Neetel Inside ベータマガジン
表紙

ノベル『ボルトリックの迷宮』
壁のちんちん

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◆ボルトリックの迷宮 B2F 深層

進めば進むほど、迷宮を流れる空気は水分を含みだしていた。
それは滝の傍らに立った時のような清涼感のある水気で、火照った肌に染入るようだ。
天井から水滴が落ち、酷いところでは湧き水が石壁を流れ落ちている。

「冷てっ!?」

ケーゴが首筋に落ちた水粒に飛びあがった。

「ダンジョンが地下水脈と隣接してたりして……浸水したらそれで終わりね」

壁が崩れて大量の水が渦巻き、逃げ場もなく溺れ死ぬ想像をしてしまう。

「大丈夫だよお姉さん。その時はボクが呼吸を補助する魔法を使うから……」
「うん。そ、その時はお願い」

本能的に口移し的なものを想像して顔に熱が籠る。
あんな事をされた後とはいえ、こんな子供に赤面してどうする。
頬を叩いて気合を入れる。今はダンジョン探索中!

「へ~魔法って便利だな」
「フッ……大したものだ……」
「男性陣からはお金を取ります……」
「へ~魔法使いってアコギだな……」
「フッ……出世払いで頼む……」

仲間の雑談を聞きながら先頭を歩く。
一番はしゃいでるのは冒険が楽しくて仕方がない、といった様子のケーゴだ。冒険初心者である事をカミングアウトして心が軽くなったのか、皆に話しかけたり質問したりでパーティーを繋ぐ要になっている。この先も、いろんなパーティーに呼ばれ、ムードメーカとして活躍するのだろう。引く手数多のトレジャーハンターとなり、酒場で見かけることが少なくなるのだろうか。

ガザミもリラックスしている。元々徒手で戦う彼女は、咄嗟の襲撃に自然体で対応する事ができる。ダラっとしてるように見えて、体幹を崩してはいないんだそうだ。私は彼女の腕を信頼している。次の仕事も、その次も、依頼を受けたらガザミを誘おうと思っている。

フォーゲンは、未だよくわからない部分があるものの、パーティーに溶け込んでいる様子だ。殿(しんがり)と称して一歩も二歩も離れた所を歩くのではなく、最後尾ながら皆のすぐ後ろに位置していた。今度の冒険が縁となり、彼ともまた冒険に出る日が来るのかもしれない。

ホワイト・ハットはふらふらと気ままに位置を変えている。私の隣を歩いていたかと思えば、ガザミの隣にいたり。ケーゴの前にいたり。フォーゲンのコートに張り付いていたり。鼻歌を歌ったり、拾いものをしたり、おっぱいがどーのこーのと独り言を言っていたりと、実に自由に振る舞っている。今後も街で顔を合わせる度に母乳を強請ってくるに違いない。

「ガザミさんは逆に水中の方が戦いやすいとか、あるんですか?」
「どうかな。溺れはしないが、アタシはもう地上戦の方が慣れてるからね」

迷宮はやや急な下り坂になる。淡く光る水蘚が一面に付着するようになっていて、湧水が床を流れている。
滑らないように!と声を掛けようとして、私が滑り、ぱぁん!と派手に尻を打つ。
プレートグリーブの靴底を新調しないといけない時期に来ているようだ。

「痛ぁー…」
「ねーちゃん……うおっ!?あぶっ!」

ケーゴが急ぎ手を差し伸べに来てやっぱり同じ場所の滑りで転ぶ。顔から突っ込んでくる男の子をお腹でキャッチする。

「何やってんだよ。ホラ」

魚人のガザミは流石の安定度。二人を一度に助け起こす。
フォーゲンは水の上を渡るような流麗な歩方をしていて危なげなく、水蘚を採取しているホワイト・ハットはぴょんぴょんしてて見ててハラハラするけど不思議と転ばない。ガモは重そうな機材を担ぎつつ、つま先から滑るように歩いている。足音を立てない暗殺者の歩き方の様だ。案の定ニヤニヤと笑っている。嫌な奴だ。

「フォーゲンさん、今度俺に稽古付けてくださいよ!」
「フッ……俺は厳しいぞ……」

迷宮はその口を地下に向けて開き続ける。
やがて茸の群生地を発見して、胞子を吸い込まないように!と皆に指示を出し、口を覆って通過する。
ホワイト・ハットがシメジ程の小さな茸群を魔道瓶に収めつつ、呟く。

「食べちゃダメですか……?」
「ダメです」

茸群生地を抜け、なおも下る。

「オイ……母乳の味はどんなだった?(ヒソヒソ」
「そうですね……やや塩気もありましたが、甘みが強めでよかったですよ……(ヒソヒソ」
「マジで!?甘いんだ……?」

聞こえてるっつーの。
乳臭くてゲロマズだった、とかじゃないので叱らずにおく。


和気藹々としてる仲間の姿に満足しつつも、私の胸の中には2つの不安が渦巻いていた。

1つは身体の淫感がどんどん高まってきてしまってること。
こっちの悩みは口が裂けても表には出せないし、解決策もないので、全身全霊で自分を律する他ない。
突如男性陣を襲い一人残らず食べました。なんて事になったら、以後私とダンジョンに潜ってくれる人はいなくなるだろう。
ガザミも裸足で逃げ出すに違いない。
下手すると伝説になる。

もう1つこそが本命の悩み。
この迷宮の奥に何だかすごく嫌なものがある気がしてならないこと。
『最初の迷宮とは違う何処かに迷い込んでしまった』ような気がしている。
『迷宮が、私達を欺いて何処かに連れ去ろうとしている』などという、荒唐無稽な不安を抱いている。
少女的だと馬鹿にされても、この話を口に出し、ガザミが治ったら行ける所まで行く、との約束も反故にして帰還するべきではないか?

パーティーメンバーの意思を尊重してあげたい気持ちと不安がせめぎ合い、後ろ髪を引かれながら歩き続ける。

何とはなしに、傭兵時代を思い出す。
──そこに行けば己の腕では帰れないと予感しながら、仲間が進むからと、仲間を見捨てられないからと、行動を共にする。そんな時に人は死ぬのさ──
仲間の誰かが、戦場で倒れた友人へと向けた、悲しみの言葉だったように思う。

下り坂が続く。
ここは地下二層だが、並のダンジョンなら地下四層にも五層にも相当する深さまで潜っている感覚がある。
石岩造りのダンジョンは、いつしかすっかり土壁の洞窟と化していて、至る所に謎の穴があり、それが嫌でも目につく。
ケーゴがその内の一つに注意深く近づき、松明を投げ込む。
生物の姿は見えない。穴はそのまま光届かぬ奥まで続いているようだ。
松明の煙が、近くにある他の穴からも漂い始める。

「複雑に入り組んで繋がっているのか。蟻の巣みたいな感じかな……」
「フッ……だとしたら1メートルくらいのアリだな……」
「出たら食ってみるか?」

突如巣穴から沸き出した無数の大型虫に集られる、そんな事になったら発狂できる自信がある。その証拠に、ちょっと想像しただけで意識が飛びそうになった。

「静かにしてて」

皆の歩みを止めさせ、戦斧を地面に打ち込み、柄を耳に当てて周囲の振動を探ってみる。
ズグン……ズグン……一定リズムでの拍動性の振動が、迷宮全体を包んでいる。地脈の流れ、とかいうアレだろうか?
肝心の虫這う物音は……しない。近くに生き物はいない。

「……差し迫った危機はなさそう。でも気を抜かずに。バックアタックには十分注意して。一斉に襲いかかられないように異変を感じたら仲間と共有して。イザとなったら引くことも考えましょう」

皆の返事がない。彼らに向き直り、腰に両手を当て、一人一人の目を見ながら、語気を強めてもう一度言う。

「こんな、いつ八方から敵の攻撃が来るかもわからない地形、戦場なら死地よ、死地。敵に知性があって、私達の動きを掴みながら殲滅の手立てを整えて来たら、万に一つも生き残れないの。わかる?アタシは強いから無双できるとか、俺は凄いから生き残れるとか、そんな戯言いうなら帰ります。本当なら即時撤退モノ。いい?それでも皆が進みたいって言うから進んでいます。危機管理はしっかり、情報は密に連携して、僅かでも異変を感じたら、どんな事でも即報告。わかった?」

「お、おう」
「り、了解!!」
「フッ……」

ちゃんとしてよね、と付け加え、再び歩き出す。
ガザミが皆を引き寄せ小声でしゃべる。

「なんだ?シャーロットの奴エライピリピリしてるぞ……(コソコソ」
「今少し怖かったですよね?(コソコソ」
「フッ……生理とか……(コソコソ」

フォーゲンは今夜張り倒す。
ホワイト・ハットがぴょんぴょんしながら私の傍に来る。

「大丈夫だよお姉さん。恐らく虫の襲撃はないでしょう……」
「だといいけど……」
「つきましては休憩タイムということにして母乳を……」
「絶対ヤダ」

ホワイト・ハットは足元の小石を蹴飛ばしながら隊列に戻っていく。
ケーゴは表情を硬くし背筋を伸ばして軍隊式に歩き、ガザミは時に首を伸ばして穴を覗き込み、フォーゲンはフェイントをかけて後ろを振り向いたりする。
気を引き締め直したパーティーは、モンスターの襲撃に備えつつ進軍し、ホワイト・ハットの予言どおり虫と遭遇することなく第二層最奥に到達した。


◆ボルトリックの迷宮 B2F 最奥の間

「『最早帰る道はない。太古の昔より我らに仕えし眷属が愚かな雄羊達を打ち殺すであろう』だそうです……」

扉の前に歩み出た魔法少年が、刻まれた古文字の意を皆に告げる。

「これってさ、なんの為に書かれてるんだろう?」

ホワイト・ハットと並び立ち、文字を見上げてケーゴがもっともな疑問を口にする。男性陣名指しなのだから、余計に気味が悪いのだろう。

「フッ……警告か。それが嫌なら引き返せ、と……」
「ボクが書くとすれば、そうですね、怖がらせるためです……」
「アタシには挑発に見えるね」

三者三様に答えが並ぶ。
どれが正解なのかは古代人に聞かないとわからないが、あまりにも芝居がかっていると言わざるを得ない。

「私は……残忍さを感じる」

戦斧を持ち直す。
ガザミはローパー戦の失敗からか、開扉役を他に譲る構えだ。
雄羊達が狙われている事も考慮すると、踏み込むのは私が適任だろう。

「ホワイト・ハット、ケーゴ、フォーゲン。少し下がって。準備は良い?」

ちょんちょんと扉に触れ、罠がなさそうなのを確認してから、扉を蹴り開ける。

そこは長方形の室内に、ドーム状の天井の大広間だ。
天井には、今までの通路にもあったものと同じ無数の穴があり、部屋の四隅には通路状の洞穴が見える。
敵、罠らしきものは見当たらない。

「まさか、4つに別れて進めだなんて──あれ?」

最奥の壁に何かが張り付いているようだ。微かに動いている。
一歩踏み込む。
床はぬかるんでいるが、脚を取られるようなことはない。
全方位を再確認してから合図するまで待機のサインを送り、単独で目標物に接近した。

壁から勃起中と思われるペニス様の突起物が生えていた。

「……」

パーティーを手招きする。
皆も肩越しに謎オブジェを覗き込む。
私からは特に何も言わない。
ガザミも何も言わない。
ケーゴもホワイト・ハットのお子様軍団も「ちんちんだ!ちんちんが生えてる!」と大喜びで騒ぎ出さない。

「フッ……」

フォーゲンが珍しく空気を読んでくれるのかと期待したけれど、何も言わずに黙ってしまう。
皆でちんちんを生やした壁を眺めたまま、無為な時間が過ぎていく。
無視して通り過ぎてもいいのだが、これがちんちんなのであれば、誰かが壁に埋まっている可能性も考えられる。
一刻も早い救助の必要性が出てくる。
結局私が口にする羽目になった。

「これ……ちんちんじゃ……ない?」

なんとなくケーゴに尋ねてみる。

「いや……俺のじゃないよ……」

そんな事は分かってる。

「フッ……触って調べる他あるまい」
「なるほど!流石フォーゲンさん!」

そして十の瞳が一斉に私を見る。
私は自分を指さす。
皆が頷き返す。
ちんちんを触るのは当然リーダーの役目だと言わんばかりだ。
言い出しっぺの法則だのなんだのと騒ぐ機会も与えられない。

「え~……」

ちょっとドキドキしながらそれに指先で触れる。新種のナマコかもしれないペニス様のモノはビクン!と反応する。
振り返り皆を見る。

「え?ホントにソレっぽくない……?」

皆は頷いたあと、厳しい顔になって静観の姿勢を固持する。
仕方ないので握ってみる。
それはビクビク!と手の中で脈動する。
この感触は、まさしく……。
振り返り皆を見る。

「ひ、ヒトのちんちんっぽい……?」

皆は大きく頷いたあと、一段と厳しい顔になって断固静観の姿勢を崩さない。
これが男性器だと確かめる方法。それは──。

シゴいてみる。

そのちんちん(仮)は、長さ太さは子供のケーゴにも劣っていたが、驚異の堅さでもって手を弾く程に跳ね上がり、びゅるるるるる!!!!と白濁をまき散らした。

「~~~っ!!?」

リットル単位で測れるであろう放精は、3回にも及んだ。
それは最後の生命力を精に変え、次世代に託そうとするかのような、盛大な射精だった。
胸で受け止めてしまった体液がムワッとした熱気と臭気を肌と鼻に運んでくる。

「……ちんちんです……」
「シャーロットがそういうならそうなんだろうな……。アタシはチョイと切り刻んでみて血が出ればそれでOKだと思っていたんだがな……」

ガザミにちんちんソムリエみたく言われて全責任を負わされる。
後でブッコロス。
今重要なのは、これがちんちんだった事。つまり……!

「やっぱり人が埋まってるんじゃないの!?」

壁は思っていたよりもずっと柔く、嫌な匂いのする粘土状の何かを塗り固めて作ってあった。
ヒトペニス(確定)の根元を掘り進めていくと、ただ痩せてるだけで、その結果腹筋が観察できる。そんな頼りない腹部が露出する。
まだ体温があった。

「口の位置を掘って!」

やがて現れた鼻と口。
そこには鼻汁と涎に塗れて苦しそうに苦悶した形跡がある……。
呼吸は止まっている。

「酷いことを!」

急ぎ鼻と口を塞ぐ土を払う。

「胸を出して!」

掘り返されたのは薄めの胸板だ。まるで鍛えられていない、貧弱な体つきである。学者の類かもしれない。
立位のまま胸骨部を圧迫する。グン!グン!と押し込んでいくと……壁の男はゲホゲホとせき込み、鼻と口の奥くから血痰混じりの泥土を吐き出し、呼吸を取り戻す。
ケーゴが、フォーゲンが、ガザミが、泥壁から全裸の男性を抜き出した。
身をうつ伏せに横たえた、貧相な黒髪男性が握りしめていたもの。
それは『─ガヤ・ラ・エキスト─』と名前が掘られているアミュレットであった。

「ちょ……モブナルドじゃない!?」

帰らせたはずの彼がなぜ?
ボルトリックに話が伝わっておらず、こちらに向かい、行き違いになって追い越され、私達があの扉を開ける直前、そこの通路を歩いている時に、『太古の昔より我らに仕えし眷属』の手によって泥壁に塗り込められた……無理やりだけれど、そうとしか考えられない。

モブナルドはパクパクと口を動かしている。
怯えながらも視点の定まっていない目は、結膜下出血により真っ赤に染まっている。
ブルブルと舌を震わせ、何かを伝えようとしている。

「え?何?誰にやられたの?何があったの!?」
「また来るぅ……!!」

広間にズシャン!と振動音が響く。
ズシャン、ズシャン、ズシャン……。
これは足音だ。
通路の向こうから、泥濘を渡って、サイなどの大型重獣を連想させる何かが来る。

「ヒィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」

モブナルドはライオンに襲われたインパラのような甲高い悲鳴を上げ、イヤイヤと首を振りながら失禁し、まだ思い通りに動かない四肢をバタつかせて這い、私の足に縋りついてナチュラルに下着を下ろそうとしてくる。
パンツを抑えながら、洞穴から漂ってくる異常な威圧感に釘付けとなる。

「ねーちゃん。こっちからも来るぜ……」

喉を掠らせケーゴが呟く。
四隅の通路の、ちょうど対角にある通路からも同じ足音が響いてくる。

「ケーゴ。頼りにしてるからね」
「ま、任せとけって!」

彼を鼓舞しなくては、と考えた末に、寧ろ彼に頼る言葉を口にしてしまう。
無事に戦いを終えたら、今晩にでもちゃんと私を抱いてね……とは言えず。心の中だけに留めて、魔法剣を構えるケーゴをみた。
ガザミもフォーゲンも厳しい表情で既に構えを取っている。

『……?????????……』

その何者かが通路の奥から、私達に向けて言葉を発してきたが、それはまったく聞き慣れない言語だった。

「……古代ミシュガルド語です……」

感覚を共有します、と告げたホワイト・ハットが杖で宙にルーンを描く。

『下位種の女が2匹。男が4匹か』

現れたのは、背中に甲羅を背負っている、2メートルはあろうかという巨躯の全裸男性。
毛髪、眉、その他一切の体毛は無く、頭部、頸部、体幹、四肢、全てが不自然なほどに盛り上がった筋肉に包まれ、ミチミチと軋んでいる。
その釣りあがった眼には残忍さを伺わせる知性の光があった。

彼と目が合う。
その瞬間、鎧が粉々に崩れ、衣服も千切れ飛んで奴の前で裸に剥かれてしまったかのような幻視に見舞われる。
慌てて視線を下げる。もちろん鎧を着ているし、服も乱れていない。
信じられない程の気当たり。
心臓がこれでもかと鼓動を速め、全身から汗が噴き出る。
過去どんな奴を前にしても、それこそ傭兵王として戦場で恐れられるゲオルク様の本気の殺気を受けた時も、ここまでの衝撃は無かった。

こちらが怯むのを見て、亀男は歪んだ口元に笑みを浮かべ、私の腕周りほどもある男性器をビン!と上向かせた。
それを見せつけるように、何度も。何度も。何度も。

「……下等なのはどっちよ」

言葉とは裏腹に、ゆっくりと、自然に、敵を刺激しないように斧を構える。

『こっちの雄は引き受けマシタ』
「フッ……まずは話し合おう。友よ……」

前の敵から視線を切り、背後に現れてフォーゲンと向き合っている敵を確認する。
同じ顔に同じ体格。同一種なのだろう。
フォーゲンならば、きっと倒してくれるはず。

「私とホワイト・ハットで前の敵を叩きます。フォーゲン、ガザミ、ケーゴは後ろの敵を!」

私が魔法の補助を受けて敵の攻撃を耐える間に、フォーゲン達、攻撃力特価のBチームが最速で敵を倒し合流する。
それが大まかなプランだった。この布陣でギリギリ何とかなる、そう予測した。

大丈夫!これでいける!項にビリビリと来るほど嫌な予感を跳ね返す。
敗北の先にある性的な暴力への恐怖を払い除け、強い気持ちで斧を握る手に力を籠める。

私は死なないし、たとえ死んでも負けない!

「皆!短期決戦で!火力を集中させて!行くぞ!」

戦斧を振り上げ、気合を吐く。
亀男が嬉しそうに目元口元を吊り上げる。

『女戦士か。いいぞ。永く尽くしてくれそうだ。上位種さまもお悦びになるだろう。なあ、そうは思わんか?』
『おお!雌が2匹か!俺も楽しませろ!こっちの強そうな雌を貰うぜ!』
『我らが上位種様の御心のままに』

敵の問いかけに答えたのは、フォーゲン達と向かい合っている個体ではなく、残る通路から新たに現れた二体の亀男だった。

ホワイト・ハットも知らない、謎の敵が四人。
古代語を使い、仕える上位種がいるらしい。
間違いなく彼らこそが、記されていた『太古の昔より我らに仕えし眷属』だ。
未知の亜人にしか見えないが、もし万が一、この亀男たちの正体が、古代ミシュガルド上位種なんていう神話や伝承クラスの住人が戦闘用に生み出し、使役してきた種族であるならば……その力は伝説級と言うことになる。
パーティーの命運はここに尽きてしまうだろう。

愕然と彼らを見つめる中、一体は嬉々としてガザミに向かう。
ガザミは毛を逆立て、身を低く構える。

「ちっ……上等だよ……」

もう一体はケーゴを標的として捉えた。

「マジかよ……」

ケーゴは微かに震えている。どう考えても彼の敵う相手ではない。それが本人にも分かっているのだろう。

「ホワイト・ハット、ケーゴのところに行ってあげて。ガモ!お前もよ!」
「フン。断る……とも言ってられんようだな」

ガモにも状況は見えている。既に背の曲刀と腰のククリナイフを2刀流に構えていた。思ってたよりもずっと強そうに見えるが……。

「子供たちの所に……おねがい!」

最早悲鳴に近い指示を出す。
フォーゲンが、ガザミが、ケーゴとホワイト・ハットとガモが、それぞれ戦いを始めようとしてる。

『別れ話は済んだかな?じゃあ始めるとしようか』

ハッと顔を向けて視線が絡むと、亀男は満足そうに目を細め、両手を大きく広げた。
身体を大きく見せる威嚇効果を狙っているのではない。
攻撃でも防御でもない。
ただ私を逃がさない為の構えだ。

じりじりと迫りくる敵の圧に後退し、壁際に追い詰められる。
お尻が壁に付いた。
抵抗しなければ。
せめて形だけでも抵抗しなければ。
頭ではそうわかっているのに、身体が動かない。

強そうな男なら幾度となく見てきた。
悪そうな奴に絡まれても、怖そうな奴を前にしても、危なそうな奴と口論しても、ここまで怯え竦んだ事はない。
その私が、どうして。

「くっ……」

『女は我らが主への捧げものになってもらおう。男は打ち殺せ』

退路はない。
最悪の敵に取り囲まれる、最悪の陣形で、パーティーは戦闘に突入した──。

       

表紙

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Neetsha