Neetel Inside ベータマガジン
表紙

ノベル『ボルトリックの迷宮』
最終話 ミシュガルドの冒険者達

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◆エピローグ


車は前方を明るく照らしながら林道を突き進んでいた。

出発直後に門に激突して歪んでしまった車体が、ガタンガタンと揺れている。
下腹に響く振動を受けながら、半日以上走り続けているために、お尻が痛い。

私は、馬車よりも数段早い速度で後ろに飛んでいく景色をぼんやり見つめながら、今度の冒険を思い出していた。
瞼を閉じれば鮮明に浮かび上がってくる恥辱の数々に身悶えする。
羞恥だとか怒りだとか、様々な負の感情が胸の奥で渦を巻く。
でも、今回の冒険──ボルトリックの依頼など受けるんじゃなかったと思っているのか?と己に問えば、答えはノー。

受けてよかった。

あんな目に会ってソレじゃ痴女扱いされかねないが、「皆と一緒に冒険出来て楽しかった」んだから仕方がない。
ダンジョン攻略の依頼を受けてから今日まで、長い夢を見ていたような、そんな冒後感があった。


「半分くらい来たのかな?」
「では代わろう」
「いや。まだまだイケるって」

ケーゴとガモが交互に運転をしてここまできた。
車が停止したのは、二人が座席を交換する時だけだ。
あ、あとホワイト・ハットがおしっこした時も。
傍目にも結構疲労しているように見えたので、後部座席から身を乗り出し、ハンドルを指さして二人に問う。

「それ、私がやってみようか?」
「え!?い、いや。いいよ!全然平気だよ。なぁ?!」
「フンっ。お前に運転ができるとも思えん。後ろで寝てろ」

何だか釈然としませーん。

「二人ともなんか顔腫れぼったくなってるじゃないの。私は少し寝てたから、ほら!代わりなさい」
「だーかーら!ねーちゃんには無理だよコレ」
「そうだ。お前みたいなガサツな女に扱える代物ではない」

エライ言われようだ。
やってみなくちゃ分からないでしょ!と食い下がったが、凄い勢いで首を横に振られて却下されてしまう。前見て前。
諦めて後部座席にもたれ、一頻り拗ねた後、ふと車内を見渡せば、フォーゲンがプルプルと老人のように震えている。

「……ん?」

私の膝の上に座っているホワイト・ハットもチワワのように細動していた。

「……んん?」

また二人が仲良く遊んでいる(よくわからないけど新しい遊びを思いついた)のかと思って視線を外し、再び外の景色を眺める──。

「……うぼァ」

隣のフォーゲンが変な声を発して盛大に吐瀉をぶちまけて、酸っぱい腐臭が漂い始めた。
あまりに不意打ち過ぎて悲鳴を上げて驚くよりも彼の身体を心配してしまう。

「だ、大丈夫!?」
「ウプ……フッ……なんのこれう!ウボァ!」
「ぎゃああああああっ!!!」

彼がこちらを向き、「う!」と言ってタメを造った後、私の胸元にゲロを吐いた。どろりとしたソレが肌を流れる不快感は、他の体液の比ではない。

「ぎゃああああああああああああああっ!!!」
「アロエっ」

続けざま、膝の上に座ってたホワイト・ハットが貰いゲロをして車内は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

「……気持ちワリィ……」

ガザミの顔色も相当に青白い。うっぷ!と頬を膨らませて口元を押さえている。

「ちょ!吐く時は窓の外に!」

ダウンしているフォーゲンとホワイト・ハットの二人を扇ぎながら、慌て彼女の頭を窓の外に押し出した。
その直後にガザミは吐瀉物を、必殺技か何かのように勢いよく噴き出し、胃強酸の香りに混じった未消化の肉と発酵したお酒の匂いが風に乗って流れ込み、剣士と魔法少年が同時にビクンビクンとえずく悲劇のシナジー効果を生み出す!

「「「ウオェ!!!」」」
「停めて!一度停めてーーーーーっっ!!!!」



◆ミシュガルドSHW交易所

パーティーは二日かけて交易所へと戻った。
正午に到着し、一端解散してそれぞれの宿に帰り、夜になってから酒場に再集結する事とした。
酒場の二階に宿を取っていた私は、荷物を置き、急いで欲場に行って身体を清め、着替え、宴会の準備を始める。

「おや。戻ってきてたのか」

酒場の主人のどこかぎこちない笑顔は、まだまだ惨劇の記憶が残っていることを現していた。
私はと言えば、あえてそれに気付かない体を装いつつ、嘗て手に入れた事も無いような大金の中から、気前よく500YENをドンと手渡した。

「今晩、これで皆に料理とお酒をバンバン出してあげて」
「これはまた……この前のボルトリックさんの仕事の後、また上手い儲け話があったのかい?」

当然だが彼は私達が甲皇軍に拉致されていた事など知らないのだ。
敢えて説明する事もないので、「ま、まーね」とか、そんな感じにお茶を濁す。
主人は使用人を市場に走らせてから、腕によりをかけて料理を提供すると約束してくれた。

「ありがとう。よろしくね」

さて、宴開始まであと数時間は自由時間がある。
どうしようかと思案中、目の端に、酒場の隅に座っているフォーゲンの姿が飛び込んできた。
あれ?もしかして彼、宿無し……?

「フォーゲン、お風呂くらい行ってきなさい。宴が始まったらいつ終わるか分からないんだからね!」

そう。冒険の打ち上げは下手をすれば数日間に及ぶこともある。
その間は、突然本気で格闘技勝負を始めるようなのもいれば、脱ぎ始めるようなのもいる。
お酒に潰れればその場で床に転がり、起きてからまたお酒を飲むような、乱痴気騒ぎとなるのだ。
冒険者ってそんなものです。ええ。

ケーゴにはキツイかもしれない……。

「フッ……俺はこのままでいい……」
「いや。なんか洗ってない犬みたいな匂いしてるから」
「フッ……俺はこのままでいい……」

人の話を聞け。
彼にそっと顔を寄せ、耳元でボソッと呟く。

「ケーゴに……フォーゲンは即昇天してましたーって、教えちゃってもいいの……?」
「フッ……思い出してみれば、拙者、幼少の頃は風呂桶の中に住んでいるのではないかと噂されるほどのお風呂大好き侍でござった」

「行ってきまーす」みたいな軽い返事をして、お風呂大好き侍は外に飛び出して行った。

「まったく……」



◆打ち上げ


「はい。お疲れさまでしたっ。今日は私の奢り!好きなだけっていうか、私がイイと言うまで!飲んで食べてバカ騒ぎよろしく!」

ワーッと声が上がったのは、酒場全体から。
今日この場にいる、知ってる顔には料理を振る舞い、知らない顔にもお酒一杯を奢る事にしている。

「今夜は楽しませてもらうぞ」

背中を叩かれ振り向くと、そこにはガハハと笑うダンディと、ヒザーニヤが立っていた。

「何にしてもよかった。では、お言葉に甘えさせてもらうよ」

グラスを手に安堵の表情を浮かべるヒザーニヤ。
彼は私が拉致られたのを知って、アレコレ手を尽くしてくれていたらしかった。
彼に感謝を伝え、ダンディも交えてハイランド時代の思い出話に花を咲かせる。

そこに馬鹿猫三兄弟が指を咥えてやってきた。

「なぁ?なぁ?」
「俺達は?俺達は?」
「食っていいのか?飲んでいいのか?」

野良猫3匹を無視して談笑を続け、「じゃあ、楽しんで」と盟友の隣を離れてから、顔見知りだが仲間ではナイ3匹にジットリとした視線を向ける。

「……ま、いいでしょ」
「ヒャッハー!」
「イイとこあるぜ!痴女!」
「痴女!痴女!」

くっ。やっぱ腹立つ。
顔見知りがお礼代わりの挨拶にくる最中、パンツ降ろしを狙ってきた悪ガキをヒラリと躱し、今日は無礼講だから吊るすのは勘弁してやりましょう、とお菓子を与える。
その中にフリオの姿はなかったので「あの子にもお菓子持って行ってあげてね」と伝えて解放した。


「オイ主人!もっと強い酒はねーのか!?」

ガザミは手掴みで肉を貪り、亜人殺しの名酒を一気飲みして喝さいを浴びていた。
その足元には、軟体動物のようになったモブナルドが倒れている。自発呼吸しているかどうかも疑わしい。
アタシの酒が飲めねーのか攻撃による最初の犠牲者だろう。
あのテーブルには近寄らないでおこ。


「フッ……」

フォーゲンはホワイト・ハットと定位置に腰を下ろし、チビリチビリと酒杯を傾けていた。
ホワイト・ハットは彼のマネをして水を飲んでいる。
陰キャラな剣士さんには、この賑やか空間は苦痛なのかもしれない……。
無理に手を引いて皆の前に連れ出す事はしないでおきましょう。
酒場の従業員を捕まえて、あのテーブルに一番いい肉を使った料理を、と伝えた。


ハーフオークの戦士は、出入り口近くの壁際で酒を飲んでいた。
誰とも打ち解ける気が無い……と、他人を寄せ付けないオーラを放っているけれど、知ったこっちゃないのでズカズカとパーソナルスペースに踏み込む。

「ガモ。来てくれてありがとう」
「……俺はもう帰るぞ」
「分かってますって。パパのお世話があるんでしょ?」
「だから違うと……」
「今後もヨロシク!」
「フンっ……」

彼はグラスに残った酒を飲み干すと、空になったそれを私に預け、その場を静かに立ち去った。

「ガモ……帰っちゃったのか?」

小皿を手にしたケーゴが隣に歩み寄って来る。
彼もガモを気にかけていたのだろう。

「うん。顔出さないかもって思ってたくらいだから、私と会話するのを待って帰っただけでも上出来かな」
「そうかもな」
「ケーゴも、来てくれてありがとね」
「あったり前だろ、俺はサブリーダーなんだからな」

少年は、へへ、と照れたように笑った。

「あのさ……ちょっと、いいかな?」
「ん?」
「ここだとアレだから、ちょっと外で……」

小声で場所の移動を促され、彼について外に出る。
夜風が冷たく、酒と熱気に火照った肌を心地よく冷ます。
そのまま人気のない、裏路地へ。
少年は発光しそうなほどに顔を赤くして。汗をかきまくっている。
一瞬、ほんのちょっとだけ、「野外エッチ」みたいな単語が浮かんだが、どうもそうではなさそうだ。

「これ……」
「あ、ナニコレ。カワイイ」

彼が差し出したのは、ピンクの護石を装飾した首飾りだった。

「来る前に見かけてさ、ねーちゃんにいいかなって、さ。ハハッハハハッ」

少年はめっちゃくちゃに照れまくっていた。
女に物を送る、その行為自体に慣れていないのでしょう。

「ありがとう……」

ケーゴの前でアミュレットを身に着け、胸元に垂らして見せた。それは、彼にとって想像通りの姿だっただろうか?

「お、おう!じゃあ!戻ろうぜ!主役が居なくちゃはじまらないからな!でも今回の冒険はほんと勉強になったよ!俺、やるよ!冒険者!ミシュガルドを制覇して故郷に聞こえるくらいの勇名を轟かせ──」

物凄い早口で捲し立てながら、彼は大股で歩き出し、私はその後ろに従って酒場に戻った。



メンバーに感謝の宴を催し一日中大騒ぎして、やっと日常が戻ってきたことを実感し──それから3日3晩、他の客を巻き込みながら、お酒で記憶が怪しくなる程のバカ騒ぎをして、今度の冒険は終了した。




◆深夜……ホワイト・ハット


交易所全体が寝静まっている深夜3時頃。
窓をコツコツと叩いて部屋を訪れた客人は、ホワイト・ハットだった。
魔法の力で風を纏い、すぐそこに浮かんでいる。
翠に輝く魔光を宿す瞳から、彼が「覚醒」状態である事が伺えた。

「……普通に訪ねてくればいいのに」

魔法少年はふよふよと緩く飛びながら窓枠を跨ぎ、部屋の中へと降り立った。

「娘。約束の母乳を貰いに来た」
「あー……う、うん。ワカッタ」

確かにそんな約束していた……。

──暗転──

私は窓を開け放って室内の熱気を逃がす。
彼は旅に出る前に、約束の母乳を受け取りに立ち寄ったと言っている。
そういえば、今度の冒険で気になっていたことがあった。
この際だからと尋ねてみる。

「ホワイト・ハットは……古代ミシュガルド上位種だっけ?それなの?」
「多分……そうなのだろう」

よくぞ見抜いた!と不敵に笑いだすかと思っていたが、その返事はどこか寂しげな愁いを帯びたものだった。
この感じ……彼も自分が何者かちゃんと理解していないのかもしれない。
会話はそこで途切れ、室内を沈黙が支配する。

「娘。以前お前には魔法の才能があると伝えた」
「まさか勘違いだった、なんていうんじゃないでしょうね」
「その力の一端について、話しておこう……」

何時もより幾分大人びた面差しの彼の目は真剣そのものであった。
え!?何?そんなヤバい力なの!?

「お前の力は、どうやら周囲の仲間の力を増幅させる類の物のようだ」
「へぇ……」

特にヤバそうでもなかった……。
私は無意味に己の掌を見つめて、ニギニギと動かした。
そこには特別なパワーは感じない。

「迷宮での戦いで、ケーゴやフォーゲンは、無自覚の内にその魔力の恩恵に与っていたようだ……」

そういえば、ケーゴが興奮気味に語っていたような気がする。「薬を使わずとも、潜在能力を引き出せた」とか……。
そして、なんとなく分かってきていたフォーゲンの変化。あのスイッチにも私の力が影響していた?
いつもよりスイッチが入りやすい状態になっていたとか……?
なんにしても、それが皆の一助となり、全員で無事に帰還できたのだとしたら嬉しい事だ。

「……私にねぇ」
「その力。俺以外にも気付いたものが居る。気を付ける事だ」

脳裏に浮かんだのは、ニコラウスやロスマルト達の名前。
でもこれが、彼らが欲するような能力なのかはわからなかった。

「では……」

彼の身体は再び風を纏い、ゆらりと浮き上がる。
マントを翻したホワイト・ハットに、どこへ?とは訪ねなかった。
きっと、彼はこれからミシュガルド全土を旅するのだろう。
自分自身のルーツを探して。

最初は変な子だと思っていたホワイト・ハット。
その姿は漆黒の夜闇に消えていった。



◆早朝……フォーゲン


「フッ……タマキーン」

フォーゲンは何時もの席で酒場に迷い込んでくる野良猫のタマタマを摘まんでいた。

「……少し、宜しいか?」

挨拶しようとした私より先に、彼に歩み寄った人物がいる。
年の頃なら私達より若干若い女冒険者で、その風貌からフォーゲンと同じ「東国人」である事が分かる。
彼女はなかなかに過激なコスチューム(っていうかそれこそ痴女!私なぞぜんっぜん普通)に身を包んでいて、フォーゲンは猫のタマタマを触ったまま硬直していた。

「フッ……?」
「小生、名は宮本武美と申す。フォーゲン殿とお見受けする……」

フォーゲン……Vライン凝視しているのバレバレだから。

「お噂を聞いた……剣の達人であると」

冒険後、ケーゴやガザミが吹聴したのだろうか。その剣名は交易所中に広まっているらしい。

「フッ……俺の剣が必要か……」

顔を真っすぐに宮本へ向け、そのまま眼球だけは彼女の股間に向けて稀代の剣士が見栄を切る。
見ている私が恥ずかしい。

「御助力願いたい。同郷の者であれば、連携もし易かろう」
「敵討ち……か?」
「いや、討伐依頼だ。少々手強そうなので、相方を探していた」

フォーゲンは何事か思案して、そして何故かこっちをチラリと見る。
私は掌をヒラヒラさせて答えた。
彼の視線を追って宮本は振り返り、スッとした所作でお辞儀をする。

「そうか。先約がいたのか」
「ああ。チガウチガウ。お気になさらず」

なんとなく漠然と、今後も一緒に仕事をするだろうと思ってはいたのだが、そんなふわりとした理由で今回のメンバー全員を拘束するわけにもいかない。
彼等には彼等の生活があり、冒険があり、人生があるのだ。
ホワイト・ハットにしても。
フォーゲンにしても。

「フッ……いいだろう」

そう答えた彼の顔は、ギリギリ鼻の下が伸びているかいないかといった具合で……いや、伸びてるか。
剣士は立ち上がり、宮本と微妙に広めな距離感を保ったまま、連れ立って酒場を出ていく。
私は彼に「何か凄く重大な事」を伝え忘れている気がしたが、思い出す事が出来なかった。

「……なんだっけ……」

まあ、いいか。



◆正午……ガザミ夫妻


「つー訳でよ。まあ、ちょっと行ってくるわ」

それは、個人的なお礼からガザミに昼食を奢っていたテーブルでの事。
肉を飲み込み酒を咀嚼しながら、ガザミは唐突に話を切り出した。
ん?今なんか何の前触れもないまま「つー訳で」って言い出したような?

「あ、ゴメン。ゼンッゼン聞いてなかった。ええと、何?」
「だからよ。つー訳だからよ」
「いや。だから何が?」
「仕事だって言ってんだろ」

私は別にガザミとコンビで仕事をしている訳ではない。
だから、どんな仕事を請け負ったにしろ、彼女が私に訳を説明してから行く必要はない。
にもかかわらず、微妙な言い回しで「そんな訳だから~仕事をしてくる~」と言い出した理由がサッパリわからなかった。

「そこじゃなくてその前。どんな訳だから、なんの仕事を引き受けたって?」

心なしかガザミの顔が赤い。そして答えない。

「オイ。行くぞ……」

代わりに、背後から聞き覚えのある男──ハーフオークの戦士、ガモの声がした。

「オ、オウ。行くか」

ガザミは皿に残った肉をひっつかみ、酒瓶を握ると席を立つ。

「じゃーな」

ああ、そうかそうか。成程っ。
ガザミはガモが入店してきたのを見て、自ら「じゃあ、訳があってガモと仕事に行ってくる」なぁーんて牽制したのだ。
それで追及をかわしたかったのだろう。
語るに落ちるとはまさにこの事。
これでは「ガモと仕事したいからガモと一緒に行ってくるぅ♪」と言ったも同然だった。
本当に仕事なのかも疑わしい。

「喧嘩せずに頑張ってね」

私は椅子に座ったまま、ニッコニコしながら二人の顔を交互に見上げる。

「うるせー馬鹿」
「あ。なにそれ。なんで仕事頑張ってって言ったら馬鹿なの?」
「馬鹿は何言っても馬鹿なんだよ!じゃーな!」

返事になってない返事を残し、ガザミは逃走した。
ガモは彼女を追い、背を向けて歩き出す。

「ガモ。仕事終わったら顔出しなさい。御飯奢ってあげるから」
「フン……」

彼は振り返らず、歩みを止めず、ただ素っ気無く片手をあげ、通りへと姿を消す。
直ぐそこにボルトリックの馬車が来ていたのだろう、「ほな行きまっせ!」的なお下品ボイス、馬の嘶きが聞こえてから、車輪が砂利を踏み鳴らす音が遠ざかって行った。



◆夕刻……ケーゴ


「じゃあ、行ってくる」

靴ひもを結び、荷物を背負い、ケーゴは私を振り返った。
その目は新たなる冒険の舞台を見据えて、キラキラと希望に輝いている。

「気を付けて」
「……シャーロットも」

パタンと扉が閉まり、階段を駆け下りる音が聞こえ、そしてすぐさま窓下の酒場前通りからワイワイと話がする。

「よし!行くぞぉーーー!!!」
「ちょっと待てコラァ!なんだよケーゴ!この重たい荷物は!」

ケーゴの声、そしてデコっぱちの子の声だろう。
ひょいと窓枠から身を乗り出す。
朝日が反射して、ベルウッドの前頭部がキラリと光っている。
口がきけないエルフの少女が私に気付き、ペコリとお辞儀をした。

「お前は役に立たないんだから、それくらい持てよ!って言うか自分から荷物持ちでも何でもやるから連れてけって言ったんだろ!あとそれな、20万YEN以上するめっちゃ高価な機材だから、壊したら弁償な」
「げーーっ!そんなの一生かかっても払えないじゃんか!」
「だからちゃんと持ってろよ!」

ケーゴはお詫びの品として、あの「カメラ」と「映写機」をロンズデールから貰い受けていたのだ。
彼の新たな冒険を記録し、広めるために──。

「まずはここから北に向かう!」

意気揚々とリーダーを務める彼の後ろ、タタと歩み寄るアンネリエ。

「うぎぎ!マジで!マジで重いから!あ!今ピキッって言った!背骨がピキって!」

ガニ股でヨタヨタと後を追うベルウッド。
そのまま外壁を超え、子供たちは交易所を去っていった。


いつの間にか外には秋風が吹いていた。






パーティーが解散して、早一月が経過した。
その間、私は十分に体を休め、ダメージから回復して、日々酒場の一階でのんびりと過ごした。
ダンディやヒザーニヤ、フリオにモブナルド、馬鹿猫三兄弟とトンブゥ……何時ものメンツがいて、皆忙しく生活している。
ガモとガザミも、ホワイト・ハットも、フォーゲンも、そしてケーゴも、まだ冒険から戻っていない。

当面、それこそ年単位でお金の心配はないが、なんとなく気が急いできた。

よし!また新たな仕事に向けて動き出そう!

一念発起。
そうと決めれば魔法具店や市場を練り歩き、掘り出し物っぽい魔力を帯びた戦斧(効力不明)を値切り倒して入手する。
なじみの工房で、魔法戦斧への魔胆石埋め込みをお願いし、軽さと堅さを備えた「ミスリル」を素材とした鎧を、今までのデザインそのままでオーダーして、十日でそれらを受領し、マントや変えの衣服、油やロープ、携帯食に革袋、羊皮紙とインク……次なる冒険の準備を粛々と整えた。

新しく自分の仕事を入れてしまえば、皆とすれ違ってしまう……ちょっと前まではそんな気持ちでいたのだけど、今は冒険者として再び歩き出す事が、彼等と再会する一番の近道に思えたのだ。

「負けてられないしね……!」

歩き出したその先で、また皆と交わることもあるでしょう。
その時を、楽しみに。



──で。

仕事を探し始めたのだけど、三日続けて空振りに終わっている。
あまりの手応えの無さに、一向に風化してくれないあの出来事以後、仕事を失敗したわけではないけど、私の冒険者としての手腕に悪い噂でも立っているんじゃないかと訝しみ出した程だ。

「はあっ」

溜息をつき、朝食をつつく。

「浮かない顔をなさってますね」

不意に、誰かがポンっと私の肩を叩く。
親し気に触れてきた手を辿って見上げれば、爽やかなイケメンと……言えなくもない男性が立っていた。

「……」
「……」

知った顔ではない。
一見して無害っぽそうではあるが、何故か有害極まりないボルトリックとの出会いを想起する。

「私はSHWの商人、デスク・ワークと申します……戦闘の方は専門外でして、ぜひ貴女にキャラバンの護衛をお願いしたいのですが」

そのニコニコの笑顔──。
う、うさんくさい……。
でも、丁度いい。
新しい武器防具で腕試しをしましょうか。
魔法の力とやらも、試してみましょう。
私は立ち上がり、彼の前でふわっと後ろ髪を掻き上げる。

「ハイランドの戦士シャーロット。仕事をお受けするかどうかは、報酬次第という事で」



私は冒険者として、今日も明日も、このミシュガルドで生きていく──。





ボルトリックの迷宮 <おわり>

       

表紙

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Neetsha