Neetel Inside 文芸新都
表紙

出町柳心中
「青色猫型」

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 まずは私について話そう。野比のび太という。東京都に在住する学徒である。会社員の父と専業主婦の母を持ち、兄弟はいない。比較的閑静な住宅地に一軒家を構えるが、木造モルタル二階建ての借家と聞いている。それでも都内に庭付きの家屋を構える家庭の長男として生まれた事に対し裕福でないと言えば嘘になる。自室の窓を開けば聳え立つビル群と背丈は低いが青々とした山岳が一望できる立地にある。かつて木暮理太郎が言った「望岳都東京」とはいささか遠い気もするが、恵まれた環境にあるといえよう。
 ただ一つ私が抱える問題として「ドラえもん」がある。ドラえもんという聞きなれぬふざけた名であるが、其れは人ではない。猫である。おまけに機械である。猫型ロボットと彼は言う。彼は普通に喋るし、考えるし、泣くし、笑う。時には暴言を吐き、飯を喰らい、夜になれば寝る。この奇妙な居候が我が家に突如として出現してから私の底辺を這いつくばる毎日が一変した。彼は二十二世紀の未来からはるばるやってきたと言明している。いや待て、嘘ではない。何かのまやかしでもなく、違法な薬をキメられたわけでもなく、これは事実として認識して良い。私は何度かドラえもんとタイムマシン(次元移動装置と説明すればいいだろうか)に乗機し未来を見た。そこには車が飛行し歩行道路はエスカレーター式となっておりほとんど歩かなくて済んだ。商店街は全てが機械化されており、機械が飯を作り機械が飯を運び機械が皿を洗っていた。驚くべき世界であった。
 未来より帰還したあと、ドラえもんはまたもや私の居室に汚い裸足のままで上り込み、昼食の餅を黙って摘まみながら私の前に現れた理由を明かした。
「君のせいで君の子孫はひどい目にあっている。そうならない為にも今日から僕が君の世話をする」
 私は彼の言っている意味がよくわからなかったが、何かと便利な未来の道具を出すし、それなりに面白く気さくな奴だったので穏便に済ます事にした。捨て猫を拾っただけで気を荒げて怒鳴り散らす母も、いざという時は肝が据わっているのかこういう耐性をどこかで身に着けていたのか、ドラえもんの存在を意外にも素直に受け入れ、むしろ弟ができたように可愛がった。
 ドラえもんはいつの間にか我々の生活の営みに順応し、共に起き、飯を食い、他愛もない話をし、殴り合い、「おやすみ」と挨拶を交わして一日を終えるようになっていった。
 しかしながらドラえもんが私に毎日苦言を呈すように、私も最近のドラえもんにいささか不満を抱いている。良き友だとは思うが、彼は一日中居室にいては漫画を読むか菓子を食って過ごしている。たまに近所の野良猫に会いに出かけるものの、一日の大半を私の居室で過ごしている。
 学びもせず働きもせず私の行動に文句ばかり垂れ、いよいよ道具さえも出さなくなった。
 帰宅早々、ドラえもんは言う。
「宿題は?」
 私は思うのだ。彼は何故傲然とそこに存在するのか。正直に言えば煩わしくてかなわん。その態度言動一つ一つが鼻につく。その表情どれをとっても憎たらしい。どら焼きに固執する事も腹が立つ。押し入れで寝るな、下で寝ろと言いたい。
「のび太くん、宿題やりなよ」
 ドラえもんは漫画片手にもう一度言った。私は黙ったまま机に向かい、頭を抱えた。

 ○

「のびちゃん、お使いにいってちょうだい」
 母が私を呼んだ。私が黙ったまま机に向かっているとドラえもんがひとつ呼吸を置いてから「仕方ない。僕が行こう」と居室から出て行った。
 何やら母と会話する声が下階から聞こえ、いそいそとドアを開ける音がした。窓からドラえもんの走る姿が見えた。青い風船が風に吹かれるように、ドラえもんは市場を目指した。
 
 ○

 いつの間にか日が傾き、強烈なオレンジ色の西日が私の居室を染めていた。
 ふと腹が鳴り、飯の炊ける匂いに誘われ一階へ降りてみると、居間でドラえもんがテレビを見ていた。
「帰ってたの」私が言うと「うん、宿題終わったの?」と彼が言った。私は「まあ」とだけ返事をし、居室に戻ろうとした。すると母が「のびちゃん、もう御飯よ。ドラちゃんが福引で当ててきたお魚がたくさんあるの」と言った。ほう、と思いながらドラえもんに目をやると「さ、ご飯食べよ」と私の脇をすり抜け食堂へ向かった。
 時計を見ると十八時を指していた。もうすぐ父も帰ってくる。
 ドラえもん、福引で魚を当てたのか、そうか。ドラえもんは猫型だが魚は好物ではないのだろうか。
 私が宿題をすると信じて、彼はお使いに行ってくれたのだろうか。それともただの気まぐれだろうか。
 彼は何を思いながら毎日飯を食い、私と生活し、私が居ぬ間に彼は窓から何を見ているのだろうか。
 ドラえもんと暮らし始めてもうすぐ一年になる。まだ私は、彼をよく知ってはいないのだな。彼は私を知ってくれているのだろうか。
 そんな事を考えながら、今日も彼と一日を終える準備をするのだ。

       

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