Neetel Inside ベータマガジン
表紙

【ミシュガルド】Calling
ロー・ブラッド

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黒コゲのミートパイの味を思い出せなくなってから、何年経っただろうか。

子供たちと一緒になって作ったそれは、黒コゲで、ミートパイと呼ぶのもはばかられる様なものだった。
妻の得意料理のひとつであったが、なかなか同じように作るのは難しい。
子供たちがその『ミートパイらしきもの』を口に運ぶと、「にがーい!」と言って妻に抱きついた。
私の口の中にも苦々しい味が広がったが、それはとても、暖かな味だった。





ロー・ブラッドがその男と最初に出会ったのは、交易所の裏通りの、小さな酒場だった。
「相席、いいかい?他に空いてなくてよ!」
ローが一人で酒を煽っているところに、その男は酒が並々と注がれたであろうジョッキを片手にやって来た。
酒瓶と小さなミートパイが置かれた丸いテーブルに「ドン!」とジョッキが置かれた音が響く。
(匂い、音、魔力から察するに・・・人間か。)
腕と脚から鎧と思われる金属音が聞こえるが、全身鎧ではない。おそらく傭兵だろう。
先の甲皇国との戦争による負傷で視力を失っていたローは、視力以外の手段で周囲を認識できるようになっていた。
アルフヘイム出身の獣人であった彼は、もともとそういった検知能力は高かったが、視力を失ったことでそれは更に高度なものとなっていた。
さすがにその男の顔色までは読み取ることはできないが、すでに出来上がっているのか、やけに馴れ馴れしい男だった。
「相席はかまわんが・・・私は静かに飲みた・・・」
「それじゃあ二人の出会いを祝してカンパーイ!ガハハハハ!」
長い夜の始まりだった。

バウム・ライオットと名乗ったその男はやはり傭兵だった。
ミシュガルドへ来た古い友人を探しに、後を追って来たのだという。
酒が入っていたせいか、その男の独特の雰囲気が手伝ったのか、不思議と会話は途切れなかった。
「ミートパイ、好きなのかい?」
テーブルに置かれた小さなミートパイを視線で指しながら、バウムはすでに何杯目かわからないジョッキを煽った。
「そうだな・・・。妻の得意料理だった。私も子供たちも好物だったよ。」
「へぇ、そりゃあいいな。嫁さんと子供も一緒にミシュガルドに来たのかい?」
「いや・・・死んだよ。先の甲皇国との戦争で。」
がぶがぶとジョッキから酒を流し込んでいたバウムは、バツが悪そうにジョッキを下ろす。
「あぁ・・・悪いこと聞いちまったな。すまない。」
「かまわん。昔の話だ。」
ローは、ぐい、と酒瓶を煽ると、それまで手をつけられていなかった小さなミートパイを、ひょいと口に運ぶ。
「まずいな・・・。」
まるで苦虫を噛み潰したような顔だ。
料理がうまいと評判の、ミーリスの酒場で出されるミートパイならば、こんな顔にはならなかったかもしれない。
それを見たバウムが、ガハハと笑う。
「そりゃぁ嫁さんの手料理が一番だろうよ。特にここの親父の料理はまずいしな・・・。なぁ、親父ィ!」
バウムが声を張り上げると、厨房の方から「うるせぇ!ツケ払ってから言え!」という言葉が返ってくる。
そのやり取りを聞いていたローは、「フッ・・・」と少しだけ笑った。



2度目にその男と会ったのは、路地裏で亜人に暴行を加え、通行料などとほざき金を巻き上げようとしていた人間の警備兵どもを皆殺しにした時だ。
「おーおー、虫の居所が悪いようだが・・・飲みすぎたかい?」
十数メートル後方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「貴様は・・・酒場の・・・」
ローが男の方へと振り返ると、足元の血溜りがピチャッと音を立てる。そこには、数日前に酒場で出会った男ーバウム・ライオットがいた。
「何の用だ。まさかこんなところへ酒を飲みに来たわけでもあるまい。」
「仕事だよ、仕事。一応傭兵なんでね、いろいろ厄介ごとも頼まれるのさ。」
男は肩をぐるぐると回し、準備運動のような動きをしながらゆっくりとこちらへと歩を進める。
「エルカイダの獣人を退治してくれ、ってな。まさかアンタだとは思わなかったが。」
どうやら誰かが傭兵であるこの男に依頼したようだ。おそらくは甲皇国関係者だろう。
エルカイダは反甲皇国の意思を持つ者で結成された過激派組織だ。各地で甲皇国へ対しての攻撃を行っている。それはミシュガルド大陸でも例外はなく、甲皇国としても頭を悩ませており、殲滅を急いでいた。
だが、アルフヘイムとの停戦から数年経っているとはいえその傷跡は大きく、ミシュガルドへの調査隊なども出している現状、人材は圧倒的に足りていない。
死んでも影響のない使い捨ての駒としては、傭兵は最適だった。
「ああ、あの時酒場で会ったのは偶然だから気にしなさんな。依頼を受けたのはあの後だ。監視してたとかいうわけじゃない。」
否定のニュアンスを含んでいるのか、バウムは手をひらひらさせる。
退治しに来たという割には、その挙動には緊張感がない。相変わらず妙な雰囲気の男だ。
「貴様は人間だが・・・私と同様に甲皇国に奪われた側の人間だ。できれば無駄に殺したくはない。去れ。」
先日の酒場で、バウムの故郷も甲皇国の侵略を受け、今では属国となっていることは聞いていた。
ローは家族を殺害した甲皇国の人間を激しく憎んでいたが、人間すべてが憎いわけではない。ゆえにエルカイダへと身を置いたのだ。
もっとも、こいつらのような屑は例外だがー。バウムに向けた視線を動かすことなく、ローは足元でうめき声を上げていた警備兵の頭をぐちゃりと踏み潰した。
その様子を見ていたバウムが、ふぅ、と息を吐いた。
「アンタ、もういいだろう?もう十分すぎるほど殺したはずだ。そろそろ・・・楽になったらどうだい。」
「・・・十分?十分だと?」
ローの顔が途端に険しいものとなる。全身の毛は逆立ち、歯は砕けんばかりに強く噛み締められている。
「貴様にわかるか!?いや、わかるまい!目の前で愛する者を殺され、奪われ、虐げられた者の憎しみが!この程度では足りん!甲皇国の連中を皆殺しにするまでは終われん!」
エルカイダに身を置いて数年。すでに3桁を超える甲皇国の人間を殺してきた。だが、この感情は消えない。
ただひたすらに甲皇国の人間を殺す。その根底にあるのが憎しみなのか、それとも別の何かなのか、すでに彼は見失いかけていた。
だが、その『何か』は、今の彼を支える唯一の物だった。それを否定することは、彼の存在を自ら否定することに等しい。
その感情を知ってか知らずか、バウムが視線を向けた。それは哀れみとは違う、どこか寂しさのあるような目だった。
「そうだな・・・残念だがわからないだろうな。だが、だからこそ、だ。」
バウムは体の前で両の拳をガン!とぶつけ合わせた。
「言葉で諭すつもりはない。アンタが背負ってるモンごと、正面からぶっ潰す。俺にはそれしかできん。そしてそれがアンタに対する俺なりの礼儀だ。」
「人間風情が・・・」
ローは腰に携えていた棍棒を手にすると、自らの手首を噛み千切り、流れ出る血を棍棒へと振りかけた。
やがてその血は徐々に固まり、刃のような鋭い形状へと変化していく。
ローは自らの血液を自在に操る力を持っていた。武器とすることも、鎧とすることもでき、当然止血も自在だ。
普段は棍棒として使用している武器に、自らの血液を凝固させた刃を加え、力任せに振り回す。
「ぬぅん!」
2メートル50センチを超える巨躯から繰り出されるその攻撃は、並の人間が受ければ鎧ごと全身の骨を砕かれ、血液の刃にかかれば首は簡単に落ちるだろう。
その一撃必殺の攻撃を、バウムは紙一重のところでかわし続けている。決して動きが素早いわけではない。むしろ動きそのものは鈍重だ。
(この男・・・私の動きをある程度予想して避けているな。相当な実戦経験を積んでいるようだ。・・・だが!)
バウムが横薙ぎ攻撃をスウェーで回避した瞬間、ローは凝固させていた血液の刃を液体状に戻す。
突如目の前に現れた大量の血液で、バウムはローの姿を見失う。
通常であれば、この目くらましではローも相手の姿を見失ってしまう。だが盲目であり、匂い、音、魔力などの手段で相手の姿を捕捉しているローにはなんら影響がない。
(このまま叩き潰す!)
ローは振り上げた棍棒を、渾身の力で振り下ろした。
「ぐがっ・・・!」
だが、その一撃は空を切った。
代わりに、攻撃をしたはずのローの腹部に痛みが走る。いや、腹部だけではない。全身に衝撃が走るような重い痛みだ。
視線を下ろすと、そこにはローの体にぴったりと密着するようにバウムの姿があった。
それまで1~2メートル程の距離で行われていた攻防だったが、血の目くらましの一瞬でバウムはローとの距離を詰め、決定的な一撃を回避していた。
そして同時に、密着するほどの超至近距離からの強力な打撃。バウムの国では『寸剄』と呼ばれる高等技術だった。
(この間合いはまずい・・・!)
寸剄による攻撃に加え、この至近距離ではローの攻撃は当たらない。距離を取るべく後方へ重心を移す。それをバウムは見逃さなかった。
「!」
バウムの足払いで、ローは尻餅をつく様に地面へと転がる。巨躯が故に、一度バランスを崩すと持ち直すことは難しい。
すぐに体勢を立て直したかったが、直前に食らった寸剄のダメージが大きく、思う様に動けない。
バウムはさらに攻撃を加えるべく、倒れたローへ構えなおす。
(くっ・・・どうする・・・!)
この体勢では武器を振り回すのは難しい。かと言って立ち上がる様な隙はない。追い詰められたローは苦し紛れの前蹴りを放つ。
しかしバウムはその蹴りを体を捻ってかわすと、そのままローの首を掴んで地面に押さえ付けた。
振りほどこうと抵抗するが、自分より小さな体のどこにそんな力があるのか、振りほどけない。そこへ、さらに腹部への追撃。
「がっ・・・!」
ローの動きが完全に止まった。
そして眼前にいるのは、固く握り締められた拳を振り上げた傭兵。
ローは、死を覚悟した。
(すまない・・・守ることもできず、仇を討つこともできず・・・不甲斐ない父親を許してくれ・・・)
そう思いを巡らせたその時、光を失った彼の瞼に、かつての幸せな日々が映し出された。
あの日以来、夢でさえ見ることの叶わなかった幸せな記憶。
ふっ、とローの体から力が抜ける。
(そうだな・・・また・・・一緒にミートパイを作ろう・・・)



ゴッ



何かを叩き潰す音があたりに響いた。

「・・・どういうつもりだ」
ローの顔面に向けられていた筈のバウムの拳は、ローの顔の横ほんの数センチメートルのところに振り下ろされ、地面に深い窪みを作っていた。
顔面に食らっていれば間違いなく命はなかったであろう一撃だ。
バウムは立ち上がると、ローの血液で血まみれになった顔を拭いながら答えた。
「復讐に取り憑かれた、エルカイダのロー・ブラッドは死んだ。これで俺の仕事は終わりだ。あとはアンタの好きにしな。」
「情けをかけたつもりか・・・。」
ぎりりと歯軋りすると、ローは咆哮にも似た声を上げた。
「エルカイダの者だということをわかっているのなら、尚更生かしておく理由はないはずだ。情けなどいらん・・・殺せ!」
その咆哮は、静まり返っていた夜の街の空気をびりびりと揺らす。
すでに背を向けて歩きだしていたバウムは「ああん?」といった表情で振り返った。
「死にたきゃあとは自分でやりな。別に止めやしない。・・・が-。」
バウムの表情が少しだけ緩む。
「アンタさっき、一瞬だが優しい父親の顔してたよ。・・・また飲もう。」
そう言い残すと、今度は振り返ることなく、バウムの姿は夜の闇へと消えていった。





「父親、か-。」
大の字になって地面に横たわり、ローは夜空を仰いでいた。
見ることはできないが、空には星々が輝いているのだろうか。
時間にすればほんの数分の戦いだったが、すでに警備兵全滅の報は届いているはずだ。
じきに増援がやって来るだろう。それまでにはここから去らなくてはならないが、こっぴどくやられた腹部には強い痛みが残り、体はまだ重い。
「こんな状態ではしばらくは食事すらままならないかもしれない。」そう考えたとき、ローは実に数年ぶりに、ふと黒コゲのミートパイの味を思い出した。


口の中に広がる苦々しい味の記憶に、ローの腹は、物欲しそうに「グゥ」と鳴った。










"Charred meat pie" closed.

       

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