リーダーの決断

◆ボルトリックの迷宮 B2F 中央広間

「兎に角、リーダとして!撤退を宣言します!!」

大声を張り上げるハメになる。
最も不満を露わにしたのは、撤退の理由にもなっている負傷者ガザミだった。

「コレくらいの傷直ぐに治る。このダンジョンにはもっとスゴイのが居る。ここでケツをまくるなんざ、アタシはゴメンだね!」
「まずはガザミの訴えですが……却下します!脂汗流しながら何いってんの。膝も笑ってるじゃない。なんと言われようと、ガザミの治療を最優先として、地上へ帰還します」
「あ?なんだコラ。脂汗だ?テメーはマンコからスケベ汁流しまくって膝笑かしてた癖に何言ってんだあぁ~ん!?」
「はあぁ?今そんなのでてませーん!でてませーん!ガザミさんバカ言わないでくださーい!そしてまるで反論になってませーん!」
「お前は、アレだろ!?私が誘ったんだから~とか、勝手に責任背負ってるんだろ?」
「そーですよぉ。それがリーダーの責任ですぅ。ガザミこそ、自分の怪我でミッション失敗になったっていう、かっこ悪くて皆に迷惑かけるような結果がイヤでゴネてるだけでしょ?いい?この先ソレが、怪我したガザミがゴネた所為でパーティーは全滅した、になる。そこを考えてよ」
「てめっ!怪我をしてても、アタシはお前より強えーんだよ!」
「なに?やるの?」

胸を突き合わせて睨み合う。相当状態が悪いのだろう、ガザミの眼は真っ赤に充血している。
腹に膝蹴りでもブチ込めば、それで終わる喧嘩だが……。

「シャ~~ロットォ~。そう言えばテメーとは最初っから馬が合わなかったよなぁ!?あ?」

あ?お?と言いながらオデコをぶつけて来るガザミ。
売り言葉に買い言葉で「私もお前が気に入らなかった!今日という今日は足を舐めるまで許さん!」……と喧嘩を始めるには、ガザミがやや入れ込み過ぎている。
私だってこの勢いで挑発され続ければ、いつまで涼しい顔していられるかわからない。
ぶっちゃけ何度かやってるやり取りだけれども、このままでは禍根を残す程の本気の大喧嘩になる。
その顔をがしっ!と掴み、強引に引き寄せてキスをした。

「んがっ……!?」

背筋を伸ばして硬直するガザミ。手がわきわきと動く。

「怪我人は大人しくしてなさい」

ガザミは真っ白な灰になってる。頬をぺしぺししても動かない。
取り敢えずはコレでよし。
次いで不満を訴えていたケーゴへと向き直る。

「はい。じゃあケーゴ。どうして帰りたくないの?」
「う……俺、このダンジョンに運命感じてるんだよ!ここから逃げたら、ダメなんだ。黙っていたけどさ、実は……俺の最初のダンジョンなんだ……。俺が本当にトレジャーハンターになれるのか、ミシュガルドでやっていけるのか、それを試されているような気がするんだ……」

人生を賭けての言葉。ガザミのワガママよりは幾分重たい。
薄々気付いてはいたけれど、言いにくかったであろう「本当は初心者なんだ」をカミングアウトしてまでの訴えは、無下には出来ないものがある。
自信をつけさせてやりたいとも思う……しかし、情に流されて判断を誤ってはならない。
恨まれても、ここは憎まれ役に徹するべきだと拳に力を込める。

「私だって、皆でお宝を持ち帰りたいけど……ガザミを見て。ケーゴはアレのアノザマを見て、本当にこのまま潜って平気だと思う?トレジャーハンターとして、いえ、冒険者として、仲間の命を何より大事にする。そんな決断を下せるようになることが大事なんじゃないの?」

「う……ちがう。仲間の事を考えずに功に焦ってるとかじゃないんだ……俺がこの先……本当にやっていけるかどうか。自分を信じれる何かが欲しいんだ……それが……この奥にある気がするんだよ……俺は……1人だって……そうさ。皆が帰るなら、俺1人でも……」

困った。
ケーゴはまだまだ子供だ。
その子供が1人親元を離れこの国に渡り、憧れていた冒険者になって生きていこうとしている。
古文字を見つけた時のキラキラした顔を思い出す。
真剣で真摯な我儘を、どう諌めればいいものか。

「ボクは母乳さえ飲めればそれでいいのです……」

やや腫れがましてきた顔でぴょんぴょん跳ねるホワイト・ハット。
そう言えば、この子は最初から報酬も何もいりませんってスタンスだった。
話が面倒くさく拗れる中、今まで一番面倒くさかった子に手が掛からないのは非常にありがたい。

「はいはい。交易所に戻って、その失敗したアンパンみたいな顔を医者に見てもらってから、母乳くれる人を探しましょうねー」
「ただ……ボクもこのダンジョンにはちょっと関心があります。この奥には何かが居るようです……」

ホワイト・ハット、お前もか。
その一言でしゅん、となっていたケーゴは元気を取り戻し「だよな?な?」みたいな事言ってる。
ガザミ、ケーゴ、ホワイト・ハット。3人が3人共「なにかがある」と言うが、私は「嫌な予感」しか感じていない。
コホン、と咳払いする。

「えー。ちなみに、フォーゲンは、私の意見に賛成してます!」

コクコクと頷くフォーゲン。
今やフォーゲンの存在はパーティーでも特殊なものとなっている。
何せあの圧倒的戦力だ。そんな彼が帰還すべきと判断している、この事実は重い。

「……オイ。ボルトリックさんの意向を伝えるぞ……」

ガモが割って入ってくる。コイツは嫌な奴で、ゼッタイに余計なことを言う。それが分かっているからイラっとする。
私は彼に鋭い視線を叩きつけた。

「スポンサーの意向もなにも、契約時に確認したとおり。現場での判断は私に一任されています」
「……日当は500YEN。財宝などがなくとも、クリア報酬は1人3000YEN出す……。ガザミへの高価な癒やしの薬を輸送中。必要ならば追加の人員も手配しよう……とのことだ」

ケーゴの顔がパァ!と輝く。
私は深くため息を付いた。今直ぐ引き返すという、もっとも確実な選択肢を封殺された気分だ。
ボルトリックの功名心で、仲間を失う訳にはいかないが、譲歩しなければならなくなる。

「……わかりました。今日はこのまま待機。明日の朝のガザミの回復具合を見て、進退を決めます」

このダンジョンこそが人生の試金石だと息巻く男の子は、よし!とガッツポーズをして、野営の準備に取り掛かり始める。

「まだ続行だって、決まったわけじゃないからね」

その背中にしっかり釘を差すが、わかってるって!との明るい返事が帰ってくる。いーえっ。ゼッタイ分かってない。
すっかり元気になって、先程の戦闘で役にたたなかったからと、1人で全部をこなす勢いだ。
私は野営準備を彼に任せ、フォーゲンに見張りを頼むと、ガモに現状を確認しにいく。
ガモは意味ありげな思い出し笑いを事務的な会話に挟んでくる。
はー…ヤダこいつ。オークがどうのこうのじゃなくて、ほんっとマジキモイ。

栄養豊富な食材と薬は今夜のうちに届けてもらい、補充人員は、明日アタックを中止する、若しくはガザミが回復して追加は必要ないとなれば帰ってもらう条件で、今のうちに手配して貰うことにした。
戦力の増加は基本的にはプラスになるのだけれど、追加メンバーの人格や相性によっては、逆にパーティーの和を乱すことになる。
場合によっては「イラナイ」と返答することも十分考えられるのだ。
そんな意味では、悪くないパーティー構成を組んだ自分を褒めてやりたい。うん。流石音に聞こえし女戦士シャーロット!

打ち合わせの終わり際に、嫌味を言ってやる。

「ガモ。アンタも少しは戦ったら?」
「フン。お前はお前の仕事をしろ。ダンジョンに男を漁りに来たようにしか見えんぞ。ククッ」

カッとなった私は彼の顔に思いっきり平手打ちをして、皆の元に戻った。


魔物の襲撃はないまま、無事に物資が届く。

「いい!いい!自分でやる!」
「なぁに~?口移しで薬が飲みたいってぇ~?」
「わーったよ!テメーマジでキスはやめろよ!?次やったら殺すぞ!?」

何故か盛大に赤面するガザミ。あんな事、よほどの非常事態でない限りする理由がない。
寝床の準備は勿論、手当までも拒んでいたガザミを黙らせ、内服薬を飲ませ、外用薬を塗布し、キツめに包帯を巻く。
あとは、肉と酒をありったけ。
内臓を痛めているのだから、食べるのも辛いはずだが、明日の朝までに絶対治してやると息巻く彼女は休むことなく食材に手を伸ばしていく。

「……なんで……」
「あ?」
「……もない」

なんでそこまでムキになるのか。一度帰って傷を治して、再度アタックじゃダメなのか、聞こうと思ったけれど、わかった気がしたので会話を打ち切った。
プライドが許さんからだ!と彼女は言うが、多分もっと「皆のため」みたいな、何かだろう。
食べたら寝てね、とテントを後にする。

「ガザミさん、これなんだけど……」

入れ違いで、ガザミに是非とも治ってほしいであろうケーゴが荷物を手にテントに入っていった。



◆ガモ


まったく今回の仕事は予想外のことばかり起こる。
最初のローパーもそうだが、ダンジョンの形が変わっていたり、配置したモンスターが消えていて、代わりに凶悪な魔物が現れたりと、解せぬ事が続く。
結果的には目的通りの流れなので、ボルトリックさんがなにかしたのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。
まあいい。俺は記録を取るだけだ。

「どうするんですか。その治療薬がどれ程の物かは知りませんが、今の状態じゃ良く見ても四分六で引き上げちまいますぜ」
『ガモ、こっちもナリ振りかまってられん。さっきな、甲皇国軍のエライお人が来てな、サンプル見せたら結構乗り気なんや。部下たちの感想をきくためにも是非にと言うんで、フィルムを複写して持ち帰ってもらった。〆て50000YENや。資金と機材の提供及び販路の確保も約束しとった。まだまだテストケースやが、だからこそ中途半端にはできん。打てる手は皆打つんや、ええか!食事の媚薬は倍にして、淫香も多めに炊いて、なんとしてもドエロい絵をガッチリ最後までお茶の間に送り届けるんやで』
「善処はしますが……すいません。シャーロットのやつが来たので、これで」
俺はボルトリックさんとの通信をやめ、機材のチェックを行っている体を装った。

「ガモ、例の薬と、そして補充人員の話だけど」

この女は俺を見下している。蔑んでいる。ハーフオークの俺は、この手の女の視線に敏感なのだ。
偉そうに振る舞っているが、このダンジョンに潜ってからずっと、主の命でコイツの行動を寝ずに記録してきていた。
ローパーの愛撫に腰を使うザマ。傑作だった深夜の自慰。木馬での痴態。テントでの少年との性行為未遂。
このたった2日で、この有様だ。今ココで俺が尻を撫でても、情けない声で鳴くんじゃないのかとさえ思える。
そうだ。オークに犯される女の話をきくが、コイツなら悦んで尻を振るのだろう。
俺を豚男だと、澄ました顔で下に見ているコイツこそが、まさにメス豚という訳だ。
そう思うと、思わずクツクツと乾いた笑みが漏れる。

「……悪いけどさっさと返事してくれないかな?私はね、お前がダイッキライなの。わかる?本当だったら口も聞きたくないのよ」
「……栄養豊富な食材と例の薬は今夜のうちに届く」
「そう、できるだけ急がせて、着いたら直ぐ持ってきて。補充人員は、明日アタックを中止する、若しくはガザミが回復して追加は必要ない場合は、帰ってもらう条件で手配して」
「……伝えよう」
「ガモ。アンタも少しは戦ったら?」

お前の主の依頼で、負傷した連れや、ガキが戦うことになるかもしれないのにお前はと、そんな苛立ちか。
奴等はダメだが、ハーフオークの俺が傷つくのは問題ないということか。

「フン。お前はお前の仕事をしろ。ダンジョンに男を漁りに来たようにしか見えんぞ。ククッ」

痴態を思い出しながら言い返してやる。
案の定真っ赤になったこの雌は苦し紛れに俺の頬を叩くと、踵を返し、最低だのなんだのと言いながら足早に立ち去っていく。
俺は尻肉を揺するような目障りな歩き方をする女の背中を睨みつけた。

「今にお前の立場をわからせてやるさ」



◆ボルトリックの迷宮 B2F 3-4日目 深夜

魔物が出てきた穴を塞ぎ、焚き木を絶やさず、ケーゴ、フォーゲンと交代で見張りに付きながら、明日のことを考えていた。
背に覆い被さってくるような不安。
過去何度かのダンジョン潜りの時とは、勝手が違いすぎるようなアクシデントが続いている。
一言で言うなら「何かが変だ」なのだが、それがケーゴたちには「何かがある」と感じ取れるのか。
最初は、湿った空気が流れているのに、カビ臭さもなく、どこか柔らかで甘い匂いが漂うこの迷宮の雰囲気を好ましく思っていたが、今ではそれすらも何か「不気味な予兆」に思えてならない。

「おしっこ……」

むにゃむにゃと眠そうにホワイト・ハットが立ち上がり、部屋の隅までふらふらと歩き、用を足す。

「ねーちゃん。代わるよ」

ケーゴが武器を手にやってきて、隣に座る。

「寝れてないでしょ?」
「なんか寝付けなくてさ……」

明日の冒険が続投になるかどうか、そんな緊張を持ち続けているのが見て取れる。
傍らにいるとドキドキして彼に触れたくなってしまい、慌てて立ち上がる。

「ガザミが元気になっても、ケーゴくんがフラフラしてたら帰るからね」

何かあったら笛でも吹いて、と彼に伝えて、持っていた薪を手に伸びをしながら自然に広間から出ていこうとする。

「あれ?」

ケーゴがこちらに何かを言いかけるが、トイレの可能性に気付いてか、黙って見張りの任に就く。

広間を出ると、私はやや早足となって、急ぎキャンプを離れる。
忌まわしい木馬の方面へ続く通路だ、いつしか駆け足となって、角2つは曲がった。

命を落としたかと思ったほどの戦いの緊張感やフォーゲンの衝撃があったとはいえ、ケーゴくんに「お預け」を貰った形になっていた身体は、夕餉以後触れずとも蜜を漏らす程になっていた。
さっき、濡れ透けた下着が張り付いたその有様をチラとでも彼に見せていたなら、また求めてくれたのだろうか。

ガザミが心配。ホワイト・ハットが心配。明日が心配。
そんな事情もあって、何とか自分を繋ぎ止め、皆の前では毅然と振る舞えたと思う。
でも、限界。

「はぁ…もぅ許して!!」

勢いよく下着を下ろし、その場に屈み込む。
ぽたぽたと床に飛沫が落ちる。
手にしていたのは、昼間に見たケーゴのソレとちょうど符号する太さ長さの薪。ちゃんとナイフで角を落としてあった。



◆ケーゴ

燃え盛る炎を見つめながら、そこに投影するように日中の出来事を思い出す。
ねーちゃんと裸で絡み合って、何度も触って何度も口吻した。
ちょっと思い出しただけでムクムクと股間が膨らみだす。

「今はそんな場合じゃねーだろ……」

自分に呆れる。先程テントの中で散々に射精したのにコレだ。
カーパー戦で戦えなかった情けなさ。この冒険が打ち切られてしまうかもしれない不安。
それらで胸が苦しいはずなのに、昼間見たあの裸が、感触が、熱が、匂いが、全ての感情を塗りつぶそうとしてくる。
さっきも真面目な会話の最中に、触れてしまおうかと思ってしまった。
おそらくは、護身用かなんかの薪を手に、トイレに行ったねーちゃん。
そんな趣味は全然ないが、用を足す処を覗きに行ってしまおうか、そんな助平心が暴れだす。
そうだ、心配だから見に来たと言えば、大丈夫じゃないか……。

「って!アホか俺は!!」

自分の頬を殴る。
殴った後に頬を抑え蹲って力を加減すればよかったと後悔した。
これはアレだ、飯を食べた後、ガザミさんに薬を届けに行った時に……。


────────────────────────────────────……

「ガザミさん。これ、出発の前に薬屋にあってさ、痛み止めとかも買っておいたんだ。使えるかな?」
「お。サンキュー……そんな顔すんなって。明日までには治すからよ」

酷く痛むのか、ガザミの顔色は悪く、言葉にも覇気がない。

「……いや。ダメだったらしょうがないもんな。ねーちゃんが言ってたんだ。身体を治して同じメンバーでまた行けばいいって。ボルトリックさんにはそれまで他に依頼をしないでもらってさ……」

「ケーゴ。商人なんて状況次第で約束を反故にしながら金を転がす生き物だぞ?そんな事やってたら、どこかのパーティーに根こそぎ持ってかれちまうぜ?」

確かにそうだ。それは商家の生まれである俺もよく知っている。

「いんだよ。冒険者なんてエゴイストで……それよりも、お前。もっとスゴイ薬持ってるだろう?」
「え…!?あ、え?なんで知ってんの!?」
「やっぱりな……以前似たような薬を使ってる奴が居たのさ。その薬、アタシにも分けてくれないか?」

確かに、ローパーと戦っているところを一番間近で見ていたのはガザミだったが、その観察眼に舌を巻いた。

「ああ…これが…」

懐から薬包を取り出しそこね、バサバサと落としてしまう。
聡明薬に、覚醒薬に、強壮薬に、媚薬。ご丁寧に全部名前が書いてある。育ちの良い自分が憎い。

「お前……なんでこんなモン」
「うわあああ!?あ、ちがうんス。残り2つは薬屋が間違えてセールスしてサビースしてくれたものなんス!」

緊張のあまり謎の体育会系の人格が顔を出す。
ガザミは媚薬を手に取り、ニタリと笑った。痛み止めが聞いてきたのか、すこし顔色も良くなってきている。

「お前……イザとなったらコレ使ってあの馬鹿メロメロにしてさ、俺が欲しかったら最下層までイケー、とか、帰ったら気持ちいいことしてやるから俺の言うこと聞けとか、何とか言ってやれ」

─────────────────────────────────────……


……なんてやり取りがあったからか、あの後から欲情が収まらない。
本当に、もし万が一、ねーちゃんが帰るといい出したら……。

パチン!と薪が爆ぜ、我に返る。
ねーちゃんはまだ戻らない。ガモの姿も見えなかった。
悶々としたまま、もし魔物がでてきたらどうするかをシミュレーションして緊張感を保ち続ける。
砂時計が落ちきり、フォーゲンを起こして交代を終えても二人の姿は消えたままだったが、それどころではない俺は急ぎテントに戻った。




◆ボルトリックの迷宮 B2F 中央広間 4日目 朝

「おーっす……」

ガザミは脇腹に貼り付けた外用薬の包帯をボリボリ掻きながら、ボッサボサの頭で大あくびしながら顔を出した。
野生動物のように、深い眠りに就いていた事が読み取れる。
包帯を解き、怪我の具合を確認する。
腫れが引いていた。
黒紫色だった痣は黄色っに置換されている。
驚異の回復力。
これはガザミが凄いのか、薬が凄いのか、その両方か。

「問題なさそうだよな!?」

ケーゴが同意を求めてくる。予想よりずっと状態がよく、これは同意せざるを得ない。

「うん……そうだね……」
「だから言っただろ。この程度、問題ないってよ……とりあえず、メシ」

どっかりと座り、早くも肉と酒に手を伸ばすガザミは、ケーゴに痛み止めのお礼などを告げている。
あの時ケーゴがガザミのテントに行ったのは……と納得した。
外用薬を取り替え、再び包帯を巻く。うん、確かに大丈夫そうだ。痩せ我慢でもなさそう。

「よっしゃ!」

ケーゴが飛び跳ねる。肩をすくめ、その無邪気な様を呆れ笑う。

「ほらほら。パーティーに怪我人は二人いるんですからね」

ガザミにギリギリまで身体を休める指示を出し、残りの皆で最年少メンバーの顔を見に行く。

「んー……」

腫れというものは、受傷直後より2,3日後にピークになることがままある。
今私が見てるホワイト・ハットの顔は、真っ直ぐ歩けるか心配になるくらい歪に偏っていた。
殴られた右半面がスンゴイ事に……。

「えーと……ガザミがどーこーじゃないかもしれない……」
「ほにゅーを、ふらはい……」
「そんな……」
「ほにゅーを、ふらはい……」
「みてよコレ。歩いてても右にヨレていくじゃない」
「ほにゅーを、ふらはい……」

ほにゅーをふらはいゾンビになってる可愛そうな子を指差す。見るも無残で落涙を禁じ得ない。

「う……いやコイツ、今までも戦ってないし、俺が背負うからさ、なんなら補充メンバー呼んでさ……」
「フッ……試しに母乳を与えればいいのではないかな……?」
「ほにゅーを、ふらはい!!!」

パーティーの中で最高ランクに位置づけされた彼の言動の前に、ケーゴは信奉者と化す。

「そだれよ!流石フォーゲンさん!!」
「ほにゅーを、ふらはい!!!」

ホワイト・ハットまで勢いついてる始末だ。
文脈に疑問を持つとかして欲しい。もしかして出ると思ってるのか、私のおっぱいから。

「ククッ……」

ガモの含み笑いが聞こえて、カチンとくる。

「そこの。そう、お前。仲間でもないのに口を挟むな」
「何も言っていない。仲間が大事だと言いながら、乳を吸われることを拒否する姿勢を笑っただけだ」

どうしてか、コイツに対しては暴力的に動く身体。再びビンタをしようと手を振りあげるも、今度は手首を捕まれガードされてしまう。

「あまり俺を舐めるなよ……」

ギリ!と力を込められて、痛みに上体が傾く。
何より、ガモの血走った目に狂気にも似た怒りの色が見えて、ビクッと竦んでしまう。

「フン……」

馬鹿力のハーフオークは手首を解放し、補充メンバーをどうするのか聞いてきた。

「……まって、もうすこし合議する」

彼に焚き付けられたからではない。悔しいけど、まずは母乳を与えるという荒唐無稽かつ理論的には何の効力もない提案に向き合う事にする。

「はいはい。仮に母乳が出るとしましょう。でも、母乳に傷を癒す効果があるとか、伝説の聖母でもありえません。それを知って尚、赤ちゃんと呼ぶには大きすぎるこの子に、おっぱい咥えさせろって?」

ジトー…と男性陣を見る。今更照れるように視線を逃がす二人。

「いやぁ……俺はよくわからないけどさ……やってみてもいんじゃね?って!あ、別に俺たちの見てないところでいいからさ」

あたりまえだ。

「フッ……つまりはそう言うことだ……」
「ほにゅーさえはへば!ほんはひふへへ!ひっふんへひひゃへふ!!」
「フッ……母乳さえあれば、こんな傷など一瞬で癒せる、だそうだ……」
「フォーゲンさんスゲェ!!」

そんな所まで絶賛しないでよろしい。
覗いたらブッ飛ばすからね、ときつく言い渡し、ぴょんぴょんするホワイト・ハットを連れて私のテント(新築)に入る。
ちょこん、と礼儀正しく正座する魔法っ子。
そう、これは大きな赤ちゃんだと自分に暗示をかけ、シャツをたくし上げる。
乳首は、子供じゃなく、大人の男性の愛を求めて勃起していた。

「……どうぞ」

パンっと手を合わせ擦るホワイト・ハットの仕草がなんか凄く嫌だった。
小さく柔い両手が伸びてきて、左右同時オペレーションで乳輪をなぞるように弄りだす。

えー!?可愛く吸い付いて、ちゅーちゅー吸って、出ないやとしょんぼりしてオシマイ、じゃないのー!?

ぎゅ、と摘んだかと思えば、引っぱり、痛みが気持ちよく感じるほど乳首を抓ったかと思えば、乳房全体をすくい上げるように脇から揉み上げたり。
たまらず仰け反って、濡れる。
ケーゴとは正反対。下腹部には一切の興味を示さず、ひたすらにおっぱいを責めてくる。

「ああーっっ!ひゃ、やめ……んんぅ!ふ!ふえぇ…!」

しつこくしつこく。
しつこくしつこくしつこく。
執念深く、執拗に。
あの手この手でおっぱいのみを弄ぶホワイト・ハット。
頭を抱きかかえて静止を訴えるが、責めは止まらない。
胸だけでビックビクにされた事は過去にあっても、陰部を無視されたことは一切ない。
ここも!ここも!と彼の手を引いてびしょびしょのお股にあてがわせても、その手はプイと乳房に戻る。
そして、ホワイト・ハットは何か丸薬とりだし、私の口にポイと押し込んだ。

「ひゃ!?ん?!」

ごっくんと飲み込む。お酒を飲んだときみたいな熱さが喉を走って胸に溜まった。そこから全身に広がる。
ホワイト・ハットが乳首にしゃぶりついてきた。
子供におっぱい吸われながら、一切触れてもらえないので自分で鎮めようと指を動かす。

「は、はぅう!ん!あぁん!ダメ、イクッ。自分でイッちゃうぅ──っ!!」

胸が切なくなるほど感極まって、泣くのと同時に潮を吹く。そして乳首からも……。

「いいぞ……もっと……もっとだ娘!!」

魔法少年の髪がザワザワと蠢く。
魔力が充実し、彼の全身から烈風が吹き出し、テントが飛ぶ。

「「あ」」

そこにはケーゴとフォーゲンが立っていた。


暗転──。



「うそー……」

信じがたいことに、ホワイト・ハットの顔は元通りに整復されている。
渾身の力で突き飛ばした時に、ゴキバキ!とか言ってた肋もすっかり治っているようだ。
いかに私が汚れを知らない乙女であろうとも、自分のソレにそんな力があるとは少しも思わない。
ともあれ、癒やしの奇跡は成った。
たしかにあの時、ホワイト・ハットの身体に変化があり、途轍もない威圧感を発していた。
隣でぴょんぴょん跳ねている、この子は一体……?

「ねーちゃん。……これ俺達も母乳飲んだほうがいいんじゃないかな……」
「フッ……ほんの罪のない戯れではないか……」

頬を腫れ上がらせている二人を無視し、私は出立の準備を進める。

ガザミは8割程度まで復調し、ホワイト・ハットは完全回復した。
探索は継続となったが、一つ問題を残していた。
上に来ているという、補充人員だ。

何時もなら彼の傍らまで行って行っていた業務連絡だが、仲間と準備しながら遠間を保ってガモに尋ねる。

「ガモ。それで、補充のメンバー候補にはどんなのがきてるの?名前は?まさか私の名前だして募集かけてないでしょうね?やめてよ、断るかもしれないんだから」

頭に思い描くのは、ヒザーニヤやダンディ。
彼らであれば、迎え入れない理由はない。
名も知らぬ冒険者も多数なので、結局来てもらうことになるのか。

「……詳しくは知らん。名前は確認する……モブナルドだそうだ」
「帰ってもらって」

私は笑顔で返事した。