ダンジョン内の事はダンジョンでたらキレイにサッパリ忘れて、外界には持ち込まないのがルールみたいな所もあるしね?あるよね?」
「仁義ってやつ?それとも忖度ってやつ?」
「……いや別に?私の話じゃなくて。いろいろあったかもしれないけど、そんなの冒険やってれば日常茶飯事だしね?」
「珍しくもないし、特別印象に残すべきものでもなくなくない?」
「あっははっ。皆おっかしー。何堅くなってんの?ねぇ?」
「シーンとなる様な深刻な出来事じゃないでしょー?」
「今っ更。裸見られた程度でどーこーする程ウブでもないし?」
「お風呂のときは皆裸なんだし?」

ココまで言って、一番イイたかったワードを場に打ち込む。

「ま…魔物にサレて感じたとかじゃないんだし?」
「……」

誰も何も言ってくれない。
どんどん体温が上がっていく。脇汗ダラダラ。なんだか泣けてくる。
「お前は本当に淫らじゃの~」と言ってる人が居るわけでもないのに、そう言われてる気がする。
ガバっと視線を中央に戻す。
ケーゴ、フォーゲンは未だキリンのように首を目一杯伸ばして明後日を向いている。
「お前も汚れろ!」とばかりに切り込む。

「……いやっ!そう!私だけじゃない!ケーゴくん!そうだよね!勃起してたケーゴくぅん!!!」
「な……!?ハァ?それマジでいってんの!?」

弾けるように視線を戻す男の子。
二人の視線は中央でぶつかりあった。
気迫に煽られ、焚き火の炎が大きく踊る。

「マジマジ。ね?ガザミっ。ね?知ってるよね?」
「ノーコメント……」
「えー!?ホントにぃー!?あんなに露骨だったのにぃー!?」
「うっわ。信じらんねー!そーゆーこと言うか?普通」

若干前屈みになって喚き散らすケーゴの顔は今や火よりも赤い。
いや、私も多分似たようなものだろう。泣いてる分だけこっちの方が酷いかもしれない。

「認めなさいよ!ホラ!おねーさんの奇麗な裸に見入っちゃいましたー!ちんちんにキちゃいましたー!って」
「ハァ?!してねーしそんなの!なんなのこのねーちゃん。自分でキレイとか言ってるよ。最悪だよー。最悪だよー」
「あーーーっ!今なんか思い出してるでしょー!!!」
「おまっ…マジで……!」

我ながら最低最悪だと思う。ガザミから酒を奪い、一気に飲む。酔って羞恥を麻痺させる。
お子様のケーゴにはできない高等テクニックである。
彼らからどんな言葉を引き出せば安心できるのか。その方策も持たぬまま一人でも多く恥沼に引きずり込もうと藻掻く。

「フォーゲンも!フォーゲンも!ガン見してた!」
「フッ……ありえぬ……」
「何いってんの!酒場で誘ったときからおっぱいチラチラだったくせに!」
「フッ……我が眼に映るのはチャクラの流れのみ。おっぱいなどと…………」

フォーゲンはそっぽを向いたまま前屈みとなった。

「おーい。そろそろ寝るぞー」

引き際が分からなくなってる私へのフォローだろう。ガザミが場仕切りする。

「やってらんね!やーってらんね!」
「フッ……まったく何を言っているのかわからんな……」

ケーゴとフォーゲンは同時に立ち上がり、そそくさと自分の寝具スペースへと帰っていく。
ガザミも欠伸をしながら焚き木の側を離れた。
夕餉もお開きだ。
私もホワイト・ハットにおやすみを言って席を立つ。

「母乳を出したくなったら、何時でも呼んでくださいね……」
「ないから……」

険悪なんだけど険悪じゃない。妙なテンションの中、皆は就寝した。

ともあれ、ダンジョン攻略は一区切りがついた。
続投するか否かは、明日の朝、皆で決めればいいのだろう……。

今夜は眠れそうにない。そう思いながらも、寝具に身を横たえた。

       

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Neetsha